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魔女の仕掛け絵本ーRー  作者: 蜜りんご
第6章 ハートの行く末
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2 お城と異形

 アーチ型の城門は開いていた。

 門の手前に、槍を手にしたトランプ兵らしきものが何枚も散らばって、寝息を立てている。

 役立たずの門番には呆れたが、正直もう茶番はお腹いっぱいだったので、踏まないように注意しながら、美羽は無事何事もなく入城を果たした。

 門の向こうには、広間があった。

 足元は絨毯ではなく、何やらツルツルした不思議な石で出来ていたが、今は少しくすんでいる。

 魔女に城を奪われた後、掃除をする者がいなくなってしまったのかもしれない。

 高い天井には大きなシャンデリア。こちらも、あまりキラキラした感じはしない。

 若干煌めいて見えるのは、あちらこちらにはられた蜘蛛の巣だけだ。銀色のレース糸で編まれた蜘蛛の巣。

 広間の先には、階段が三つ。中央に大きな階段が真っすぐに二階まで伸び、その両脇にカーブを描いた少し細めの階段がある。どの階段も、同じ通路に繋がっていた。通路の中央に大きな両開きの扉が一つ、それから左右それぞれに、普通サイズの扉があった。


「アリン、階段を上ればいいの?」

「ええ。どの階段でもいいから二階に上がって、真ん中の扉を進むのよ」

「分かった」


 だったら、やっぱり最短距離となる中央の大きな階段にしようと決め、駆けだそうとした足が止まる。

 ギィッと嫌な音を立てて、中央と左右、三つの扉が一斉に開いたのだ。

 そのまま、立ちすくむ。

 扉から現れたのは、案の定、異形だった。

 美羽と同じ中学の制服を着た元挑戦者たち。

 心を失くした女の子(人形)たち。


「ハートヲ、チョウダイ」

「ハート」

「オウジサマニ、ハートヲ」


 右側から、斧、剣、槍とそれぞれ武器を手にしている。

 おもちゃではない。本物の武器のようだった。

 三体とも、後藤加奈タイプの派手で華やかな顔立ちをしている。

 ビスクドールのような、目鼻立ちのはっきりした美しい少女たち。

 けれど、どの子も目に光がない。

 アンドロイドというよりは、鮮度の良い死体が動いている(ゾンビ)みたいだった。

 お城の異形たちは、河川の向こう側で出会った異業たちとは違い、美羽を見ても怨霊モードに切り替わったりはしなかった。代わりに、あの虚ろな感じもしない。魂の残り香のようなものが、うっすらと感じられる。

 異形たちは、揃って階段を降りてくる。中央と左右、それぞれの階段を。


「美羽! カードよ! 今こそ! ハートのカードを使うのよ! 愛と勇気を示すのよ!あなたの愛と勇気が、異形たちの執着を上回れば、必ず道は開けるわ!」

「う、うん!」


 正直、震えがくるほど怖かった。けれど、そんなことは言っていられない。

 それに、あんな言い方をされては、心を奮い立たせるしかない。

 あの異形たちはみんな、元々は美羽と同じ女の子だ。後藤加奈と同じ女の子。彼に恋い焦がれ、彼を救うために魔女の絵本に挑んだ女の子たち。

 たとえそうであっても、いや、だからこそ。

 異形たちには負けたくなかった。

 だって、彼に選ばれたのは、美羽なのだ。

 洋館の魔女は後藤加奈を選んだ。でも、彼が選んだのは美羽だ。

 洋館の魔女に選ばれた女の子はたくさんいる。でも、彼に選ばれた女の子は、美羽ただ一人だ。

 その美羽が、彼を想う心で、他の女の子たちに負けるわけにはいかなかった。


(あたしは、他の女のお立ちとは違う! 彼は、あたしを選んでくれた! あたしを信じて、託してくれた。だから、絶対に! その信頼に応えなきゃ!)


 アリンを左の脇に抱え直し、空いた右手をスカートのポケットに滑り込ませた。指の先に、カードが触れる。指先から美羽の思いが伝わったのか、カードは段々と熱を帯びていく。


(いける!)


