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魔女の仕掛け絵本ーRー  作者: 蜜りんご
第2章 森の住民たち
7/12

1 切り株とタマゴーズ

 姫人形を胸に抱いて、美羽は森を散策していた。

 冒険でも探検でもなく、それは文字通り散策だった。


 美羽が空から降り立った森の中のお茶会会場は、日本人形のせいでホラー現場のようになった。とにかく、そこから離れたい一心で、美羽は小走りで会場を取り囲む木立の外に出た。テディベアの後ろ側。お城が見える方角だ。

 木立を抜けると小道に出た。

 一本道だ。

 美羽は何も考えずに小道を進み、数メートルほど進んだところで、ハタと気づいた。

 森の中が、歩きやすく整備されていることに。

 舗装されているわけではないけれど、初心者向けハイキングコースくらいには整えられていた。

 不思議ではあったけれど、ありがたくもあったので、疑問はそっと飲み込んだ。

 目的のお城へ行くには、このまま進んでいけばいいと人形姫が言うので、今度は心持ゆっくりと森の中のハイキングコースを歩き始める。その際に、美羽は姫に問われておざなりにしていた自己紹介を済ませ、二人はアリン、美羽と呼び合ことになった。

 

 森は美しかった。


 ビーズでできた蝶々たちがひらひらと飛び交うのを、美羽は不思議な気持ちで見つめてた。木漏れ日の下に差し掛かると、色とりどりのビーズがキラキラと光を反射して、とても綺麗だ。

 うっとりとしながらも、蝶々がビーズと言うことはイモ虫や毛虫もビーズなのだろうか、とつい考えてしまう。虫は、あまり得意ではなかった。特に、イモ虫や毛虫の類は。出来れば、遭遇したくない。たとえ、それがビーズで出来たイモ虫・毛虫であっても。

 ふるり……と身を震わせ、ツイッと視線を外した先で、今度は蜘蛛の巣を見つけた。木の枝と葉の間に、銀色のレース糸で美しい罠が編まれている。巣の主である蜘蛛は、蝶々と同じビーズ製だった。レース編みの巣は綺麗だけれど、蜘蛛はビーズでもやっぱり怖い。

 周りの木々や足元の草花、それから地面は、すべて本物だった。

 少なくとも、美羽には本物に見えた。

 生き物だけが、人形にされてしまったようだった。森に住んでいる虫たちまで。

 時折、鳥の鳴き声や羽ばたきが聞こえてきた。きっと、その鳥も人形なのだろう。

 魔女の呪いで人形にされてしまった、森の生き物たち。

 木立に隠され、今は見えないお城を目指しながら、美羽は腕に抱えたアリンに尋ねた。


「そう言えばさ。この絵本の最後って、どうなるの? 王子様を助けたっていうのは聞いたけど、魔女はどうなったの? やっつけたの?」

「あら? 魔女をやっつけるなんて野蛮なことはしないわよ。わたしのこの優しくて広い心で森のみんなの心を開いて、そのみんなの協力の元、お城へ攻め込んだわたしは、わたしの愛で王子の空っぽを満たしたの! 王子は愛を取り戻し、二人は結ばれたのよ!」


 お茶会の場ではざっくりとしか語られなかった絵本の結末を尋ねると、アリンはグワッと手を振り上げた。優しい姫は野蛮なことはしないと言いつつ、お城へ攻め込むとかいう表現はどうなんだろう、と美羽は思ったが、アリンがいい性格なのは今さらなので口を噤んだ。

