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魔女の仕掛け絵本ーRー  作者: 蜜りんご
第4章 シュワシュワ大河と渡り守
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2 枯れ木とイモリー

 絶体絶命の大ピンチだった。

 異形とニアミスした時以上の脅威との遭遇だった。


 ページを捲るように進んでいった冒険は、次なるイベント地点へ到達した。

 一本道の先に現れた曲がり角をひょっと曲がったら、次なるイベントが美羽を待ち受けていたのだ。

 美羽の部屋くらいのまあるい空間だった。

 真ん中に枯れ木が一本生えている。

 それは、いい。

 問題は、枯れ木の根元だった。

 そこには、一匹の大きな芋虫が横たわっていた。

 全長一メートルはありそうな巨大芋虫だ。

 それを目にしたとたん、美羽の体は氷像のように冷え固まった。

 枯れ木空間の向こう側には、先へ進むための小道が続いている。

 けれど、今すぐダッシュで引き返したかった。

 凍り付いている美羽には気が付かず、アリンが腕の中から次のイベントについての案内を始めた。まるでガイドさんのようだ。


「お城へ行くためには、シュワシュワ大河を渡らないといけないのだけれど、シュワシュワ大河には橋がないのよ。だから、渡り守を呼んで向こう岸に運んでもらわないとなのよ」

「シュワシュワ大河……。た、炭酸水が、流れてるとか?」


 美羽は、錆びついた動きでギギギ……と芋虫から目を逸らしながら、震える声で話も逸らした。何となく、嫌な予感がしたからだ。

 絵本で起きたイベントをなぞりながら進んでいるのだと、さすがに察していた。

 となれば、あの芋虫は偶然居合わせたわけじゃない。

 そのイベントの関係者なのだ。


 美羽は芋虫が嫌いだった。

 毛虫よりはマシだが、出来ればお近づきにはなりたくない。

 たとえ、それがぬいぐるみでも、だ。

 芋虫を迂回して向こう側へ抜けることすら嫌なのに、渡り守を呼ぶために芋虫と協力しなさいなんていわれたら、一体どうしたらいいのだろう?

 すでに、泣きそうだった。


「その通りよ。で、渡り守を呼ぶためには、あそこで枯れている木の実が必要なのよ。つまり、枯れ木を復活させないといけないってわけ」

「そ、そうなんだ?」


 分かりやすい名前の通り、シュワシュワ大河は炭酸水が流れる川のようだ。アリンは、美羽の考察をサラッと認め、必要以上に脇道に逸れることなくイベントガイドを務める。

 とりあえず、重要なのは枯れ木のようだ。

 美羽は少しだけ緊張を解いた。

 でも、まだ油断はできない。

 というか、イベントに無関係だったとしても、実を手に入れるためには、木に近づかねばならず、そうすると必然的に芋虫にも近づかねばならないのだが、美羽はまだ気づかない。

 枯れ木に花を咲かせる昔話があったな……なんて思っていた。

 気づきたくないからこその逃避だったのかもしれない。

 いずれにせよ、現実はもっと過酷だった。

 アリンは、美羽が最も恐れていたことを無情に告げた。


「そのためには、イモリーの力が必要なのよ」

「だと思った!」


 美羽は天を仰いで叫んだ。

 目の端には、ちょっぴり涙が浮かんでいる。


「……もしかして、イモリーが怖いのかしら?」

「うん! 無理! 普通に無理!」

「今はただのぬいぐるみじゃない? 何もしやしないわよ」

「そういう問題じゃないの! 生理的嫌悪ってヤツ! ぬいぐるみでも、無理なものは無理!」

「ふかふかして気持ちよさそうだから、持ち帰って抱き枕にしたいとか言っていた子もいたのにねぇ」

「無理無理無理無理無理!」


 アリンはようやく美羽の様子がおかしいことに気づいて、何やら恐ろしいことを言ってきた。美羽は、アリンをギュギュッと抱えて半狂乱になった。

 イモリーは、手触りがよさそうなパステルカラーのフリース素材で出来ていた。クリーム地に、ピンクや水色などいくつもの淡い色合いが滲むように散っていて、とても可愛らしい。サイズも抱き枕にするのにちょうどよさそうだし、気持ちよさそうだ。

 眠っているのか、静かに横たわっているだけで、何か仕掛けてくる素振りもない。

 ただの可愛い抱き枕だ。

 芋虫型でさえなければ。


「落ち着きなさいよ。ほら、もうすぐサナギになるわ」

「へ? サナギ?…………ってことは、蝶々になるの?」

「そうよ。サナギになったイモリーの羽化を手伝って、枯れ木に鱗粉を撒いてもらうことで、木が復活して実が手に入るのよ」

「サナギ……蝶々…………。そ、それなら、なんとか、なる……?」


 芋虫そのものと仲良くなる必要はないと知って、美羽は狂乱を治め、恐々と芋虫の様子を窺う。

 すると、空から一枚の布がイモリー目がけて落ちてきた。

 白い布だ。

 布は、パサリとイモリーの体全体を覆い隠した。

 布の真ん中、イモリーの背中に当たる部分には、チャックがある。

 まさか!?――――と思ったら、その通りだった。


「さ! あのチャックを開けて、羽化させるのよ!」

「やっぱりぃ! てゆーか無茶言わないでよ! 布一枚かぶせただけで、あの下には芋虫がいるんだよ!? 無理! 無理だよ! チャックを開けるどころか、近づくのすら嫌なんだけど!」

