10話 正体不明
「……あいつは、誰だ?」
畔出が口をあんぐりと開いていた。その間抜けな顔はいまだかつてオペレーターの誰もが見たことのない表情。
いや、彼だけではない。
その場の全員が似たようなリアクションをとっていた。
「転移ポイントから現れたということは、ダンジョンの中にいたということ……なんせ魔力量が濃い場所でしか転移ポイントというのは発生しないんだからな。だが、となると……あの男は、あの格好でダンジョンにいたということか!?」
畔出の言う通り、転移ポイントはダンジョンでしか現れない。
他のダンジョン同士を繋ぐことはあっても、外界、人間界にはそれは出現しない。
だからこそ、その場の全員が驚愕した。
Tシャツ短パン、そんな薄着でダンジョンに入ることがどれだけ危険で命知らずの行為なのかをしっていたから。
仮に、あの男が未登録ダンジョンへ迷い込んでしまった遭難者だとしても、シーカーのように魔力になれていない限り、洞窟内の魔力に不快感を覚えすぐに出るはず……それなのに、と高橋は思い気がつく。
(いや、まて……そうだ、ならもっとおかしい事があるだろ!)
その先は、隣の先輩オペレーターが言葉にした。
「……あの一般人、なぜ……Aランクダンジョンにいられるんだ……平然と、耐性のあるシーカーですら苦しむほど、魔力濃度の高いあの場所に……!!」
モニターを見つめ、柊総司令官は握りしめていた拳をより強める。
一般人が巻き込まれ、死んでしまう。それがこのギルドで配信されてしまう。不可抗力とはいえ、行政処分の対象に……と、一見するとそれらを心配しているかのように思えるが、違う。
彼女はその時初めて感情の色をみせた。口の端をわずかにあげ、額に微かな湿り気を滲ませ、銀髪の短い髪を僅かに揺らし呟く。
「……無職……く……」
ナイトガーデンのライブ配信中のチャット欄は高速で流れていく。
『おいやべえだろこれ!』
『一般人公開処刑生配信』
『これはニュースになるぞ』
『無職くんじゃね』
『Uwitterやべえ』
『ミラー配信してるやつ山のようにいて草』
『薄着で死ぬーww』
『オッサンなぜ死んでしまうん』
『運悪すぎだろww』
『よりによってエリアボス戦只中に』
『あれ無職くんだろ』
『www』
『ひでえw確かに無職っぽいけどもw』
『これ助かるんじゃね?』
『ねーよwwどう助かるんだよ』
『無職くんじゃん!!』
『いやめっちゃ無職言われてて草』
『突然の無職くんに大草原不可避』
『うおおお激熱展開キター』
『?』
『この人職なん?』
『そーだよ!無職くんだよ!!ww』
同時接続者数947652
お祭り騒ぎになってるとは知る由もない無職くんこと優星は、きょどりながら辺りをみて胡桃の存在に気がつく。
「あー、えーと……スミマセンここどこですかね?ちょっと迷ってしまったみたいで……出口、わかったりします?は、はは……」
頭をかきながらへこへこと長年の会社勤めで染み付いた社畜ムーヴをする優星。あれ、この子の格好も変わってんな……魔法使いのコスプレか?と、ウィザード専用の戦闘衣をみながら思いつつ、あまりジロジロみててあらぬ疑いをかけらかけられてもあれだな……と、直視しないように視線を彷徨わせる。しかし、それが逆に変態的な雰囲気を出してしまっている事に本人は気が付かず、チャット欄で動きキモくね?と数件コメントが入っていた。
そして胡桃はというとそれどころではなく。
(……こ……この……ひと……)
彼女は大きなくりくりの目を更に大きく剥いて、ある事に驚愕する。
突然あらわれた、Tシャツ短パンの絶望的にヤバいダサいヤバい中年の男……だが、しかし、ただの絶望的にヤバいダサいヤバい挙動不審な男ではない事に彼女は気がついた。
――なんて美しい、魔力なのだろう。
見惚れていたのは、優星の体を流れる魔力。
非常に薄くだが、優星の身体を魔力が覆っている。これは普通のシーカーでは纏っているかどうかわからないレベルのものである。
しかし胡桃は天才と呼ばれるだけの才があり、魔眼という魔力を見極められるスキルを持っていたためそれを観測することができた。
これまでみてきたどんな上級のシーカーよりも、薄く美しく、なのに有り得ない程の超高密度の魔力……。
胡桃はわけがわからなかった。
なぜ、それほどのエネルギーを身に纏っていて無事でいられるのか?
