五
東京へ戻る前の日、父と二人で買物へ行った。
父は普段どおりだった。
薬の話もしなかった。
車の中で、先生の政党について尋ねた。
「専門家がたくさん入ったんだろ。」
「うん。」
「いいことじゃないか。」
「悪いことではないよ。」
「何か言いたそうだな。」
「専門家が集まっても、意見が同じとは限らない。」
「議論すればいい。」
「最後には、どれかを選ばないといけない。」
「選べばいい。」
「選ばれなかった方は、専門的には正しいかもしれない。」
「だから政治家が決めるんだろ。」
父は言った。
「峰岸先生みたいな人が。」
「先生も迷ってる。」
「動画では迷ってない。」
「動画だから。」
「なら、本当は違うのか。」
父は私を見た。
「先生は、本当は何を考えてる。」
「分からない。」
「近くにいるのに。」
「近くにいるから、分からないこともある。」
「そういうものか。」
父は前を向いた。
しばらく黙って運転した。
「でも、俺は期待してるぞ。」
「何を。」
「変わることを。」
「何が。」
「何かが。」
父は笑った。
その答えを、私は空虚だと思った。
何を変えたいかも分からず、変化だけを期待している。
けれど、私も同じだった。
先生の近くにいれば、何かが変わると思っていた。
政治が。
日本が。
自分が。
何がどう変わるのか、私は一度も決めていなかった。
「父さん。」
「何だ。」
「薬は飲んで。」
「またそれか。」
「少なくとも、医者に相談するまでは。」
「分かった。」
「本当に。」
「分かったと言ってる。」
父は面倒そうに答えた。
私は、それ以上確認しなかった。
確認すれば、また争いになる。
父も分かったと言った。
私は、その言葉を信じることにした。
駅で車を降りる時、父が言った。
「日本を変えてくれよ。」
「私が変えるわけじゃない。」
「先生を手伝ってるんだろ。」
「動画を作ってるだけだよ。」
「それでもだ。」
父は手を上げた。
私は同じように手を上げた。
電車の中で、先生の過去の動画を見直した。
政府の隠蔽。
専門家の利益。
当事者の声。
自己決定。
自分で考えること。
父がどこから何を受け取ったのか、分からなかった。
一本の動画ではない。
一つの言葉でもない。
見たものが少しずつつながり、父の中で一つの考えになった。
それを、父自身の考えではないとは言えなかった。
私たちが与えたとも言えなかった。
私は父に、医師へ相談したかとメッセージを送ろうとした。
入力欄に、
薬、ちゃんと飲んで。
と書いた。
命令しているように見えた。
消した。
病院、行った。
と書いた。
監視しているように見えた。
それも消した。
結局、何も送らなかった。
父からも、連絡はなかった。




