四
父は、以前から血圧と腎臓の治療を受けていた。
大きな病気ではないと、私は思っていた。
薬を飲み、定期的に検査を受けていればよい。
父自身も、そう言っていた。
ところが、その帰省中、母が私に小声で言った。
「お父さん、薬を減らしてるみたい。」
「医者に言われて。」
「自分で。」
「何で。」
「薬ばかり飲むと、かえって悪くなるって。」
私は父に尋ねた。
「薬、飲んでないの。」
「飲んでる。」
「全部。」
「必要な分は。」
「誰が決めたの。」
「俺だよ。」
「医者じゃなくて。」
「自分の身体だぞ。」
「だからって勝手に。」
「医者の言うことが全部正しいのか。」
前にも聞いた言葉だった。
「少なくとも、父さんよりは知ってる。」
「医者も間違う。」
「間違うことはあるよ。」
「政府も専門家も、都合の悪いことは言わない。」
「それ、どこで見たの。」
「いろいろだ。」
「先生の動画。」
「峰岸先生も言ってるだろ。」
「先生は、薬をやめろなんて言ってない。」
「そんなことは分かってる。」
「分かってないから、やめてるんだろ。」
父の顔が変わった。
「お前は、何でも動画のせいにするのか。」
「実際、見て決めたんだろ。」
「前から疑問だった。」
「何が。」
「薬を増やすばかりで、よくなってる感じがしない。」
「だから医者に相談すればいい。」
「相談したら、飲めと言うに決まってる。」
「当たり前だろ。」
「話にならん。」
父は立ち上がった。
「自分で考えるのが大事なんじゃなかったのか。」
「誰が言ったの。」
「お前たちだよ。」
父は言った。
「政府の言うことをそのまま信じるな。専門家にも利害がある。数字の裏を見ろ。自分で判断しろ。」
「それは、何でも疑えって意味じゃない。」
「都合がいいな。」
「父さん。」
「自分で考えろと言っておいて、自分と違う答えを出したら間違いか。」
私は何も言えなかった。
先生の動画で、政府の安全説明を批判した。
専門家の利益相反を扱った。
行政が副作用報告を十分に公表していないと追及した。
どれも、父の治療とは別の話だった。
けれど、父は別だと思わなかった。
私は、別だと説明できなかった。
違う制度。
違う薬。
違う危険性。
違う根拠。
詳しく説明すればできたかもしれない。
しかし、私はその分野の専門家ではなかった。
先生も違った。
私たちは、担当者が作った資料を基に、政府へ問いを投げていただけだった。
「今度、医者に一緒に聞こう。」
私は言った。
「子ども扱いするな。」
「してない。」
「自分の身体くらい、自分で決める。」
父は部屋を出た。
母が、台所から私を見ていた。
「強く言い過ぎた。」
「でも、薬は。」
「私からも言ってる。」
「なら、何で。」
「言えば聞くと思ってるの。」
母は言った。
「お父さんは、あんたに説得してほしかったんじゃないの。」
「私が言っても聞かない。」
「説得じゃなくて。」
「何。」
「聞いてほしかったんじゃないの。」
「何を。」
「薬を飲みたくない理由を。」
私は、父の言葉を思い返した。
よくなっている感じがしない。
相談しても飲めと言われる。
自分の身体は自分で決めたい。
「聞いたよ。」
「間違いを探しながらでしょう。」
母は言った。
私は返事をしなかった。




