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11話 化物現る


「……!」


 柊総司令官は顔を歪めた。モニターの向こう、無職くんこと山彦優星の身体から尋常ではない魔力が立ち昇っている事に。


「……不味い、ダンジョンが崩壊しかねない」


 その柊総司令官の言葉に畔出が反応する。


「ダンジョンが崩壊!?どういうことだ!?」


「……ダンジョンというのは、魔力によって構成されているんです。洞窟、その中の鉱物や植物や水、そして魔物……あらゆるものが魔力によって」


 モニター映像が僅かに揺れ始めた。まるで地震のように、洞窟が振動しているのだ。


「彼の強すぎる魔力はそれらに影響を与えてしまう。存在するだけで、少しずつそれらの魔力で構成されたものを破壊、または分解してしまう……」


「なん……だと……」


 オペレーター高橋はその話に驚愕し呆ける。だとしたらそれはもはや人ではない。どれだけ強力な魔力をもつ魔物ですら、存在するだけで全てに影響をあたえるなんて生物は……。


 モニターの向こうでは無職くんこと優星が揺れに気が付き焦り出す。


「あ、やべ……」


 まるで埃を手で払うかのように、シャツや短パン全身を振り払う。


「だめだって、くんなくんな!落ち着け!」


 すると揺れがおさまり始めた。優星は織姫の姿を探す、がどこにも存在を感じないことに少し焦りを覚える。

 とりあえず、この洞窟から脱出すること。でなければ、いずれ生き埋めになりかねないな……そう現状を理解した。


 そして魔魚人もまた魔物の本能で理解する。目の前の脅威を排除せねば、自分たちの種が滅亡してしまうという事を。

 恐れ慄き距離をとっていた魔魚人たちが尾びれの刃を優星へと向け、戦闘体勢をとる。

 ハルバートのような巨大で分厚く、しかし刃の鋭い戦斧の尾びれ。


 エリアボスも依然姿を現していないが、自分の居城であるこのダンジョンに終焉をもたらされてしまう危機感を覚え、戦闘モードへと意識をかえた。


 周囲に流れる激流がより激しくなり、濃い魔力が宿る。ドス黒い瘴気のようなオーラが滲み始める。


 優星はTシャツを脱ぎ、座り込んでいる胡桃のひざ元へとかけた。


「……俺も、子供のころ昔そうなったことあるよ。……ガキの頃で忘れてたけどさ、害獣って怖いもんだよな、慣れてないと……」


 何を言われてるのか理解できずに依然ほうけていた胡桃は、膝下を隠すようにかけられたTシャツに目を落とす……そして、はっと何かに気が付き顔を真っ赤にした。


「ちょっと待ってて。あれは俺が駆除するから」


「……ま、……ひとりじゃ……」


 優星の纏う魔力は確かに強力だ。あの魔魚人なら普通に掃討できそうな(有り得ないし信じられないけど)力を持っているだろう。

 だが、Aランクダンジョンのエリアボスは違う。絶対にひとりでは倒せない、倒せるはずが無い。S級シーカーですら、同級同士のペア狩りじゃない限り不可能。


 ましてや防具も何ももたない丸腰で。


 優星は言葉の震えている胡桃に微笑む。


「俺はさ、仕事も遅いしビビりだし間の抜けたダサい中年、所謂オッサンってやつだけど……」


 胡桃に背を向け、優星は魔魚人の集団に向き直り歩いていく。


「害獣駆除だけは得意なんだ」


 ――ボッ、と地面が吹き飛ぶ。


 優星がいた場所へレーザービームのような激流が二つ着弾、途轍もない轟音をたて場が抉られ消失。


 しかし


 直後、その激流を躱した優星は――無数の魔魚人へ目にも留まらぬ速さで接近。ある個体は首を飛ばされ折られ、またある個体は心臓を抉られ、またたく間に数を減らしていく。


『え』

『はあああ!?』

『なにもんだよあれ!?!?』

『無職くん』

『えええええええ』

『ばかつえええぞおい』

『素手じゃね!?やば』

『おいおいおい』

『バケモンだろあれ』

『武器無しで殺してんの?嘘でしょ』

『意味分かんねえww』

