十一
桐谷は翌日、事務所へ来ませんでした。
連絡もありませんでした。
私は、休ませた方がいいと職員へ言いました。
二日目も来ませんでした。
奈緒は心配しました。
「私から連絡した方がいいかしら。」
「今はやめた方がいい。」
「でも。」
「余計に傷つける。」
「あなたは連絡したの。」
「した。」
私は一度だけ、短いメッセージを送りました。
落ち着いたら話そう。
返事はありませんでした。
三日目、桐谷からメールが届きました。
宛先は私だけでした。
件名はありませんでした。
本文には、
質問原稿の第六項について、引用資料の母数が異なる。修正した。
と書かれていました。
添付された原稿には、赤字で修正が入っていました。
私は安心しました。
仕事をしている。
それなら、まだ大丈夫だと思いました。
私は返信しました。
確認した。少し休め。落ち着いたら話そう。
また、適切な言葉を送りました。
その夜、私は奈緒と食事をしました。
結婚発表の文章を考えました。
二人で困難を乗り越えてきた。
同じ志を持ち、互いに支え合ってきた。
今後も、公私ともに社会のために尽くす。
小川が作った文章を、私たちは少し直しました。
奈緒が言いました。
「桐谷さんのこと、ちゃんと話してね。」
「分かっている。」
「私からも謝りたい。」
「謝る必要はない。」
「でも。」
「悪いことをしたわけではない。」
私はそう言いました。
奈緒は黙りました。
私たちは、悪いことをしていませんでした。
人を愛し、結婚する。
それ自体は、誰にも責められることではありません。
だからこそ、私は自分が何をしたのかを、長く認められませんでした。




