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こえ  作者: 水川かずみ
先生と私
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3/17

 先生の動画は、私が関わるようになってから、以前より長くなった。


 平均三分だったものを、五分から八分にした。


 質問だけでなく、政府答弁も入れた。


 先生が示した数字の出典を、画面の下に表示した。


 反対説がある場合は、説明欄に書いた。


 再生数は落ちた。


 最初の一週間で、以前の半分になった。


 コメント欄には、


 編集が政府寄りになった。


 余計な答弁を入れるな。


 結局何が言いたいのか分からない。


 前の方が見やすかった。


 という言葉が並んだ。


 先生は数字を見ても何も言わなかった。


 広報担当の若林さんは言った。


「このままだと、他党のチャンネルに負けます。」


「勝ち負けなんですか。」


 私が尋ねると、若林さんは眉を上げた。


「見られなければ、存在しないのと同じです。」


「国会で質問した事実は残ります。」


「議事録を読む人が何人いると思いますか。」


「それでも、意味を変えてまで。」


「意味を変えているのは、長くする方かもしれませんよ。」


 若林さんは私の画面を指した。


「八分も見ない人は、途中で離脱する。最初の二分だけ見たら、結論が分からない。あなたは全部入れることで公平にしたつもりでも、視聴者には途中までしか届かない。」


 私は黙った。


「短い動画なら、少なくとも最後まで見てもらえる。何を残すかは編集者の責任だけど、何も届かないよりはいい。」


 若林さんの言葉も正しかった。


 この仕事を始めてから、正しい言葉が増えた。


 正しい言葉が増えるほど、私は何を選べばいいか分からなくなった。


 その日の夜、先生からメッセージが来た。


 少し話せますか。


 事務所には先生しか残っていなかった。


 窓の外に、官庁街の明かりが見えた。昼間は人が出入りしている建物も、夜になると巨大な箱に見えた。


「再生数が落ちています。」


 先生が言った。


「はい。」


「戻したいですか。」


「戻した方がいいとは思います。」


「なぜ。」


「多くの人に届くからです。」


「届いたものが、別の意味でも。」


「別の意味にしないように作ります。」


「できますか。」


「努力します。」


「努力で済むことではないでしょう。」


 先生は窓の外を見た。


「あなたは、私が正しいと思っていますか。」


「はい。」


「全部。」


「全部ではありません。」


「では、どこが間違っていると思います。」


 私は答えられなかった。


 先生の政策を全て調べたわけではない。


 反対意見を読んだこともない。


 私が知っているのは、先生が国会で質問し、政府が答え、動画が再生されたということだけだった。


「知らないんです。」


 私は言った。


「何が。」


「先生が正しいかどうかを。」


 先生は頷いた。


「それでいいんです。」


「いいんですか。」


「知らないことを知っているなら。」


「でも、私は先生の動画を作っています。」


「だから、困るんです。」


 先生は椅子に深く座った。


「知らない人が、知っているように見える人間の映像を作る。見る人は、その映像を見て、自分も知ったと思う。」


「それは、どの報道も同じでは。」


「そうです。」


「では、どうすればいいんですか。」


「分かりません。」


 先生はあっさり言った。


 私は驚いた。


 動画の中の先生は、分かりませんと言わなかった。


 分からないと答えた大臣を追及し、調べていない官僚を批判し、決断しない政府を責めた。


「分からないんですか。」


「分からないから、あなたを雇ったんです。」


「私なら分かると思ったんですか。」


「若い人が何を見るのか、私は知りません。」


「再生数を見れば分かります。」


「再生数は、見たことしか教えない。」


「それで十分では。」


「見た後に何を考えたかは、教えません。」


「コメントがあります。」


「コメントを書く人が、見た人の全部ではない。」


「調査をすれば。」


「質問の仕方で答えは変わる。」


 先生はそこで言葉を切った。


「私は、国民の声を聞くと言って政治家になりました。」


「聞いていると思います。」


「何を聞いているんでしょう。」


「要望や、不満や。」


「それは声ですか。」


 私は意味が分からなかった。


「声でしょう。」


「言葉ではなく。」


「声と言葉は違うんですか。」


「違います。」


 先生は、はっきりと言った。


「言葉は、誰かに伝わる形になったものです。声は、その前にある。」


「その前。」


「本人にも、まだ何を言っているか分からないものです。」


 先生は机の上の端末を見た。


「政治は、言葉になったものしか扱えません。要望書、統計、陳情、投票、世論調査。けれど、人が本当に困っている時、最初から正しい言葉で困るわけではない。」


 私は、先生が何を考えているのか分からなかった。


「昔、そういうことを言う人がいました。」


 先生は言った。


「誰ですか。」


「友人です。」


「政治家ですか。」


「いいえ。」


「今は。」


 先生は答えなかった。


 私は、額の言葉を書いた政策秘書のことを思い出した。


「辞めた人ですか。」


 先生は私を見た。


「小川さんから聞きましたか。」


「少しだけ。」


「名前は。」


「聞いていません。」


「桐谷といいます。」


 先生は立ち上がった。


「今日は遅い。帰りましょう。」


 その夜、私は帰りの電車で桐谷という名前を検索した。


 同姓同名が多く、先生との関係を示すものは見つからなかった。


 ただ、一つだけ、古い研究会の記録に、


 桐谷慎一 公共政策研究所研究員


 という名前があった。


 発表題目は、


 当事者の声を政策言語へ変換する際に失われるものだった。

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