3話 魅入られた者たちの熱狂
優星は小さい頃とてもやんちゃだった。好奇心王でそこらじゅうで遊び回る男の子。
虫を捕まえたり川で泳いだり、元気いっぱいの野生児のような子。
そんな優星がなかでも一番興味をもったのは、祖父の家の裏山にあった洞窟。
はじめはこっそりと侵入していたが、すぐに祖父にみつかり怒られた。
魔物がいる洞窟だ。それはもう物凄い怒られた。
『あそこは魔力が満ちているんだ。例え魔物に襲われずとも洞窟内に居るだけでも危険な場所なんだぞ!二度と入るんじゃないぞ!わかったな!』
優星に甘いことで有名な祖父に、それまで見たことのない剣幕で叱られさすがの優星も深く反省した。
『……』
けれどその数日後、優星はまた洞窟へと入ってしまった。
何かに引き寄せられるように、まるで呼ばれるかのように。……そうして出会ったのが織姫だった。
(※ちなみに後に再びおじいちゃんに見つかるが、テヘペロ☆と孫の可愛さ全開、祖父特攻を使い謝り、叱られるのを回避……できるわけもなく普通に怒られました)
『ニードルラットって素手で倒せるの?』
『多分S級探索者でも素手は無理なんじゃ』
『あの無職やばくね?』
『ホントに無職か?普通にS級探索者なんじゃね?』
『いやどうネットで探索者検索してもあの人の顔でてこねえけど』
『凄すぎる』
『マジでなにもんなんだw』
『つーか木の枝いつ使うんだよwww』
スライムを蹴り殺し、混乱の渦に飲まれたチャット欄。ニードルラットに無双かましたあたりで、それは驚愕と賞賛と混乱へ変わり凄まじい文字の波で埋め尽くされていた。
それから優星と織姫はどんどんと奥へ進み、手当たり次第に魔物を駆除していった。
『スライム』レートF✕21匹
『ニードルラット』レートE✕13匹
『赫毒蛇』レートE✕8匹
『ショットガンバット』レートE✕17匹
天然の岩造り迷路の1層エリア。歩き回ること時間にして1時間弱。それにより駆逐した魔物の種類と数である。
最早この頃にはチャット欄でも驚愕のコメントは少なくなり優星が何者なのか、もしくは一向に使用されない木の枝にたいしお前それいつ使うねんというツッコミが多くなっていた。
「1層はこれでほぼ終わったな」
「うん」
「邪神ちゃん、せっかくだから2層の様子もみていい?」
「もちろん、いーよ」
下の階層へと通じる階段。岩を組み合わせて出来ている、ごつごつとした足場のわるいそれを降りていく。
あの頃のように織姫に手を差し出し、繋ぐ。
転んだら大変だからという優星の何気ない気遣いに、織姫は初々しくはにかむ。
大人になった優星。あのころもカッコよかったけれど、今はあのころに無い魅力がある。
時々、ふとした瞬間に覗く哀愁。長い社会人生活の苦労、それが滲んだ渋い表情。
(……いい……優星、かっこいい……)
ぽわぽわときゅんきゅんが混在した胸中。触れた掌に男らしいごつごつとした手の骨格を感じ、うっとりと蕩けた顔で熱く彼の背を見つめる。
(……すきぃ……)
階段の狭い通路を下り2層が顔を見せる。1層と違い、こちらは多少道幅も広々としていて、イメージとしてはこれまで一車線道路だったのが、二車線に増えたくらい。
1層にもそこそこ雑草が生えており緑は多少あったものの、2層は岩作りの天然洞窟なは変わらないが、その殆どに魔力を吸収し光を放つ光苔があり、ところによっては岩盤を割って這い出すように伸びている植物の根や花が咲いていたりする。
「織姫、大丈夫か?疲れてない?」
「大丈夫、疲れてない……元気だよ」
「そっか。休憩したくなったら言えよ」
「……うん……ありがとう」
優星が小学生位の頃は同じくらいの目線だった。けれど、どんどんと背が伸びて高校生の頃には織姫は見上げなければ目が合わないくらいの差になっていた。
正直なところ、織姫は自分で身長を調整することができるが、なぜかこの距離感がとても心地よかった。
そんな織姫を差し置き、チャット欄はかなりの盛り上がりを見せていた。
話題は勿論、無職くんこと優星の戦闘について。
『けど、ショットガンバットの倒し方が一番やべえよな』
『銃弾の速度で飛んでくるコウモリな』
『片手で払い除けてたよねww』
『払い除けた手でそのまま手刀で殺してた』
『つか厳密には魔力纏ってる時点で銃弾以上の威力なんだが』
『いやそれ銃によるだろ』
『そりゃそうだけどw』
『あれを素手で対処してる時点でっていうねwだめだここの連中感覚バグってるw』
『つーか全然魔物の攻撃受けねえな』
『殆ど躱すか素手パリィだからな』
『その手に持ってる木の枝はいつ使うんですか?w』
『いやまあ防具無しだから当たったら死ぬんだけどな?』
