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こえ  作者: 水川かずみ
両親と私
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17/17

 先生の記録が届く前に、父が倒れた。


 私は、その知らせを受けて故郷へ戻った。


 父は病院のベッドにいた。


 医師は、すぐに命に関わる状態ではないと言った。ただ、以前から勧めていた治療を父が中断していたことが分かった。


「どうして。」


 私は母に尋ねた。


「本人が嫌だって。」


「何で。」


「薬は危ないって、動画で見たみたい。」


 私は父の端末を見た。


 履歴には、健康、医療行政、薬害、食品、外国資本、政府の隠蔽という言葉が並んでいた。


 その中に、先生の動画があった。


 制度被害を追及する先生。


 副作用情報を公開しない政府を批判する先生。


 安全性が確立していないと迫る先生。


 動画の内容は、父が受けていた治療とは直接関係がなかった。


 けれど父の中では、つながっていた。


 政府は危険を隠す。


 専門家は利益のために嘘をつく。


 薬は人を病気にする。


 先生は、そこまで言っていなかった。


 私も、そこまで伝えたつもりはなかった。


 けれど、届いた言葉は、戻らない。


 先生の言葉を思い出した。


 父は目を覚ました。


「帰ってきたのか。」


「うん。」


「大げさなんだよ、お母さんは。」


「治療をやめたの。」


「少し休んだだけだ。」


「勝手にやめたら駄目だろ。」


「医者の言うことが全部正しいのか。」


「全部とは言ってない。」


「峰岸先生だって言ってただろ。政府は都合の悪いことを隠すって。」


「それは別の制度の話だよ。」


「同じだ。」


「同じじゃない。」


「お前が作った動画だろ。」


 父は笑った。


「お前まで政府側になったのか。」


 私は何も言えなかった。


 父の声には、怒りよりも、失望があった。


 わが子が、真実を伝える側にいると思っていたのだろう。


 私は病室を出た。


 廊下の椅子に座り、端末を開いた。


 先生からメールが届いていた。


 件名は、


 私の声について


 だった。


 本文には、一行だけ書かれていた。


 水野さん。以前の約束を果たします。


 添付ファイルは、二百を超えていた。


 文書、音声、映像、表計算、画像、メッセージの記録。


 最初のファイル名は、


 桐谷慎一について


 だった。


 私は病室の扉を見た。


 父は中にいた。


 看護師が出入りしていた。


 母から、今後の治療方針について医師と話すと言われていた。


 私は端末の画面へ戻った。


 先生へ電話をかけた。


 応答はなかった。


 事務所へかけた。


 小川さんが出た。


「先生は。」


「今日は来ていません。」


「連絡は。」


「取れていません。」


「家は。」


 小川さんは黙った。


「奈緒さんには連絡しましたか。」


「今、向かっています。」


「何かあったんですか。」


「水野さん。」


 小川さんの声が低くなった。


「先生から、何か届きましたか。」


 私は画面を見た。


「はい。」


「開きましたか。」


「まだです。」


 電話の向こうで、小川さんが息を吐いた。


「開かないでください。」


「なぜ。」


「先生に確認するまで。」


「先生と連絡が取れないんでしょう。」


「だからです。」


「これは、先生が私に送ったものです。」


「事務所の資料が含まれている可能性があります。」


「私への記録だと書いてあります。」


「水野さん。」


「先生は、私に話すと約束しました。」


「約束と権限は違います。」


 小川さんの言葉は正しかった。


 私はメールを閉じた。


「分かりました。」


 そう答えた。


 電話を切った後、私は最初のファイルを開いた。


 画面に、先生の文章が現れた。


 水野さん。


 あなたがこれを読んでいる時、私はもう、あなたの質問に答えることができないかもしれません。


 私はそこで読むのを止めた。


 父の病室から、母が私を呼んだ。


 医師が来たらしい。


 私は立ち上がった。


 その時、先生から新しいメールが届いた。


 予約送信だった。


 件名は、


 政治家は、誰の言葉を話しているのか


 だった。


 私は母の声を聞きながら、画面を見ていた。


 どちらへ進むべきか、分からなかった。


 分からないまま、私はエレベーターの前へ歩いた。


 上へ行くボタンと、下へ行くボタンが並んでいた。


 父の病室は、この階にある。


 駅は、一階にある。


 私は下のボタンを押した。


 扉が開いた。


 乗り込む直前、母から電話が鳴った。


 私は画面を見た。


 応答と拒否。


 二つの表示があった。


 どちらも、私が選ばなければならなかった。


 私は応答しなかった。


 扉が閉じた。


 端末の通知が、もう一度光った。


 この送信者からの通知を、今後も受け取りますか。


 私は、選ばなかった。


 選ばないまま、エレベーターは下り始めた。

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