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こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
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27/48

十

 翌日、奈緒は事務所へ来ました。


 小川と結婚発表の時期を相談するためでした。


 桐谷も事務所にいました。


 私は午前中、委員会に出ていました。


 後から聞いたところでは、奈緒が小川との会話の中で、結婚という言葉を口にしたそうです。


 桐谷は隣の部屋にいました。


 扉は開いていました。


 彼がどこまで聞いたのかは分かりません。


 午後、私が戻ると、桐谷は普段どおりに仕事をしていました。


「少し話せるか。」


 私が言うと、彼は画面を見たまま答えました。


「結婚のことか。」


 私は立ち止まりました。


「聞いたのか。」


「聞こえた。」


「昨日、言うつもりだった。」


「そうか。」


「奈緒とは、以前から。」


「説明しなくていい。」


「桐谷。」


「おめでとう。」


 彼は私を見ませんでした。


「怒っているのか。」


「怒る理由はない。」


「昨日、話せなかったのは。」


「説明しなくていいと言った。」


「私は、お前を傷つけるつもりはなかった。」


 桐谷はそこで初めて私を見ました。


「それは、自分を傷つけるつもりがなかったという意味か。」


 私は何も言えませんでした。


 桐谷は立ち上がりました。


「今日は帰る。」


「仕事は。」


「終わっている。」


「明日の質問原稿は。」


「共有フォルダに入れた。」


「桐谷。」


 彼は鞄を持ちました。


「私は、仕事は続ける。」


「無理をするな。」


「そういう言葉を、今使うのか。」


 彼は静かに言いました。


 その言葉は、今も覚えています。


 私は彼を引き止めませんでした。


 少し時間を置いた方がいいと思いました。


 彼が冷静になるまで。


 私も、どう話せばいいか考えるまで。


 私たちの関係を壊さないために。


 私は、その日も適切な判断をしました。

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