四
制度改正の後、奈緒は各地から講演に呼ばれるようになりました。
私は彼女の資料作りを手伝いました。
桐谷も、政策的な説明を補いました。
三人でいる時間が増えました。
奈緒は、話すたびに上手くなりました。
最初は資料を見ながら、起きたことを順番に話していました。
やがて、どこで間を置けば聞き手が集中するかを覚えました。
どの言葉で拍手が起きるかも分かるようになりました。
私はそれを成長だと思いました。
桐谷は、少しずつ黙るようになりました。
ある講演の帰り、彼は奈緒に言いました。
「最初の頃と、話が変わっている。」
奈緒は顔を曇らせました。
「どこが。」
「弟さんが説明を受けた場面だ。最初は、説明内容を覚えていないと言っていた。」
「今も、内容は覚えていません。」
「今日の話では、職員が一方的に読み上げ、質問を遮ったことになっていた。」
「家族から、後で聞いたんです。」
「いつ。」
「最近です。」
「記録は。」
「ありません。」
「では、事実として話すべきではない。」
奈緒は黙りました。
私は言いました。
「本筋には影響しない。」
「本筋を強くするために、事実を足していいのか。」
「嘘だと決まったわけではない。」
「本当だと確認できてもいない。」
「桐谷。」
奈緒が言いました。
「あなたは、私の話を信じていないんですか。」
桐谷は、すぐには答えませんでした。
「信じることと、事実として扱うことは違う。」
奈緒の目に涙が浮かびました。
「私たちは、ずっと、そう言われてきたんです。」
「分かっている。」
「分かっていません。」
「奈緒さん。」
「あなたは、何があっても、自分が傷つかない場所から見ています。」
桐谷は何も言いませんでした。
私は奈緒の肩を抱きました。
桐谷の前で、初めてそうしました。
彼は私たちを見ました。
その時、私は桐谷の顔に何かを見たはずです。
しかし、私は見なかったことにしました。
奈緒を慰める方が重要だと思ったからです。




