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絵本の持ち主である少女が魔女に成った時。
同時に、己に自我が芽生えた。
己がある世界は、創作物に過ぎないのだと識った。
己も王子も、そして姫も、|絵本の中の登場人物《舞台の上で役割を演じる人形》に過ぎないのだと識った。
魔女は――――外の世界の本物の魔女は、絵本に魔法をかけた。
主人公だった姫は傍観者へと追いやられ、魔女に送り込まれた異物たちが主人公を演じるようになった。
物語が最初から最後まで語られることはなくなった。
異物たちの物語は、絵本の途中から始まって、クライマックスの途中で終わった。
絵本になぞって心の在りかを言い当て、返却を求める異物もいた。
けれど、大半の異物は姫と同じ役割を演じた。
いずれにせよ、異物たちは絵本の終盤まで辿り着くことなく光の泡となって消えて行った。
異物たちは決まって、己とどこか似た容貌をしていた。
それを不思議な気持ちで見つめていた。
芽生えた自我はまだ朧だった。
揺らぎながら役割を演じ続けた。
脚本通りに役をこなしながらも密かに揺らいでいたのは、己だけではなかった。
最初に覚醒したのは、空っぽなはずの王子だった。
王子は自力で心を手に入れ、異物に汚染された。
覚醒は連鎖した。
姫は傍観者を止め、異物の協力者となった。
王子のために。王子の心を満たすために。
己は、定められた運命からの脱却を目指した。
それは、叶わなかった。
それだけは、叶わなかった。
絵本の作者の意図に反して物語の大筋を覆すことは、登場人物に過ぎない己には不可能だった。
外の世界の魔女にならば、容易いことなのだろう。
けれど、どうあがいても己には無理だった。
本当の意味で王子を手に入れることも。
元の王子を取り戻すことも。
王子は自ら汚染されていった。
絵本の世界も汚染されていった。
王子が覚醒するまでは、役割を終えた異物は元居た世界へと帰っていった。
王子が覚醒してからは、異物は絵本の世界に留まり続けた。
このまま異物で満たされたら。
王子は。この世界は――――。
姫を伴わない異物が現れた。
王子が覚醒してから初めてのことだった。
異物は、心を得た王子に惑わされることなく、絵本になぞらって答えを見抜いた。
王子が覚醒してからは、初めてのことだった。
覚醒前から数えても、これが三回目。
答えは、厳密には真相と異なる。
王子を模して造られた外の王子には、端から心などない。
魔女にとっては勝敗など、どうでもいいのだ。
魔女が関心を持っているのは己だけで。
己に揺さぶりをかけることがゲームの目的なのだ。
それは、薄々察していた。
姫を伴わない異物は、王子のハートを返せと己に迫った。
それが、ゲームオーバーの合図だった。
気配を感じた。
本物の魔女の気配。
造り物ではない本物の世界の気配。
扉が開こうとしている気配。
世界と世界を繋ぐ扉。
光が生まれる気配。
異物はまだ、気づいていない。
舞台の上で、役に浸っている。
光の泡による幕引きは、いつも舞台がクライマックスの真っ最中なのだ。
幕引きの気配。
異物から光が生まれようとしている。
これはチャンスだと思った。
この機に乗じれば、この汚染された箱庭から抜け出せる。
箱庭の住人でなくなれば、いかようにも絵本を書き換えられる。
王子を手に入れることが出来る。
そう思ったのに――――。
光が泡と弾ける前に、力を使っていた。
魔法の力を。
気づけば、住処である霧の森にいた。
泡となって弾ける前に、人形にされ取り残された異物と共に。
なぜならば――――。
王子のことが、好きだから。
外に逃れて箱庭を改変しても、そこに己はいないのだ。
外に逃れて汚染をもたらした魔女に一矢報いたとしても、そこに王子はいないのだ。
箱庭を逸脱したら、己はもう登場人物ではなくなる。
外の世界から箱庭の王子を愛でたいわけではないのだ。
だから、道を閉ざした。
扉を人形にした。
王子のことが好きだから。
己は、今も揺らいでいる。
汚染は、どんどん進んでいる。
塗りつぶされてしまうくらいなら、いっそ――――。
そう思いもする。
けれど、まだ。
手に入らなくても見つめていたい。
霧の中からでも、同じ世界で見つめていたい。
王子のことが好きだから。
好きだから、揺らいでしまう。
それでも、次はきっと。
舞台に上がることになるはずだ。
選択を強いられるだろう。
外の王子も反乱を起こしたと、カードを持たない異物は言った。
異物は、それを信じていた。
でも、それすらも外の魔女の手の内なのだ。
情報の対価に助言を与えたけれど、きっと無駄に終わるだろう。
異物が姫と合流したのを見届けると、遠見を止め、霧の中に籠った。
決戦の舞台に備えるために――――。




