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魔女の仕掛け絵本ーRー  作者: 蜜りんご
第2章 森の住民たち
9/12

3 ハートのカード

 ナチュラルメイクのごとく整備された小道。

 春のように麗らかな陽気。

 時折、木立を通り抜ける風は、心地よい涼しさで美羽の頬や首元を撫でていく。

 とぼけたような人形たちの寸劇に脱力を誘われたせいもあって。


 美羽は、すっかり気を抜いていた。


 冒険というよりも完全にハイキングだった。

 彼を助けるという目的を忘れたわけじゃないけれど、あまりの陽気に鼻歌が出そうになる。

 おまけに、さらなるダメ押しが来た。

 ずっと真っすぐだった小道が、右にカクッと折れた。

 その角を曲がると――――。


「わ! すごい! バラの生け垣! バラの生け垣だよ! 初めて見るかも!」


 小道の両脇に、バラの生け垣が現れたのだ

 かなり先の方まで続いている。

 美羽の胸辺りまであるバラの生け垣。

 鮮やかな緑のキャンバスの上に薄ピンクが咲き乱れている。

 豪奢過ぎず、可憐すぎない。

 絶妙なバランスで重なる花弁。

 白みが強いところもあれば、紅が勝っているところもある。

 絶妙なバランスで施されたグラデーション。

 赤バラのように華美ではなく、白バラほどに気高くはない。

 けれど、プリンセスのドレスのように愛らしさの中にも凛とした気品があった。


「うっわあ…………」


 美羽は、曲がり角の先を数歩進んだところで足を止め、腰をかがめて、薄ピンクのバラに見惚れる。

 赤バラよりも、白バラよりも、美羽の好みだった。


「ちょっと! 浮かれ過ぎじゃない? 目的を忘れたわけじゃないでしょうね?」

「う! わ、忘れたりするわけないでしょ! で、でも、ちょっとくらい、いいじゃない? こんなに可愛いんだよ?」


 早速、胸の中から叱責が飛んで来たけれど、美羽はぷくっと頬を膨らませて反論した。

 可愛いものに勝る正義はないと言わんばかりの美羽の反論にアリンは賛同したりせず、お説教は続いた。


「もっと緊張感を持ちなさいな! いつでもお外の魔女に見張られていると思いなさい! でないと、足元をすくわれるわよ!」

「え? 見張られてるの?」

「そりゃゲームの主催者なんだから、挑戦者の動向くらい窺っているでしょうよ! お誂え向きに舞台は絵本の中なんですもの。挑戦者の物語が、絵本の中へ綴られていくのじゃないかしら?」

「言われてみれば、確かに……」


 もっともなアリンの言い分に、美羽の浮かれ気分は萎んでいった。

 挑戦者を閉じ込めた絵本を見下ろして、口元に薄っすらとした笑みを浮かべる魔女の姿を思い描き、嫌悪を募らせる。

 紙に綴られた物語を、ページを捲ることで追いかけていくのか、開いた絵本の上で上映される隠しカメラの映像を見るように鑑賞されているのか。

 どちらにせよ、監視されていることに変わりはない。


創造主(神様)気どりじゃん。嫌な感じ」

「まあ、ある意味その通りではあるわよねぇ。たぶんだけれど、招待状でもあるハートのカードが栞のような役目をしているのじゃないかしら? そうかといって、切り札でもあるから、捨てるわけにもいかないのよねぇ」

「…………え?」


 監視されていることへの嫌悪に顔を歪めていた美羽は、アリンの推測を聞いて目を瞬かせた。

 栞……とはつまり、カードは発信機のような役目を担っているということなのだろう。挑戦者が何処に逃げても隠れても、カードを持っている限り、居場所は常に魔女に筒抜けで、あまつさえ覗き見までされているということだ。

 ゾッとしない話だが、カードを持たない(イレギュラーである)美羽にとっては朗報でもあった。

 つまり、美羽はノーマークだということだ。

 それが、カード(切り札)を持たない美羽にとっての切り札(とっておき)になるかもしれない。

 けれど、一つ懸念があった。


「ねえ? アリンの目を通じて、挑戦者を見張っている……ってことはないの?」

「それはないんじゃないかしら?」

「どうして?」


 腕の中にいる、のほほんとした笑顔が描かれた人形が魔女の手下だと疑うつもりはないが、知らない内に利用されている可能性があるのでは、と思ったのだが、アリンはサクッと否定した。

