六
東京へ戻ると、選挙後の仕事が待っていた。
議席が増えたことで、先生の質問時間も増えていた。
事務所には、以前より多くの資料が届いた。
医師、研究者、事業者、患者、家族、被害者、支援者。
誰もが、国会で取り上げてほしい問題を持っていた。
私は、それらが動画になった時の形を想像した。
強い数字があるか。
当事者の言葉があるか。
政府が答えにくい問いか。
短い題名にできるか。
以前より早く、判断できるようになっていた。
そのことを、成長だと思えなかった。
ある日、先生が新しい質問原稿を読んでいた。
医療に関する内容だった。
「先生。」
「何です。」
「この質問、薬全体が危険だと受け取られませんか。」
先生は原稿から顔を上げた。
「全体とは言っていません。」
「でも、切り抜かれたら。」
「あなたが切るんでしょう。」
「私だけじゃありません。」
「では、どうします。」
「誤解されないように、最初に対象を限定するとか。」
「質問時間が減ります。」
「でも。」
「水野さん。」
先生は原稿を置いた。
「あなたは、誤解する人がいる限り、何も言わない方がいいと思いますか。」
「そうは言っていません。」
「では、どこまで配慮します。」
「分かりません。」
「私も分かりません。」
先生は言った。
「ただ、問題があるなら問います。」
「誰かが別の治療まで危険だと思っても。」
「それを理由に、問題を黙りますか。」
「違います。」
「では。」
私は答えられなかった。
「身近に、何かありましたか。」
先生が尋ねた。
「父が、薬を少し減らしていて。」
「医師の指示で。」
「違います。」
「動画を見て。」
「たぶん。」
先生は少し黙った。
「私の動画ですか。」
「含まれていると思います。」
「直接、その薬について話しましたか。」
「いいえ。」
「なら、私の責任ではないと言ってほしいですか。」
「そういう話では。」
「では、私の責任だと言ってほしい。」
「違います。」
「どちらでもない。」
「分かりません。」
先生は私を見た。
「分からないまま、動画を作れますか。」
「仕事ですから。」
「また、それですか。」
私は黙った。
「お父様へは、何と言いました。」
「医者に相談するように。」
「聞きましたか。」
「分かったとは。」
「信じていますか。」
私は答えられなかった。
先生は原稿へ目を戻した。
「私たちは、人がどう受け取るかを完全には決められません。」
「はい。」
「だから責任がないとは、私は言えません。」
「では、どうすれば。」
「分かりません。」
先生はまた言った。
「少なくとも、分からないことを理由に、なかったことにはしない。」
その言葉を、私は父のことだと受け取った。
先生自身のことを言っていたのかもしれない。
私はその日の夜、父へ電話をかけた。
父は出なかった。
母へかけると、
「寝てる。」
と言った。
「薬は。」
「飲んでると思う。」
「思う。」
「いちいち見てないわよ。」
「病院には。」
「来月。」
「もっと早く行った方が。」
「本人に言って。」
「言ったよ。」
「なら、あとは本人が決めるでしょう。」
母は疲れていた。
「何かあったら連絡して。」
「あんたも、少しは帰ってきたら。」
「仕事が。」
「お父さんより大事なの。」
私は答えられなかった。
母は、すぐに言い直した。
「そういう言い方はよくないね。」
「うん。」
「忙しいのは分かってる。」
「うん。」
「また連絡する。」
電話が切れた。
私は父の端末へ、
体調、変わりない。
と送った。
既読は翌朝に付いた。
返事はなかった。
私は、問題がないという意味だと受け取った。




