五
私が政界へ入る話が出たのは、その頃でした。
制度改正に関わった弁護士として、私は何度かテレビに呼ばれていました。
以前のように、発言の一部だけを切られることもありました。
しかし今度は、切られることを利用できるようになっていました。
長い説明の中に、必ず一つ、短く抜き出せる言葉を置きました。
「制度上正しいことが、人間にとって正しいとは限りません。」
「説明したことと、伝わったことは違います。」
「自己責任は、選べる人にしか成立しません。」
それらの言葉は、番組の予告に使われました。
私は、自分の言葉を守るために、切られる言葉を自分で用意しました。
ある政党から、立候補を勧められました。
既存政治を変える。
専門家と当事者の声を直接国会へ届ける。
私には、その役割があると言われました。
私は桐谷に相談しました。
「向いていると思うか。」
「向いている。」
彼は言いました。
意外でした。
「反対しないのか。」
「お前は、決めることに躊躇がない。」
「褒めているのか。」
「政治家には必要だ。」
「では、手伝ってくれるか。」
桐谷は答えませんでした。
「お前の知識が必要だ。」
「私の知識か。」
「そうだ。」
「私ではなく。」
「何が違う。」
「今のお前には、分からないだろうな。」
私は、また彼が難しいことを言っていると思いました。
「奈緒さんは、何と言っている。」
「賛成してくれている。」
「そうか。」
「お前も来い。」
「考える。」
桐谷はそう答えました。
数日後、彼は私の政策スタッフになることを承諾しました。
その時の私は、友情が続いたと思いました。
今は、桐谷が何を考えていたのか分かりません。
私の近くにいれば、私が間違うのを止められると思ったのかもしれません。
奈緒の近くにいたかったのかもしれません。
あるいは、自分の知識が現実を動かす誘惑に、彼も勝てなかったのかもしれません。