 スカートから取り出したカードを、中央の階段を降りてくる異業に向かって構えた。中央の異形は、階段の半分ほどに差し掛かろうとしている。左右の異形は、階段がカーブしているせいで半分よりももう少し手前にいるから、後回しにした。

 彼への溢れる思いを、指先を通じてカードに流し込むように意識する。すると、カードは蛍光ピンクの光を放ち始めた。


「いいわよ、美羽! その調子よ! さあ! まずは、真ん中の異形からよ! そのまま力を込めて、一気に放つのよ!」

「う、うん! いっけぇー!」


 カードからハート型のビームが放たれて、中央方面の異形に直撃する。

 ビームの色は、蛍光ピンク。

 直撃した場所から蛍光ピンクの光が広がり、異形の体を包み込んでいった。そして、光が異形の全身を覆ったとたん、光が弾ける。

 蛍光ピンクの粒子が、四散していった。


「や、やった!」

「すごいわ、美羽! 見事よ! さあ、残り二体もこの調子で片づけるのよ!」

「う、うん!…………え?」


 アリンに褒められて、広がりかけた笑みが凍り付いた。

 左の階段を下りていた槍の異形が、手すりに飛び乗っているのが目に入ったのだ。

 異形は手すりを足場に跳躍すると、綺麗に宙で一回転をして、美羽の目の前に降り立つ。異形にされる前は、体操でも習っていたのかというくらい、ブレのない綺麗な回転と着地だった。

 あ、と思った時にはもう、異形の槍によって、ハートのカードの中央が貫かれていた。

 先ほどの異形のように、貫かれたカードはピンク色の粒子になって宙に消えていく。


「そ、そん……な……」


 目の前では異形が、美羽に向かって槍を構えている。

 いけると思った矢先のことだけに、心も体もついていかない。

 頭の中は真っ白で、逃げようという考えすら思い浮かばなかった。


「あ……ああ…………」


 呆然と槍を見つめたまま、立ちすくむしかできない。


「ハートヲチョウダイ?」

「っ!」


 来る、と思った瞬間、反射的に目を閉じて、両手を顔の前でクロスさせる。

 衝撃を予想して身構える美羽の耳に、カンッと何かを弾いたような音が聞こえてきた。それから、どこかで聞いた覚えのある声。


「挑戦者殿! 助太刀いたす!」

「ハートの騎士! 来てくれたのね!」


 続いて、何だかわざとらしいアリンの声。

 恐る恐る目を開ける。

 美羽の右隣には、木馬に乗ったハートの騎士がいた。

 ハートの騎士が槍で異形の攻撃を弾いてくれたのだ。


「ハートの、騎士……」


 美羽の目にじわりと安堵の涙が滲んだ。お礼を言おうと少しだけ顔を右に向けると、馬の足元が目に入った。

 木馬の足は、弓型の台座の上に乗っていた。ゆらゆらと振り子のように揺れている。


(あの足で、どうやってここまで来たんだろう?)


 疑問が胸を過ぎり、その際にお礼の言葉を弾き飛ばしていった。


「姫! 挑戦者殿! ここはわたしに任せて、先に進むがいい! さあ、異形ども! このハートの騎士が相手になるぞ! かかってくるがいい!」


 ハートの騎士が威勢よく啖呵を切ると、残り二体はターゲットをハートの騎士に切り替えた。槍と斧は、ハートの騎士を狙っている。

 あのフルフェイスの中には、本当にハートが入っているのかもしれないと美羽は思った。


「さあ、ここはハートの騎士に任せて。行くわよ、美羽!」

「え? あ、で、でも。ハートの騎士の槍って、おもちゃじゃなかった? 大丈夫なの?」

「大丈夫よ。たとえ、おもちゃの武器でも、本物の騎士は素人相手に打ち負けたりはしないのよ。ほら、行くわよ!」

「わ、分かった」


 アリンに促され、美羽はためらいながらも頷いた。

 自力(カードの力)で異形を倒した中央の階段を駆け上がった。下からは、カンカンと硬いものがぶつかり合う音が響いてくる。

 扉の前に辿り着くと、開ける前に振り返って広間を見下ろした。

 木馬は床の上を水平移動できるようで、意外とすばしこく、小回りも利くようだった。ハートの騎士は木馬を操り、巧みに異形たちをかく乱している。

 異形たちは、手にした武器は本物でも、その腕前は斧娘並みのチャンバラごっこだった。ハートの騎士は、刃の部分を避けて柄の部分を狙い、うまく攻撃を受け流している。

 美羽が階段の上に到着したことに気が付いたのか、異形の槍を捌きながら、ハートの騎士は兜を美羽に向けた。

 美羽は声に出さず、唇の動きだけで、『ありがとう』と伝える。

 声なき声は、ちゃんとハートの騎士に届いたようで、顔は見えないけれど、いやそもそもあるのかも分からないけれど、ほんの一瞬だけハートの騎士が笑ったような気がした。


「挑戦者殿よ! たとえカードがなくても、愛と勇気さえあれば、必ず何とかなる! 後は任せたぞ!」


 そう声援を送るハートの騎士は、もう美羽を見てはいなかった。

 それでも、美羽は力強く頷くと、さっき異形が出てきた扉を開けて、愛と勇気の一歩を踏み出した。


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