『無職くんやっぱつええーーー』

『すごエリアボスの攻撃躱しながら魔魚人処理してるんだが』

『よくあたんねえな』

『動きはやすぎだろオッサンてレベルじゃねえぞ』

『こいつ流石に探索者だろ!どこの所属だ』

『ナイトガーデンじゃね?』

『無職くんは無職だぞww』

『無職だからな』

『どこにも所属してねーぞ無職くん』

『いや無職呼び可哀想すぎるww』

『だって無職くんだし』


「……なん、……これは、夢か……俺は頭がおかしくなったのか?」


 畔出は組んでいた腕をだらりさげ、棒立ちになる。柊もまた小さな口をぽっかりあけ、優星の戦闘に魅入られていた。

 圧倒的、という言葉ではあらわしきれない無双。A級のシーカーが追い詰められ全滅しかけていた状況を、いとも簡単に打破していく。


「な、これは……」


 高橋があることに気がつく。


「スパチャが、とんでもない金額に……」


 優星があらわれてからスパチャの頻度が急激に高くなった。

 それは優星こと無職くんファンが彼に気がついての応援の投げ銭。

 そこからSNS等でナイトガーデンの配信に出ていると聞きつけたファンが集結し、さらに無職くんの戦いを目の当たりにしオペレーター達同様魅了されたリスナー達が、投入した赤スパの数々。


 計8553200円


 ナイトガーデンの配信で投げられた過去最高額である。


「ど、同時接続者数も……過去最高記録です……!」


 別のオペレーターが震える声で報告した。


 同時接続者数1097652


 スパチャ額、接続数、ナイトガーデンギルドの記録を同時にふたつ、乱入してきた見知らぬオッサンが簡単に塗り替えてしまった。


 もともと名のある大ギルドというのもあり、あっという間に多くのダンジョン配信関係者やリスナーに認知され、バズり散らかした。


 トレンドには、無職くん、おっさん、が並び知らぬものに混乱をもたらすカオスな事態になり、知っているものはその話題で大いに盛り上がり、配信チャット欄へと雪崩込む。


 まさに、お祭り騒ぎ状態になっていた。


 そしてその頃にはもう生きている魔魚人はなく、優星はエリアボスとの戦闘に入っていた。


『おいおいエリアボスとタイマンとか前代未聞だろwww』

『人類にソロは不可能って話じゃねえのかよw』

『ふつーに渡り合ってて草』

『なんで攻撃かわせてんだよ』

『逃げ場なさそうなのに』

『怖くねえのかあれ』

『あたったら死ぬだろ短パン1枚だぞww』


 いくつもの高出力水砲が優星を狙い放たれる。それを跳びはね、からだを捻り、躱しまくる優星。

 岩盤が砕けてできた手ごろな石を流れで拾い、エリアボスが居るであろう水流の中へとぶん投げた。


 強烈な破裂音。水流の一部が吹き飛び、僅かにエリアボスの体表のようなものが垣間見えた。


(けど、ダメージはないか……まあ、小石程度じゃな)


 ざわつくオペレーター達。


「……胡桃の……ウィザードの最大出力の雷撃でも、全くあのガードを剥がせなかったのに……?」


 まだメンバーが4人残っていた時のフルバフ、最高火力での一撃。それでもエリアボスの姿を見ることはかなわなかった。


 胡桃の心臓がばくばくと鳴る。


(……すごい、すご……すぎる……!!)


 移動スピードが速すぎて目が時々追いつかない。どんな訓練をしたら、このレベルで魔力をコントロールできるようになるのか。


 聞きたい、その強さの秘密を。


 彼に教えを乞えばあたしはもっと強くなれるのかな。なら、なんでもするから……。


(小石がダメなら、これはどーだ?)


 魔魚人の遺体、腕を掴みそのままぶん投げる。回転して迫るそれは巨大なブーメランのようで。

 尾びれの刃がエリアボスの居る激流を斬り裂いた。


 今度は微かにエリアボスの体表、鱗に傷が付き出血が見られた。


 おおおお、と沸くリスナーとオペレーター。だが、柊や一部の熟練の有識者は異変に気がつく。


(……けど、あのエリアボス、硬すぎる……!!)