 肝心の魔女の結末が語られていなかったが、話はまだ続くようだ。


「あ、そうそう。魔女の話だったわね。魔女は、わたしの愛の深さに心を打たれ、改心して良い魔女になったのよ」

「ええー? なんか、随分なご都合展開じゃない? そんな上手くいく?」

「あら。だって、これは現実じゃなくて絵本だもの。絵本の中の世界くらい、夢と希望にあふれていないとね!」

「夢と希望……」


 美羽は乾いた笑みを浮かべながら、小さく呟いた。

 当の絵本の主人公ご本人様にそれを言われると、むしろ夢が壊れた気がする。


「このわたしのように、気高く優しい心を持つことの大切さを教えているのよ。そうすれば、大抵のことは最後には上手くいくという教訓が込められているのね、きっと」

「そ、そう……」


 本当に気高く心優しい人は、それを自分で言ったりしないのでは?……と思ったけれど、美羽は余計なことは言わずに言葉を濁した。

 けれど、結局遠回りに本音を零してしまった。


「アリンってさ。結構、いい性格しているよね。お姫様なのに」

「あら、そうかしら。でも、まあ、そうね。今のわたしは案内人であって、主人公ではないもの。可憐で勇敢で心優しいお姫様を演じる必要はないですからね」

「なんか、身も蓋もないね……」


 半分は皮肉のつもりだったのに、しれッと悪びれもなく返されてしまった。

 美羽は、その後は黙って先を急ぐことにした。



 しばらく進むと、小道の先に開けた場所が見えてきた。お茶会スペースのように木立が途絶え、日が射し込んでいる空間がある。

 切り株がいくつか見えた。木を切り倒したことで生まれた空間なのだろう。

 近づくにつれ、甲高い子供のような声が騒いでいるのが聞こえてきた。

 だけど、姿は見えない。

 もしかしたら、小さい生き物たちがいるのかもしれない。

 可愛い生き物たちとの出会いを期待して、美羽は足を速めた。

 切り株の間に入ってみると、中央付近の切り株の上で、何やら白くて丸いものが動き回っていた。声の主は、あの子たちのようだ。まだ、美羽(侵入者)には気づいていないようだ。

 美羽はゆっくりと忍び寄った。

 間に一つ切り株を挟んで、影を作らないようにそっと上から覗きこむ。

 白くて丸いものは、卵型をしていた。たぶん、卵の編みぐるみなのだろう。手足の生えた卵の編みぐるみが三体、切り株の上で歓声を上げながら楽しそうに駆けずり回っている。

 もっと近くで見たくて、美羽はその場でしゃがみ込んだ。これなら、邪魔をせずに視線が近くなる。

 目線が下がったせいで、卵たちのステージとなっている切り株の下にも一つだけ卵が落ちているのに気づいた。ステージ上の卵たちは歓声を上げて走り回っているが、落ちている方はピクリとも動かない。

 落ちているのは、殻が割れて黄身と白身が飛び出した卵の編みぐるみだった。


「何、これ?」

「切り株から落ちて割れた卵の死体の編みぐるみね」

「え?」

「だから、切り株から落ちて割れた卵の死体の編みぐるみよ」

「いや、それは見ればわかるけど、死体の編みぐるみって、どういうこと……?」


 何もそんなものまで編みぐるまなくても、と思った。

 切り株の上で動き回っている編みぐるみよりも、死体の編みぐるみの方が卵っぽく見えて、美羽は乾いた笑いを洩らした。


「やや!」


 頭上から声が降ってきたせいで、遊びに夢中だった卵たちもようやく美羽とアリンの存在に気付いたようだ。駆けずり回るのをやめて、美羽たちがいる方の切り株の端へと寄ってくる。