 一応尋ねてみると、アリンは疑いに気を悪くした素振りもなく、理由を語ってくれた。


「わたしも、最初から挑戦者に協力していたわけじゃないのよ」

「え? そうなの? お決まりのパターンじゃないんだ?」

「そうよ。初めのうちは、お見送りしていたわ。でも、このままじゃ、いつまで経っても王子に会えなさそうだから、一緒に行くことにしたのよ!」

「ああ、そういう……。ん、でも、魔女はアリンの手助けのことはスルーなの?」

「そうみたいね。邪魔をされたことはないわ。あまりに挑戦者たちが不甲斐ないから、ちょうどいいハンデくらいに思っているんじゃない?」

「ああ……」


 ハンデというか、猫の手くらいに思われて放置されているだけなのでは、と美羽は失礼なことを考えたが、懸命にも口を噤んだ。


「それに、協力を拒んで、逃げるようにお茶会の間から飛び出して行っちゃう子もいるしねぇ。わたしは、必ずしも挑戦者に同行できるわけじゃないのよ」

「あ、ああ………」


 それは、たぶん日本人形のホラー演出のせいじゃないかな、と思ったけれど、やっぱり口を閉ざした。

 しかし、そうなるとアリンに何か仕掛けられていることはなさそうだと美羽は胸を撫でおろした。ならば、美羽はまだ魔女に気づかれていないはずだからだ。


「分かった。そういうことなら、急いだほうがよさそうだね」

「ええ。その通りよ」


 美羽は屈んだままだった腰を伸ばした。

 バラの生垣に未練はあるが、もたもたしていて後発の後藤加奈(本当の挑戦者)に追いつかれでもしたら目も当てられない。

 カードを所持している(魔女に監視されている)後藤加奈と鉢合わせたら、美羽の存在が魔女にバレてしまう。唯一の切り札(ノーマーク)を失ってしまう。

 そうでなくても、後藤加奈には会いたくなかった。

 共闘なんて、あり得ない。

 美羽にとって後藤加奈は、魔女同様に出し抜かねばならない相手だった。


「あ、そうそう…………あらあら?」


 先を急がねばと気合を入れて一歩踏み出そうとしたタイミングでアリンが何か言いかけたけれど、本題に入る前に美羽はその場でしゃがみ込んだ。

 咄嗟の判断だった。


 視界の端に、見慣れたエンジのブレザーが映ったような気がしたのだ。


 エンジのブレザー。

 美羽が通っている中学の制服。

 今、美羽が着ているのと同じ、エンジ色のブレザー。


 後藤加奈が追い付いてきたのだと思った。

 それで、咄嗟に生け垣の陰に隠れた。


 けれど、見間違いだったのかもしれない。


 話を遮られてしまったアリンから抗議の声は上がらなかった。

 代わりに、小声の助言をいただいた。


「よく気づいたわね。いい判断よ。このまま隠れてジッとしていなさい」

「……………………」


 美羽は言う通りにしていていいのか不安に駆られながらも、無言でコクコク頷いた。

 遠くから、恐ろしい声が、茂みを掻き分ける音と共に近づいてくるのだ。


「ハートヲチョウダイ! ハートヲチョウダイ! ハートヲチョウダイ!」


 発狂した女のような、ひび割れた金切り声。

 ザッ、ザザッと左右にブレながらも間違いなく美羽に向かってくる物音。邪魔な木を避けながらも、進路を違えず美羽が隠れている地点に向かって一心不乱に駆け寄ってくる恐ろしいナニカ。

 セリフからすると、異形なのだろう。

 けれど、お茶会会場からチラリと見かけた時とは、まるで様子が違った。

 虚ろだった徘徊型のゾンビが、獲物を見つけて豹変した。

 弟が偶に遊んでいたゾンビが出てくるゲームで、そんなシーンを何度も見たことがある。

 画面越しでも怖かったのに、リアルでのそれは到底比較にならなかった。

 今すぐここから逃げ出したいのに、言われた通りじっとしているのは、アリンの言葉を信じたからというよりも、単に腰が抜けて動けないだけだった。

 制服が汚れるのも構わず、地面に座り込み、美羽は震えていた。

 左手でアリンをギュッと抱え、右手で口を強く抑えて、悲鳴を堪える。

 そうしていないと、悲鳴だけでなく、跳ね回る心臓が飛び出して行ってしまいそうだった。

 ガサッと頭のすぐ向こうで音がして、薄ピンクの花弁が揺れる。


「ハートヲチョウダイ! ハートヲチョウダイ! ハートヲチョウダイ!」


 発狂した殺人鬼のような、猛り狂う怨霊のような声が頭上から降ってくる。

 美羽はアリンを抱きしめたまま蹲り、固く目を閉じた。


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