普通はその強力な魔力に押し潰され、弾け、消失していてもおかしくはない。
なのに、なぜ、どうして平気そうにしていられるのだろうか。
(……上手くいえないけど……高ランクのダンジョンそのものが人の形でそこに在るかのような……)
彼女のウィザードとしての部分が、優星の魔力の美しさに強く惹かれてしまう。
目を奪われる胡桃。この危機的状況を忘れてしまう程に、ただただ優星に見惚れていた。
「……えと、出口……」
呆け何も答えない胡桃。そこで気優星が「え?」と気がつく。
胡桃の背後で倒れている怪我人に。
「そ、そこの人、大丈夫ですか!?……もしかして、害獣の駆除に失敗したとか!?」
『何言ってるんこいつ』
『害獣の駆除?』
『無職くんワールド全開ww』
『すげえなんでおるんw』
『これやっぱナイトガーデンとのコラボだろ』
『さっき結花ちゃんと一緒に配信してたもんな』
『うわああマジでいるw急に現れるなああww』
『?』
『どゆこと?』
『なんかチャット欄のコメがようわからんw』
『なぜ無職と決めつけるのかw』
一方、焦り困惑している二人がもう一組。
「え、え、え?なんで、え?私じゃなくて、山彦さんがなんで?」
「……」
織姫と佐藤は二人、織姫のスマホ画面からホログラムウインドウで現れた映像をみていた。
あわあわとしている佐藤と、ぎりりりと歯を軋ませる織姫。
……あの、くそ邪神が……マジで……ふざけやがって……とぶつぶつ呟く織姫は、頬に汗が伝い苛立ちつつも焦っているようだった。
転移ポイントに佐藤が手を触れようとした瞬間、その暗い靄の奥から細く白い子供の手が伸びてきた。
その手は一瞬で優星の手首を掴み引き込んでいった。
織姫はその手が、優星を連れて行ったのが誰なのかを知っていた。
それは自分と同じ存在。優星に惹かれた神、邪神の一柱。
「織姫ちゃん、私、どうしたら……」
呼ばれた織姫は不機嫌そうに佐藤をみてこたえた。
「……どうにもならない。また魔力を撚り合わせて転移ポイントを作ることはできるけど、それには相応の魔物を対価とした魔力が必要……だから無理」
「……」
詳しくは言わなかったが、それでも佐藤には伝わった。
ジェネラルリザードと山のようなリザードマンをあなたはひとりで倒せるの?そんな力はないでしょう?だから無理。……そういう言葉が言わずとも秘められている事が。
けれど、と佐藤はホログラムウインドウに目を向けた。
「でも、そうだ……山彦さんのあの強さなら!!」
Aランクダンジョンのエリアボスを倒すことは不可能。けれど、リザードマンとジェネラルリザードを単独で倒せる力がある彼なら、魔魚人をあの場から退け逃げきる事はできるのでは?佐藤はその奇跡的に生じた希望に顔を上げ、目に光が宿る。
しかし、織姫は悲痛な表情で首を振る。
「……ううん。……これは、かなり不味い状況だよ……」
「え?」
「……優星の力には秘密があるから……」
金色の瞳が揺らぐ。ホログラムウインドウの向こう、彼の姿を映す彼女の瞳は、暗い不安の色に彩られていた。
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