六
選挙では、奈緒の話を前面に出しました。
私が政治を志した原点。
制度に見捨てられた家族。
声を持たない人の声を国会へ。
分かりやすい物語でした。
それは嘘ではありませんでした。
ただ、全てでもありませんでした。
私は以前から、政治家になりたいと思っていたのかもしれません。
テレビで自分の言葉を切られた時から。
あるいは、弁護士になった時から。
私は、自分が正しいと証明できる場所を求めていました。
奈緒の体験は、その欲望に理由を与えました。
桐谷は、選挙用の政策集を書きました。
彼の原稿には、条件と留保が多く付いていました。
段階的に実施する。
地域差を考慮する。
既存制度との整合が必要。
短期的な財政負担が生じる。
対象範囲について追加調査を要する。
私はそれらを削りました。
選挙公報に入らなかったからです。
桐谷は文句を言いました。
「これでは、できることになっている。」
「できないことを書く選挙公報があるか。」
「できる条件を書け。」
「読まれない。」
「読まれないなら、約束するな。」
「約束しなければ、選ばれない。」
「選ばれてから、できないと言うのか。」
「できるようにする。」
「どうやって。」
「国会で動かす。」
桐谷は私を見ました。
「お前は、国会に入れば、現実が言葉に従うと思っている。」
「言葉で動かすのが政治だ。」
「違う。動かした後に残るものを引き受けるのが政治だ。」
私は、その言葉を選挙演説で使いました。
現実を動かした後に残るものまで、私たちは引き受けます。
拍手が起きました。
桐谷は演説会場の後ろに立っていました。
彼がどんな顔をしていたか、私は覚えていません。