『つかまじで今まで何してたんや無職くん』
『確かに!この力なら余裕でスカウトくるやろ』
『間違いなく上位ギルドチームからお誘いくるw』
『邪神ちゃん無職くんって前職なに?』
『今まで何してたん?』
「……え」
突然話を振られ織姫は考え込む。これは良くないことかもしれない……漠然とだが、優星の過去を勝手に話すことは悪いことだと、邪神な織姫だがその感覚と直感が彼女の口をつぐませた。
けれど、多くの人に彼のことを知ってもらいたいとも思った。
多くの人に、彼の事を。
「……」
織姫はスマホを操作し、書き込む。優星がどう生きてここに帰ってきたのかを、おおまかな経緯で。
『無職くんは、最近までずっと会社員だった。とても好きな会社で長いこと勤めていたんだけれど、辞めた』
『ほへー』
『シーカーで大金持ちなれそうな力あんのにか』
『そこまで好きな仕事やったんか』
『でもじゃあなんで辞めたの?』
『すごく時間が無くて、お休みが全然ない職場だった。大切な人の死を弔う時間すらくれないようなところだった』
『ぶらあああっく★』
『おいおいマジかよ』
『あー』
『ブラック企業的なか』
『そう。心も限界だったみたい。何度も陰で泣き崩れているところを見てきた。だから、私は辞めてくれて嬉しい。帰ってきてくれてとても嬉しいんだ』
『そら辞めて正解すね』
『けどいまどきあるんかそんなん』
『好きな仕事だったのに可哀想ね』
『そんなとこにいるの勿体ねえよ』
『たしかに無職くんはシーカーの方が向いてるわ』
『これ一般企業においとくとか国の損失だろw』
『んじゃシーカーか次のお仕事は』
『シーカーにはさせないよ。無職くんはとっても長い間頑張ってきたから疲れてる。だからゆっくりのんびりして欲しい』
『あー』
『せやなあ』
『なにこれ良い話?』
『疲れた顔しとるもんな無職くん』
『苦労人だったのか』
『あの化物っぷりで人並みに弱いとか信じれんが』
『つよい人ほど脆い的な感じ?』
『まあでもシーカーなってギルド所属なったらあちこち派遣されるからねえ』
『儲かるけど大変だよな』
『命がけですし』
『いや!でも彼の力は多くの人を救える!シーカーになるべきです!』
『だめ。させない。無職くんは、ここでずっと平和に平穏に私と暮らすの。だからダンジョン配信してるの』
『あ、なるほど』
『たしかにこれは再生回るわ』
『他のダンジョン配信と格が違うもんw』
『ふつーに稼げるな無職くんの強さなら笑』
『気に入った。スパチャできるようなったらいれるわ』
『幸せになれ無職くん』
『つかわい無職くんのファンになったからな』
『俺も』
『あの意味不明な戦い方かっけえよなw』
『脳筋ステゴロ』
『木の棒あるやん』
『使ってねえんだよ』
『なんでずっと持ってんだよw』
『けど、あの才能は勿体ないです』
『人の人生だぞ』
『好きにさせてやんなさいよ〜』
2層を行く優星と織姫。魔物と中々エンカウントしない事に首を傾げつつ、進んでいるとその理由がそこに転がっていた。
数メートル先、腹だけを喰われ、他はそのまま捨て置かれているニードルラットの亡骸があった。
優星はそれに近づきつつ、外傷を確認。
「……やっぱり腹……喰われてるのは内臓だけ。この喰い方は、大型の蜥蜴だな」
『大型の蜥蜴?』
『トカゲの魔物か』
『えぐ』
『柔らかい内臓だけくって捨てたのか』
『グロすぎ』
優星は織姫へ視線を向け、そこに居てくれと合図をする。その意図を理解した織姫は足を止め、自身の胸に手を当てる。
唐突に合った視線に不意をつかれ、思わず心臓の鼓動が跳ね上がる。
そんな彼女の心内を知る由もなく、優星は遺体へとより歩み寄る。手を伸ばせばそれに触れられる――その位の位置へ踏み込んだ時だった。
ニードルラットの遺体が首と胴に両断された。
隔てたその真ん中に、湾曲した刃が振り下ろされていた。
「やっぱいた」
ニードルラットの遺体横には道が伸びており、その曲がり角に待ち伏せをしていた魔物の存在に優星は気がついていた。
「ニードルラットのその放置の仕方、明らかに誘ってるもんな……あと気配消すの上手いけどさ、おまえの臭いキツいから意味ないよ」
と、奇襲に失敗し次いで横薙ぎに振り抜いた刃を優星はのけぞりまたしても躱す。
更に追撃。優星目掛け振り下ろされる刃。火花を散らし岩盤を大きく砕き割った。
後方へと飛び退き、間合いを取る優星。
ごつごつとした岩のような黒黒とした滑りけのある鱗。ぎょろぎょろとした目玉のついた大きな頭部に長く伸びた首と、それを抜きにしても優星を軽々と超えてしまう背丈。
二足歩行で歩く異形の頭でっかちな蜥蜴のような魔物。
