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9話 何故?


 いくつもの巨大なモニターが並ぶ大きな空間。その前にまるで映画館のように椅子が並べられ、手前に机が設置されている。ここはギルドナイトガーデンのオペレーター室。


 各モニターには訓練中、または実戦中のシーカーパーティが映されている。

 その中のひとつに佐藤結花が所属し、挑んでいるエリアボス戦もあり、数人のオペレーターがそこへ集中していた。


「――突き当たり左方向の道は水没、奥にエリアボス出現……まずい、後方からも水鉄砲が追ってきているぞ!」


『右を進んで広域エリアへ一度戻ります!』


 オペレーターの情報を元にナイトが行動を決定し報告。

 彼らの攻略しているAランクダンジョン『水神之災禍』のエリアボスが存在するこの300層は、そのボスが操る水により洞窟に水流が流れ込み、複雑な大迷宮となる。

 その為、エリアボスとエンカウントすれば逃げることすら難しくなる。

 ここまで来られたパーティは彼らが初めてであり、それを知ったのはついさっき。


 ヒーラーを失い、何とか逃げようと洞窟内を駆け回っていたが、行く先々を水流で生き止まりにされ追い詰められつつあった。


 ……くそ、まずい……。


 オペレーターは冷や汗をかき拭う。ハイペースでダンジョンのルートが変えられていく。エリアボスの水流で、どこまで逃げても結局最初の広域エリアへ戻されてしまう。

 彼らの魔力は殆ど尽きていて、体力ももう……。


(これは、詰んでる……)


 ヒーラー、佐藤結のバイタルが消失した時点で望みはほぼ消えていた。けれど、まだ必死に生き延びようとしている彼らパーティと、どうにか生還させようと必死にサポートしている隣のサブオペレーターの二人の存在がメインオペレーターにその言葉を口にすることを踏みとどまらせていた。


「お、まだ頑張っていたのか、はは」


 黒スーツの男がネクタイの位置を整えながら、オペレーター達の背後にたつ。彼はこのギルドの広報担当。

 ナイトガーデンはダンジョン配信を行っている数少ないギルド。

 今やダンジョン配信は世界的にも人気のコンテンツであり、稼げる巨大なうちでの小槌。長年の経営不振により経営者がそちらに舵をきった事で、こうして実戦を大々的に配信するようになっていた。


『これは死んだなー』

『もうだめか』

『がんばれ!!』

『あきらめるなー!!』

『佐藤結死んだってまじ?』

『え結たんが!?』

『喰われた』

『うそおおお』

『どーなんのこれ!?』

『全滅カウントダウンか?』


 同時接続者数315667


「はは、いい数字じゃないか。やはり、人の死は数字をとるな、くく……」


 口の端をあげ醜悪ともいえる言葉を吐く。それに対しオペレーターが机を叩いた。


「あんた、うちのシーカーが死んだんだぞ……!」


「そうだな。それは悲しい、がそれを覚悟でこの仕事に臨んでるんだ。仕方ない。……それはそれとして、だよ」


 まるで挑発するように肩をすくめ、くくとまた笑う。


「この数字をみろよ。死ぬ前は10万もなかった視聴者数が、彼女が死んだ直後から増えに増え、今や30万。やはりというべきか、リスナーが求めているのはそういう刺激なんだよ」


 サブオペレーターがメインオペレーターの腕を引く。


「食って掛かるな、現場に集中しろ高橋」


 このサブオペレーターはメインオペレーター高橋の先輩にあたる。休日でありながらも高橋の担当するパーティが危機的状況としるや飛んできてサブオペレーターへと入っていた。

 高橋は机へと向き直り、モニターへ目を向ける。


「いやあ、さすがは我がギルドの人気女性シーカー!死んでもこれほど数字を稼いでくれるとは、素晴らしいね。この分だとアーカイブも数千は回るかな?ただ、見応えのない死因……魔物に丸呑みされたってのだけはいただけないね?今度からはもっと刺激的に死なせるように、はは」


 握りしめる拳から血が滲む。ダンジョン配信は命がけのスリルを楽しむもの、死に近づけば近づくほど数字になり金になる……そう持論を述べる、彼、畔出くろいでという男。

 その手法で経営不振を払拭し、このギルドを立て直した実績があるため、殆どの者は彼には逆らえない。


「……しかし、やはり金のかけどころが間違ってるよな、このギルドは」


 視線を別モニターへと向ける畔出。そこには、施設内の訓練エリアが映し出されており、まだ探索者になりたてのシーカーが用意された魔物と戦い訓練している様子が。


『――ニードルラット、は左右で囲んで……伊藤、盾使って!魔力をしっかり纏わせろよ!薄いと盾ぶっ壊れるからな!!』


『おっけー!田中、八村、ヒール準備!!』


『了解っす』『わかったぁ!!』


『――っと、くそ剣の刃が!!当てかたミスった』


 ふ、と鼻で笑う畔出。肩をすくめ、くくと喉を鳴らす。


「……あんな新人訓練にどれだけ金をかけてるんだか。Eレートのニードルラットにアタッカー3人とタンク2人にヒーラー2人、あれらにかかる人件費、そして奴らが使い消耗破損させた装備品、施設の電力等の費用、どうみても金を使いすぎだ。それが経営を圧迫してるんだと何度言わせれば気が済むんだか……安全性を重視してるのはわかるが、本来ニードルラットは4人で狩る魔物だぞ。訓練とはいえ7人もあてて……許可した奴は度し難いな」