 優星もまたそれは感じており、首を傾げた。

 このレベルの害獣は久しぶりだな……。


「……あのエリアボス、Sレートクラスの魔物になってる」


 そう言ったのは織姫だった。その言葉に佐藤が困惑する。


「え、そんな……でもあそこ、Aランクダンジョンでまだ300層なんですよ?最下層の最終ボスならともかく、あの階層でSレートは有り得ない」


「……本来はそう。けど、あれはSレートあるよ。優星があれだけモノを投げつけて殺せないのがその証拠」


「……」


 ホログラムウインドウを眺める織姫。その彼女を怪訝な顔でみる佐藤。


「……それって、逆に言えば……Aなら倒せてるって事ですか?」


 織姫は頷く。


「Aレートのレベルにもよるけど、優星ならもう倒してる。最初の石の投擲で」


「……」


 それを聞いた佐藤はホログラムウインドウへと目を戻す。複雑そうに、頬を引くつかせ。


(私が側にいないのと、優星の影響力のせいだろうけど……)


 織姫はエリアボスが大幅に強化されている原因を知っている。


『かっけえな』

『脳筋の戦い方』

『そこらへんのもん武器にして』

『見応えあるねえ』

『無職くんまじでかっこいい』

『あのちょっとダルそうなとことか良い』

『それな!やる気なさそうな雰囲気なのに鬼強いw』

『てか魔力すげえな』

『こんなだっけ無職くん』

『いつもは殆ど魔力使って戦ってない』

『今日は凄まじいなこれ』

『足元の岩盤塵になってね?』


「――あーもー!!これだから、クソ!!離れろ離れろ!!!」


 苛立つように優星がからだを振るう。まるで水に濡れた猫や犬が水分を飛ばすように。

 すると優星の纏う魔力が薄まった。


『どゆこと!?』

『??』

『離れろってなに?』

『って、おおお!?』

『ついに来たか!』


 水流の中から姿を現した、巨大な龍。四つの眼を青く輝かせ、優星を睨みつけた。

 ぐおおおおおーーーと吠え、膨大な魔力を発散させる。かなり離れた距離にいるにも関わらず、後方にいた胡桃が吹き飛ばされ転がる。


 ただの魔力の発露でこの衝撃。Sレートクラスの魔物は1体でも外界、人の世界にでてしまえばその国が滅亡すると言われる程の脅威。


 全身の青白く煌めく鱗、そこから禍々しく黒色のオーラが立ち昇っている。

 それが周囲の水流へと溶け込み、大きな翼になる。


 そして、その翼状の黒色の水塊から、様々な形状の武器が生成されはじめた。


 槍、斧、剣、ただ水で模倣したそれらの武器だが、込められた魔力量はシーカーが扱う武器に込められた魔力の比ではない。


 それを、


「――!」


 胡桃へと向け射出した。――あ、と思ったときには、もう目の前に数百という凶器の矢があった。


 炸裂したその攻撃は、彼女のいた場所一帯を大きく消し飛ばし、足場がもうどこにもなかった。


 ただただ、暗い闇と無数に流れる水流、その後方にはダンジョン最下層まで流れる大滝。


『なにこれ映画?』

『怪獣映画だろww』

『初めてみたわ龍とか』

『すげえ』

『画面越しでもこええな』

『てか胡桃ちゃんは!?』

『さすがに死んだのでは』

『おいバカ言うな』

『でもこれは』

『無職くんもこれは』


「……胡桃、生体反応あります!」


 オペレーター高橋がいうとそのばの畔出含めた全ての人間が彼へと目を向けた。


「胡桃だけではなく、他の2名も」


 優星は、あの一瞬で胡桃と他タンクナイトの二人を大急ぎで担ぎ離脱していた。

 僅かに残った対岸の足場へ移り、事なきを得た。


「……ぶねえ」


 胡桃は失神、ほか2人も死んではないが意識を失ったまま。

 とりあえず助けられたけど……このままだとジリ貧だな。俺一人なら、なんとかなるけど。


 ま、仕方ねえ……。



「少し勿体ねえけど、やるか」



 優星へと魔力が集中し始めた――。




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