片手に持ちゆらゆらと揺らしている血塗れの青龍刀型の剣が、周囲の光苔を反射し怪しく光る。
「相変わらずおっきいな、チョコレートスティック」
全身が細長くチョコレートの棒に見えることから優星はその魔物の事をそう呼ぶ。
そう見えなくもないが、あの生臭い匂いを嗅いでおいてそのネーミングはどうなんだろう、と優星の祖父は生前そのセンスに軽く怯えていた。なんであらゆるものをお菓子に当てはめるのだろうと。そのうち美味しそうとか言って魔物食べ始めちゃったらどうしよう……と。
そして、優星のその発言が気にならないくらいチャット欄のリスナー達はあることに驚いていた。
『いや蜥蜴は蜥蜴ですが!!』
『リザードマンて』
『おいおいおい』
『やべえの生息してるじゃねえーか!!』
『2層でリザードマンいるダンジョンどこよそれ』
『ねーよww』
『リザードマンレートいくつだっけ?』
『Dの上位あたり』
『それ中級シーカーが装備固めて戦うレベルやんけ』
『つかチョコレートスティックて?』
リザードマン。知能が高く狩りをする魔物。ドラゴンの血縁であり、筋力、頑強さ、その身体能力は全てにおいて人を遥かに凌駕する。
更に全身を覆っている黒鱗は、魔力を宿した武器ですら弾き返す程の頑強さを有する。
爬虫類特有の二股に割れた舌をちろちろと出すリザードマン。何かを察知したように、持っていた刀剣の柄を両手で持ち体勢を低くした。
そして次の瞬間、蛇が高速で地を這うかのようにリザードマンは優星へ向かってきた。
『うお』
『はやっ』
『こわっ』
『えええ』
狙いは脚。長い身体を活かし、まずは動きをとめるべく全身を伸ばして刀剣を振り抜く。
水平に、振り子のように思い切り右から左へ、得物をぶん回す。
が、しかしそこに優星の足は無かった。リザードマンが体勢を低くした瞬間にその攻撃は予測していた優星。シンプルにタイミングを見計らって上へと飛び上がっていた。
そして身体を捻り、優星はリザードマンの頭部に向けて下から上へと振り抜いた――木の枝を。
『『『『『使ったああああーーー!!』』』』』
ついに使用された木の枝にチャット欄のリスナーが熱く叫んだ。解き放たれる謎の感動と高揚。
炸裂したその細々とした木の枝は、貧相な木の枝とは思えない斬撃音を放ち、リザードマンの頭部を抉り抜く。
頭、首、胴にかけて走る斬撃。あまりの威力にリザードマンの身体が浮き上がり、後方の岩壁に直撃した。
一面を覆っていた太い樹木の根を吹き飛ばし、その衝撃で一帯を揺らした。
『ええええええ』
『鱗を斬り裂いてたぞ!?』
『え、木の枝だよな』
『凄すぎてワロタ』
『どうして枝でリザードマンの鱗破壊できんだよww』
『何が起きてるんすかこれ』
『木の枝ってこんなに火力あるんだ(震え)』
『いやそれ武器屋廃業しちゃうだろw』
『なんなんだこのオッサン』
『おかしいよこの無職w』
「……はぁ、はぁ……いい、すごくいいよ……もうちょっと、こっち視線くれるかなぁ……はぁ、はぁ……」
ぼそぼそ興奮しつつ呟く邪神ちゃん。
『いや変態かよ』
『変態おるやんけ』
『なんのビデオ撮影だよ』
『こっちはこっちで様子がおかしいし』
『ヤバいやつだらけで草』
『まさに邪神』
優星の戦いぶりに鼻息荒げ興奮する織姫。涎を垂らし、頬を赤らめ、涙目で熱い視線を送るその様はバッチリドローンにも映されていた。どうみても変態。変態で邪な心を持つ邪神だった。
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織姫こと邪神ちゃんが優星こと無職くん推しのガチ勢だということは、最早ここまでの発言と態度と雰囲気でリスナーに知れ渡っていたが、皆底知れぬモノを感じ畏れ慄き、一部引いている者もいた。
『やはり、この力は欲しい』
ハイペースで流れていく言葉の波に紛れる思惑。当然、優星の底知れぬ力も多くが見たわけで、ならば魅せられ欲する者が現れるのも必然ではある。
見方によっては、織姫と同じ……いやそれ以上の欲求で。戦闘力、容姿、雰囲気、経歴、人柄、様々な理由で彼、優星に惹かれている視聴者も多く現れ始めた。
『すき』『共に戦いたい』『うちのギルドに』
『結婚したい』『あの力、使いたい』『勝負してみてえ!』『いっしょ配信してくれへんかなぁ』『あたしのものに』
優星は、今まさに探索者界、配信界隈、そして全世界に大きなうねりを引き起こそうとしていた。
誰にも知られない、この田舎の地で。
無自覚な最強の力で――。
【重要】
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