 彼のいうことは最もだった。だが、このナイトガーデンは次世代のシーカーを育成することを大切にしてきたギルド。

 だからこそ、こうして畔出のような思想の人間でもギルド存続の為、起用していた。


「そういえば、柊総司令官」


 部屋の中央の高い位置にある専用座席。そこに座るオペレーターの総司令官、ひいらぎ椿つばきは「はい」と熱の無い声音で返事をした。


「この調子で間に合うのか?例のダンジョンの大攻勢に」


「……」


「私は死にたくないぞ。シーカーの育成に力を入れてきたのなら、しっかり実績で証明してくれよ?その為の金なら幾らでも作ってやる」


「……了解」


 ダンジョンから魔物が溢れかえり人々に甚大な被害を齎す災害の事を、ダンジョンブレイクという。

 シーカーたちはそれを起こさせない為に日々魔物を間引き、エリアボスを倒し、ダンジョン内の魔力均衡を保つ。


 しかし、それでも蓄積していく魔力により限界を迎えたダンジョンは魔力膨張が起こり、ダンジョンブレイクが引き起こってしまう。その頻度は数年に一度。


 ダンジョンブレイクが起こった場合は、各ギルドが協力し対処する。

 近年のダンジョンブレイクはそれで事なきを得ていた、が……。


 近々起こると予測されているダンジョンブレイクは、過去に例のない規模の災害となる見込みだった。


 初のSランクのダンジョンブレイク。そして、その近隣にあるAランクダンジョンも共鳴し同時にブレイクするという予測が出ていた。


 これによる被害は計測不能。有識者の間では国を転覆させるレベルの被害を齎すのではないかと言われている。


 ――それが『大攻勢』と呼ばれている。


 そして、その大攻勢は国内のS級シーカーを集結させられたとしても、これを打開できる確率は……かなり低い。

 人外級のシーカーであるS級全てを揃えたとしても、戦力不足の可能性が高い。


 それをこの男も知っているはず、それなのに……と、


「……なら、貴重なA級ヒーラーを失って喜ぶなよ」


 苛立ちが言葉となって高橋の口から漏れ出た。


「ちっ、うるさいなぁ。お前は、せいぜい残りを死なせないように集中してろよ……いや、まあべつに私としては数字に変えても構わんのだが……」


『――くそ、不味い……これまでか』


 高橋の担当パーティがついに追い詰められ、リーダーの苦々しい声がインカムから聞こえた。


「っ、……!!」


『いや、やだ……こんなところで、死ぬなんて、あたし』


「まだ、諦めるな――!!」


 凄惨なシーンの連続、血飛沫が舞い――悲鳴と共に二人が散る。


『――ッ!!……!!』


 またたく間に、どんどんと魔魚人が水流の中から飛び出し増えていく――


「くく、良いぞ!良いだ!!そう、もっと泣き叫べ!!どうせ死ぬならその方が稼げる!!」


 ウィザードである胡桃くるみ妃乃歌ひのかが呪文を詠唱し、襲いくる無数の魔魚人の群れへ雷撃を放つ。

 しかし、既に魔力切れを起こしかけている彼女のそれに奴らを倒せるほどの威力はなく。


 とはいえ周囲には激流、背負う壁。逃げることはもう不可能。

 彼女の後方には、もう魔力の全て使い果たし意識を失って崩折れているタンクとナイト。


 ナイトは胡桃を魔魚人から守ろうとし、尾びれに胸を大きく斬り裂かれた。応急処置で彼女は持っていた回復薬ポーションを傷口にかけたが、それでは入りきらない程の深い致命傷。更に大量に出血していたため、そのショックで意識は戻らない。


 タンクは防御バフを張りながら、倒れたナイトを背負い逃げ回っていたが、エリアボスの遠距離射撃をガードした際、致命傷を負った。

 防御に使った盾、腕、肩を大きく抉り飛ばされ、この広域エリアへ戻ってすぐに倒れた。


 そして、今、その倒れた2人の前でただひとり応戦しているのが胡桃。彼女だけであった。


「……っ、……はぁ……あ、や……」


 前に突出した木製の杖。それに佐藤がやっていた様に、魔力を纏わせ近接武器とした。

 もうこれ以上魔法を撃つと魔力が尽きて防御もままならなくなる、そう判断した彼女は少しでも節約して戦うため、近接戦闘を選ぶ……が、涙が溢れ、膝が折れた。ぺたりと尻を地面に落とし、杖を魔物へ突きつけたまま座り込んでしまう。