「もーう! そんなこと言っていたら、先に進めないじゃないの! 王子を助けるんでしょう!? モタモタしていたら、次の挑戦者がやって来ちゃうわよ!」

「……………………っ!」


 気やすく言ってくれるアリンに美羽が駄々をこねるとアリンは伝家の宝刀を持ち出して美羽に発破をかけた。

 アリンを抱えて、イヤイヤをするように体を左右に揺すっていた美羽は、ピタリと動きを止めた。

 後藤加奈のことを思い出したからだ。

 次の挑戦者どころか、今回の正当な挑戦者が今にも追いついてしまうかもしれないという現実を思い出したのだ。

 ここで立ち止まっていたら、出し抜いたはずの後藤加奈に追いつかれ、出し抜き返されてしまうかもしれない。

 後藤加奈が芋虫を物ともせず実を手に入れてしまったら、アリンは正当な挑戦者である後藤加奈と一緒に行ってしまうかもしれない。

 切り札を持たないまま、アリンまで奪われてしまったら、美羽は――――。

 そして、彼は――――。


「わ、分かった。あたし、やる! ちょ、蝶々を羽化させるためだもんね! うん。そう。これは、蝶々のため。実を手に入れるため。彼を助けるため!」

「その意気よ! 美羽!」


 美羽は覚悟を決め、ギクシャクと一歩を踏み出した。

 一歩、また一歩。

 ぎこちない動きで、大地を踏みしめるように、一歩一歩近づいて行く。

 たとえファンシーな見かけでも芋虫の姿が剥き出しだったなら、こうはいかなかっただろう。チャック付きの布が押し隠してくれているからこそ、出来たことだった。

 なんとか、あと一歩まで近づいた。

 もうあと一歩踏み出して、手を伸ばせば、ギリギリチャックに手が届く。そんな距離。

 けれど、そこが美羽の限界だった。


「やっぱり無理!」


 美羽は手に持っていた何かを投げつけた。

 アリンではない。

 段ボールに色紙を張り付けた斧だった。

 斧娘の置き土産を、何かの役に立つかもと持って来ていたのだ。

 切り札を持たない不安から、せめてもの藁代わりにと手にしたのだが、思わぬところで役に立ってくれた。

 斧は、ポコンとサナギになったイモリーの背中に当たり、サナギは――――。


 桃太郎の桃のようにチャックの線に沿ってパカンと二つに割れたのだ。


 光と共に、蝶々……らしきものが中から出て来て、枯れ木の上まで飛んで行く。

 本体は先ほどの芋虫そのまんまなのだが、顔の辺りにドギツイメイクが施されていた。艶めいた赤い口紅が挑発的だ。

 体には、毛皮のマントを羽織っていた。

 スパンコールが散りばめられた、ラメラメしい紫と赤紫が混じり合った毛皮。

 パーティーグッズ的な安っぽくてけばけばしい毛皮のマントが、羽の代わりのようだった。

 ファサ……ファサ……と枯れ木の上で羽ばたくたびに、ラメラメしい糸くずが落ちていく。

 あれが、鱗粉の代わりなのだろう。

 糸くずに混じって、スパンコールもいくつか零れ落ちていった。

 ギリギリ鱗粉もどきが降りかからない場所に立っていた美羽は、思考停止状態でそれを見守る。

 ファサファサが何度も繰り返され、ラメラメ装飾が枯れ木に施される。

 瞬きも忘れて脳死状態でそれを見ていた美羽が、さすがに目の渇きを覚えて瞼を閉じ、目を開ける。

 すると、ラメ装飾されていた枯れ木は――――。


 ほんの一パチしただけで、クリスマスツリーに転生していた。


 美羽の背丈よりもちょっと高いもみのき。

 天辺にはお星さま……の代わりに傾向ピンクのハートの飾り。

 ピカピカ光るハート型豆電球。

 メタリックな素材の丸い玉飾り。


 玉飾りの一つが美羽の方へ落ちてきた。

 まだ動けずにいる美羽に代わって、アリンがそれをキャッチする。

 枯れ木の上でファサファサしていたはずの蝶々は、いつの間にかクリスマスツリーの根元でマントにくるまって横たわっていた。

 聞いてもいないのに、アリンが教えてくれた。


「絵本の時は、この後飛び立って行くのだけれど、絵本の世界がお外の魔女に乗っ取られてからは、こうなのよねぇ。まあ、新しい挑戦者が来たら、また芋虫に戻ってそこから始めることにはなるんだけれど。すっかり、ものぐさになっちゃって。ま、それはいいわ。必要なものは手に入れたし、行くわよ!」

「……………………」


 毛皮の下には芋虫が隠れていることを思い出し、美羽は毛皮を見つめたまま無言で数歩後ずさりした後、大河へ続いているはずの小道へ向かってダッシュした。

 


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