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こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
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20/48

三

 奈緒の集めた資料は、精密ではありませんでした。


 日付が曖昧なものもありました。


 家族の記憶だけに基づくものもありました。


 制度上は別の事例を、同じ問題として扱っているものもありました。


 桐谷は、それらを一件ずつ分けました。


 行政記録を請求し、通知文を読み、当時の運用を確認しました。


 本人に話を聞ける場合は、家族とは別に聞きました。


 私は、法的に争える事例を選びました。


 奈緒は、その作業を手伝いました。


 私たちは何度も衝突しました。


 奈緒は、除外された事例の人たちを見捨てるのかと言いました。


 桐谷は、違う事例を同じだと言えば、全体が信用を失うと答えました。


 私は、勝てる部分から変えるべきだと言いました。


「勝てる部分だけ変わったら、残った人はどうなるんですか。」


 奈緒が尋ねました。


「全部を一度には変えられません。」


「では、誰から救うかを決めるんですか。」


「決めなければ、誰も救えない。」


 私はそう答えました。


 その言葉を、私は正しいと思っていました。


 今でも、政策とはそういうものだと思います。


 しかし、正しい言葉は、それを言う人間の動機まで正しくしてくれません。


 私は奈緒に、自分が決める人間だと思われたかった。


 桐谷より、現実を動かせる人間だと思われたかった。


 その気持ちを、私は長い間、責任感と呼んでいました。


 やがて私たちは、制度改善を求める提言書を作りました。


 桐谷が本文を書きました。


 私は法的な論点を加えました。


 奈緒は事例を整理し、当事者の言葉を付けました。


 提言書は百二十ページになりました。


 私たちは各党の議員へ送りました。


 返事はほとんどありませんでした。


 ある議員の事務所からは、要約版を送ってほしいと言われました。


 桐谷は二十ページにしました。


 返事はありませんでした。


 次に五ページにしました。


 それでも返事はありませんでした。


 奈緒が言いました。


「結局、誰も読まないんですね。」


 桐谷は答えませんでした。


 私は、知り合いの番組制作者へ連絡しました。


 以前、私の言葉を切った番組とは別の局でした。


 当事者の声を取り上げたいと伝えると、担当者は興味を示しました。


 ただし、条件がありました。


 一人の事例に絞ること。


 制度の説明は短くすること。


 行政側の問題を明確にすること。


 視聴者が理解できる被害の形にすること。


 私は奈緒に出演を頼みました。


 桐谷は反対しました。


「まだ、制度との因果が確定していない。」


「問題があることは確かだ。」


「問題があることと、奈緒の弟に起きたことの全てが制度の責任であることは違う。」


「そんな言い方では、誰も見ない。」


「見るかどうかで事実を変えるのか。」


「変えない。伝え方を変えるだけだ。」


「お前は前に、それで傷ついたんじゃなかったのか。」


 私は腹を立てました。


「だから、今度は私が編集に関わる。」


「自分なら正しく切れると思っているのか。」


「少なくとも、他人に任せるよりは。」


 桐谷は私を見ました。


「お前は、自分の言葉を守りたいんじゃない。」


「では、何だ。」


「自分が切る側に回りたいだけだ。」


 私は彼を殴りそうになりました。


 実際には、殴りませんでした。


 私は冷静な人間だったからです。


 私は、桐谷にもうこの件へ関わらなくていいと言いました。


 奈緒は何も言いませんでした。


 番組は放送されました。


 奈緒の話は、大きな反響を呼びました。


 行政は、制度上適切に対応したと説明しました。


 その答弁が、さらに批判を呼びました。


 国会でも取り上げられました。


 審議会が設置されました。


 運用の一部が見直されました。


 説明時に、本人の理解能力を確認する手続きが追加されました。


 家族や支援者の同席も、以前より認められるようになりました。


 実際に救われた人がいました。


 奈緒には感謝の手紙が届きました。


 私は、自分たちが正しかったと思いました。


 桐谷も、制度改正自体は評価しました。


 ただ、一度だけ私に言いました。


「これで、制度が原因ではなかった人まで、制度の被害者になった。」


「何が悪い。」


「本人の人生が、政策を動かすための説明に変わった。」


「救われた人がいる。」


「そうだな。」


「では、成功だ。」


「成功だ。」


 桐谷は認めました。


 彼が認めたことで、私は勝ったと思いました。


 何に勝ったのかは、今も分かりません。

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