 近接戦闘なんて、してこなかった。


 実戦は勿論、訓練ですらまともに。彼女はその才能と大きな魔力があったため、近接戦闘などすることなどないと踏んでいた。

 ましてやナイトガーデンは凄腕のシーカー集団。


 こんな事態になるなどと、露ほども思っていなかった。


「……グルルル」「ゴガァッ!」「ゲゲゲ」


 ゆっくりと近づいてくる魔魚人。体長2メートルを超える巨体の魚人族が迫ってくる恐怖は計り知れない。


「ひっ……ぁ……」


 じわりと下着の濡れる感触がした。ぼろぼろと涙が止めどなく頬を伝い、かちかちと歯が鳴る。

 胡桃は知っていた。この先、自分がどうなるのかを。


 ――亜人種は人を苗床にする。


 緋色のツインテールが揺れ、持っている杖もまたかたかたと震えている。しっかりもたなければと、力を入れて震えを止めようとするが、身体が言う事をきかない。


『うわあああーこれキッツ!!』

『連れ去られる感じかこれ?』

『そんなん配信してえーんか』

『もう見てられん』

『可哀想』

『胡桃にげて』

『もうだめだろこれは』

『ん?』

『え』

『おお?』

『なんだあれ』


「胡桃さん、聞こえてるだろ!!立って逃げるんだ!!2人を置いて、君だけでも」


「はははは、もう立てないだろーがどうみても!!いいぞ、同接が50万を超えた!!どんどん上がっていく!!さあ、ここからが……ん?」


 ――ズズ……


 魔魚人と胡桃の間に、黒い靄が出現。


 瞬時に魔魚人がそれから距離をとる。彼らはそれが何かを理解していた。

 どこに飛ばされるかわからない空間転移の黒靄。ダンジョン内で稀に発生するそれの危険性を魔魚人の一族は知っていた。

 吸い込まれれば二度と戻ってこられない、魔力の塊。


 勿論、それはシーカー間でも転移ポイントと言われ知られている。

 人為的に引き起こされたものであれば危険性はないが、こうして自然発生した転移ポイントはどこに飛ばされるかもわからないため危険性はかなり高い。


 故に発生した場合、すぐにその場から離れなければならない……が、腰が抜けている胡桃は立ち上がれず、ただただへたり込み眺めるだけ。


 オペレーターからの声も虚しく、ついには杖を握っている気力も尽き、からんと落としてしまう。


(……なんで……)


 どうして?なぜこんなところで?……私は、これからもっと、歌美音と……それで……なんで、なんで、なんで!!


 苗床で使いに使われた後は、食肉として処理され死ぬ。


 自然発生した転移ポイントは出現してはすぐに消える。わずかに伸びた猶予。

 それが冷静さを取り戻させ、胡桃の恐怖を増長させた。


「いやああああーーーー!!!」


 気が触れ、頭を抱え、絶叫する胡桃。転移ポイントが消失。魔魚人がその声音に反応するように彼女を捕らえようと素早く距離を詰めてきた。


『ああああ』

『おわた』

『つれてかれる』

『悲報、メスガキ胡桃ちゃん魔魚人のママに』

『最悪だろおめー』

『きめえ』

『ヤバいってこれ』

『?』

『は?』

『なんだあれ』

『誰か転移ポイントから出てきた?』


 目を剥くオペレーター高橋。いや、その映像をみていた全ての人間が例外なく、何が起こったのか理解できずにモニターをみていた。


 畔出が呆気にとられつつ、呟いた。




「……何者だ、あれは……」




 転移ポイントが消失し、突如そこに現れたのは、白い戦闘衣を纏ったA級ヒーラー。





「……ま、まさかあの格好……一般人、か……?」





 ヒーラー、では無く……




『え、だれ?』

『??』

『あれ、こいつ』

『ちょwwやばww』

『場違い過ぎてワロタ』

『薄着にサンダル!?』

『いやこれはヤバすぎるだろ』

『一般ピーポー召喚』

『どうみても探索者じゃねえぞこれ』

『お前どっから来たんだよ笑』

『は?え?』

『一般人じゃね?』

『ん?この人』

『あ死んだわ』

『おわた\(^o^)/』

『まてまてまてなんでここに!?』

『笑っちゃいけないが笑うってこれは』

『wwwww』

『Tシャツと短パンてww』





 そう、Tシャツと短パンのオッサンだった。


「え、あれ……?どこ、ここ」


 ぽかんとした表情でキョロキョロする中年の男。その様子が67万人の視聴する中で映し出されていた。




【重要】

先が気になる、もっと読みたい!と思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆→★★★★★評価、をよろしくお願いします。執筆へのモチベが上がります。

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