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こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
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28/48

十一

 桐谷は翌日、事務所へ来ませんでした。


 連絡もありませんでした。


 私は、休ませた方がいいと職員へ言いました。


 二日目も来ませんでした。


 奈緒は心配しました。


「私から連絡した方がいいかしら。」


「今はやめた方がいい。」


「でも。」


「余計に傷つける。」


「あなたは連絡したの。」


「した。」


 私は一度だけ、短いメッセージを送りました。


 落ち着いたら話そう。


 返事はありませんでした。


 三日目、桐谷からメールが届きました。


 宛先は私だけでした。


 件名はありませんでした。


 本文には、


 質問原稿の第六項について、引用資料の母数が異なる。修正した。


 と書かれていました。


 添付された原稿には、赤字で修正が入っていました。


 私は安心しました。


 仕事をしている。


 それなら、まだ大丈夫だと思いました。


 私は返信しました。


 確認した。少し休め。落ち着いたら話そう。


 また、適切な言葉を送りました。


 その夜、私は奈緒と食事をしました。


 結婚発表の文章を考えました。


 二人で困難を乗り越えてきた。


 同じ志を持ち、互いに支え合ってきた。


 今後も、公私ともに社会のために尽くす。


 小川が作った文章を、私たちは少し直しました。


 奈緒が言いました。


「桐谷さんのこと、ちゃんと話してね。」


「分かっている。」


「私からも謝りたい。」


「謝る必要はない。」


「でも。」


「悪いことをしたわけではない。」


 私はそう言いました。


 奈緒は黙りました。


 私たちは、悪いことをしていませんでした。


 人を愛し、結婚する。


 それ自体は、誰にも責められることではありません。


 だからこそ、私は自分が何をしたのかを、長く認められませんでした。

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