「おまえは、アリン姫だな!」

「アリン姫だな!」

「だな!」


 卵たちが反応したのは美羽ではなく、美羽が抱えているアリンだった。

 卵たちには、手足はついているのに、顔は描かれていなかった。のっぺらぼうの卵たちが捲し立てている。

 美羽は指先でつんつんと手前の卵を突いてみた。感触は、普通に毛糸だった。ふわふわもこもこしている。


「な、何をする! 止めろ!」

「止めろ!」

「ろ!」


 卵たちは必死に手を振り回すが、手足が短いために、美羽の指までは届かない。突かれていない卵たちも、仲間を助けようと、手を振り上げて飛び跳ねている。

 もこもこした卵たちが必死で抵抗しているのが可愛くて、美羽はアリンに止められるまで、ひたすら卵を突きまわした。


「美羽。こんなところで道草を食っている場合なの?」

「はっ。そうだった」


 彼を助けるという使命を思い出して、名残惜しいが指を引っ込めた。


「おまえたち! 魔女を倒しに城へ行くつもりだな!」

「つもりだな!」

「だな!」

「ちょっと、違うけど。まあ、そんな感じよ」


 指の襲撃がなくなった途端、何事もなかったかのように話しかけてくる卵たちに、アリンが答える。


「そんなことはさせないぞ!」

「させないぞ!」

「ぞ!」

「え? ど、どうして?」


 今度は美羽が、卵たちの主張に驚いて問い返した。


「魔女が倒されて呪いが解けたら、オレたちはまた、元の割れやすい体に戻ってしまう」

「戻ってしまう」

「しまう」

「あ、ああー……」


 美羽は足元の、死体の編みぐるみを見下ろした。一番、卵っぽくみえる編みぐるみ。

 割れるのが嫌なら、こんな切り株の上で遊ばなければいいのに、とは思ったがそれは飲み込んだ。


「アリンが主人公だった時には、この子たちのこと、どうしたの?」


 このまま、何もせずに立ち去るだけで簡単に振り切れるとは思ったが、元々の絵本ではどうやって切り抜けたのか気になって、アリンに聞いてみた。


「うん? 美羽なら、素通りしてしまえばいいだけのことだけれど。まあ、いいわ。特別に教えてあげるわ」


 アリンは美羽の腕の中で、偉そうに胸を反らしてもったいぶった。そして、威圧的に卵たちを見下ろす。


「タマゴーズ。よく聞きなさい。いいこと、生がダメなら、ゆで卵になってしまえばいいのよ。そうすれば、殻が割れても、お肌がツルツルになるだけよ。中身が飛び出て死体になることはないわ」


 卵たちはタマゴーズと言うらしい。そのタマゴーズは雷に打たれたように、もこもこの体を震わせた。ピシャーンと言う音が、聞こえたような気がしなくもなかった。


「その手があったか!? 確かに、それなら、殻が割れても問題ない。むしろ、殻をむくことで、より弾力的な体を手に入れることが出来る。それなら、森の中を転がり回り放題だぜ!」

「放題だぜ!」

「だぜ!」

「え、ええー?」


 美羽の抗議の声は無視された。


「ありがとう、アリン姫。おかげで、目が覚めたぜ。いや、目からうろこ、いやさ殻が落ちたぜ。この恩は忘れない。オレたちはアリン姫の味方だ。困ったことがあったら、いつでも呼んでくれ!」

「呼んでくれ!」

「くれ!」

「ありがとう、タマゴーズ。しばらくは出番がないと思うけど、その時にはお願いするわね。それじゃ、行くわよ、美羽」

「う、うん……」


 アリンに促されて、美羽は腰を上げた。

 タマゴーズに愛着がわき始めていたので名残惜しい気もしたが、ここでモタモタして後藤加奈に追いつかれでもしたら、元も子もない。

 二人を見送るタマゴーズの姦しい声が完全に聞こえなくなってから、美羽はアリンに聞いてみた。


「元の絵本のお話でも、こうだったの?」

「そうよ。見事な問題解決能力でしょう?」

「解決してるかなあ? ゆで卵は、無敵じゃないよ? 転げ回って岩とかにぶつかったら、本体が割れて、黄身がゴロンって出てきちゃうんじゃない?」

「生よりは、衝撃が吸収できるわよ! 調子に乗ってはしゃぎ過ぎた結末の面倒までは見切れないわ!」

「そ、そう……」


 心優しいお姫様……とは?

 胸に浮かんだ疑問を、美羽は今度も飲み込んだ。


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