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こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
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29/48

十二

 桐谷が死んだのは、その翌朝でした。


 自宅ではありませんでした。


 詳しい場所と方法については書きません。


 私がそれを知ったのは、警察からの連絡でした。


 緊急連絡先に、私の番号が残っていたためです。


 私は最初、意味が分かりませんでした。


 確認のため来てほしいと言われました。


 奈緒も一緒に行くと言いました。


 私は断りました。


 桐谷の家族へ連絡しました。


 彼の母親は、電話の向こうで何度も謝りました。


「ご迷惑をおかけして。」


 息子が死んだ母親が、私に謝っていました。


 私は、迷惑ではありませんと言いました。


 その時も、適切な言葉を選びました。


 桐谷は短い文書を残していました。


 遺書と呼べるものかは分かりません。


 私への恨みも、奈緒への感情も書かれていませんでした。


 仕事の引継ぎ。


 資料の保存場所。


 借りていた本の返却先。


 未払いの費用。


 それらが箇条書きにされていました。


 最後に一行だけありました。


 私は、自分の言葉を、最後まで説明に変えられなかった。


 その意味を、私は今も完全には理解していません。


 自分の言葉を持てなかったという意味なのか。


 自分の言葉が、他人に理解される形へならなかったという意味なのか。


 あるいは、私たちが彼の言葉を、政策へ使える説明へ変え続けたことを指していたのか。


 私は、答えを出せません。


 答えを出せば、また彼の言葉を、自分に理解できる形へ直すことになるからです。


 しかし当時の私は、別のことを考えました。


 私のことが書かれていない。


 奈緒との結婚も書かれていない。


 私を責めていない。


 私は安堵しました。


 その安堵を覚えた瞬間、私は自分が何者かを知りました。


 友人が死んだという知らせを受けた後で、私は、自分が責められていないことに安心した。


 私はそのことを、誰にも言えませんでした。

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