十二
桐谷が死んだのは、その翌朝でした。
自宅ではありませんでした。
詳しい場所と方法については書きません。
私がそれを知ったのは、警察からの連絡でした。
緊急連絡先に、私の番号が残っていたためです。
私は最初、意味が分かりませんでした。
確認のため来てほしいと言われました。
奈緒も一緒に行くと言いました。
私は断りました。
桐谷の家族へ連絡しました。
彼の母親は、電話の向こうで何度も謝りました。
「ご迷惑をおかけして。」
息子が死んだ母親が、私に謝っていました。
私は、迷惑ではありませんと言いました。
その時も、適切な言葉を選びました。
桐谷は短い文書を残していました。
遺書と呼べるものかは分かりません。
私への恨みも、奈緒への感情も書かれていませんでした。
仕事の引継ぎ。
資料の保存場所。
借りていた本の返却先。
未払いの費用。
それらが箇条書きにされていました。
最後に一行だけありました。
私は、自分の言葉を、最後まで説明に変えられなかった。
その意味を、私は今も完全には理解していません。
自分の言葉を持てなかったという意味なのか。
自分の言葉が、他人に理解される形へならなかったという意味なのか。
あるいは、私たちが彼の言葉を、政策へ使える説明へ変え続けたことを指していたのか。
私は、答えを出せません。
答えを出せば、また彼の言葉を、自分に理解できる形へ直すことになるからです。
しかし当時の私は、別のことを考えました。
私のことが書かれていない。
奈緒との結婚も書かれていない。
私を責めていない。
私は安堵しました。
その安堵を覚えた瞬間、私は自分が何者かを知りました。
友人が死んだという知らせを受けた後で、私は、自分が責められていないことに安心した。
私はそのことを、誰にも言えませんでした。




