2話 知らぬ間に始まるダンジョン配信
「うわー……マジで懐かしい」
木々の生い茂る山中。土が掘り起こされたかのような、大きな穴。まるで羆が冬籠りにしようするような、けれどそれにしては大きな横穴がそこにぽっかりと口をあけてあった。
穴の周りは岩が埋め込まれていて、更に立ち入りを拒むかのように左右から太い縄が伸びている。
まるで封印されてるかのようだな……と優星は思ったが、実はその通りでこれは魔物を外へ出さない人をダンジョンへ入れない為の封印術である。
「んじゃ、はいろっか」
「うん」
その縄を片手であげ、中腰になって内部へ侵入する優星。
――ダンジョンが世界各地に現れ、魔物が出現し始めた当初、人々はかなりの被害を受けた。
しかし、人類の進歩は目覚ましく魔力覚醒者の存在は勿論、ダンジョン内の資源のおかげもあってか、その被害をあっという間に減らしていった。
最近では一般人も適性試験と訓練さえ受ければダンジョン探索を行えるようになっており、砂金を掘るかの如く、一攫千金を狙う人間もかなり増えていた。
国も新たな天然資源であるダンジョン素材が欲し、探索者の装備に補助金をかけたりしていた。
のりにのっている探索者達。そしてここ数年の間ではそのダンジョンを探索攻略する様子を配信する行為が流行していた。
しかし、そんな大事になっているダンジョン界隈の事を優星はあまり知らない。
ちいさな頃はこの洞窟がダンジョンだということを祖父は秘密にしていたし、小学校では時々話題にあがることがあったが魔物がどういうものなのかは報道規制されており知らず、中学と高校は勉強に集中していた為テレビやネットを断っていた。
さらに社会人となりブラック企業勤めになり、僅かな休みや休憩は睡眠全振り。
その為、優星の世間一般の情報は無きに等しく、浮世離れ浦島太郎状態であった。
「あ、優星……ちょっと待って……」
織姫が優星のシャツの裾を摘み止める。そう、優星は今、猫大好き!という文字とゆるい猫の顔のイラストがプリントされた黒のTシャツ、そして同じく黒の半ズボンをはいた状態。とんでもなくラフな格好だった。
織姫は白い球体を取り出した。野球ボールくらいのサイズの何か。
「それ何だ?」
「……これは、ドローン」
「ドローン?って、なに?」
「カメラだよ……こうして、魔力を込めて飛ばす」
「おお……!?すごいな、まじで飛んだ」
プロペラも無いのに飛び、一定の距離をとり滞空しているドローン。しかも音が無く完全にその場に固定されている摩訶不思議な光景が、まるで手品を見ているかのような感覚になり、目を丸くする優星。
「って、なんで?カメラって何撮るの?」
「一応、記録撮るようにしてて……駆除の」
「へえ……」
「気にしないでいーよ」
「そっか」
それはそうと羆とかこの中で冬眠でもしてたらどーしよう、襲われたら怖いな……なんて優星が思いながら先を歩いていく最中、織姫は手早くスマホを取り出し動画サイトWouTubeにアクセス。
あらかじめ作ってあったチャンネルで配信を開始した。
チャンネル登録者僅か6名。動画投稿本数ゼロ、配信歴無し。
織姫は次に手早くSNSのページを開く。Uwitter、Unstagram、アカウントのあるそれらで配信告知を始める。
『邪神ちゃんの秘密のダンジョン配信!スタートしたよ、みんな来てね』
するとぽつらぽつらと視聴者数のカウントが増えていく。
同時雪像者数17。
やがてコメント欄が流れ始める。
『お、まじでダンジョン配信してる』
『逃げなかった事は褒めてやるよ』
『邪神ちゃんがいう強い探索者ってのを見せてもらおうか』
『いきがってる小娘が』
『そういやマジで女なん?』
邪神ちゃんこと織姫はその好戦的なコメントの数々をみて細く笑む。ふふん、と鼻で笑い彼女はコメントに答える。
「……邪神ちゃん、だよー……」
『!?』
『え』
『まじで女だった』
『うそやろ』
『可愛い』
配信中のカメラに映る、小柄な美少女。日本人離れした白髪と眠たそうに落ちている瞼で半分隠れた金色の瞳。
自分が邪神ちゃんだと言う事を証明するため、ドローンカメラへ向かって手をひらひら振る。
『中学生?』
『こんな美少女があんな汚い言葉で舌戦を』
『毒舌美少女だと』
『キモオタじゃねえのかよ』
『可愛い』
邪神ちゃんこと織姫はネット掲示板やUwitter等のあらゆる場所に出没し、様々な人間と舌戦を繰り広げていた。
その話題はいつもダンジョン配信、探索者の事であった。
最強は誰だ、誰それがどこの難易度高いダンジョンをクリアした。そんな話題の中へ突入していき、『いやあの人そこまで強くないよw』『そのダンジョンなら私の推し探索者は軽くクリアできるし』など聞かれてもないことをペラペラ喋ったあげく、喧嘩する……そんな感じの行動を繰り返していた。
そして、やがて誰かが言った。
『じゃあ証明してみろーてwそいつに配信させろや』
邪神ちゃんは言った。
『推しは仕事で忙しいから無理』
無茶苦茶である。
証明もできないのに、その活動をやめずあちらこちらで言い合いを繰り広げる邪神ちゃん。そうして彼女はその界隈でかなり有名になっていった。
『嘘つき』『ホラ吹き』『まさに邪神』
しかし、今、邪神ちゃんの推しこと山彦優星は仕事を辞め帰ってきた。
やるなら今しかねえ!!この最大のチャンスをモノにすべく邪神ちゃんは配信を開始したのだった。
邪神ちゃん『ちゃんと映ってる?いいね?お前ら言った事覚えてるよね?配信したらチャンネル登録と高評価してやるよ、なんなら赤スパ投げてやるって』
『あ?』
『はあ?おめーの推しがどんなもんかによるだろ』
『なにこれリアルの喋り方大人しかったのに』
『邪神ちゃんネット弁慶ってやつか?』
『嫌いじゃないかも』
『とにかく実力みせーよ』
邪神ちゃん『おk。ならみせてやんよ』
ライブ配信ではチャンネル主コメント表示欄があり、ユーザーのチャット欄の上に常に表示されている。
邪神ちゃんはチャットへの返信を手早く打ち込むとカメラを操作。移動させ、本日の主役である優星へと向けた。
「ん?どーした?邪神ちゃん」
優星が振り向いて首を傾げ、織姫へ聞く。AI音声処理によって瞬時に特定ワードが変換される。
織姫→邪神ちゃん
優星→無職くん
と、あらかじめ設定していた言葉へと変わるようになっている。昔織姫がネットを使い始めた頃、個人情報は大事だよ、と優星祖父から言い聞かされていたため。
そして名前についてだが、良い感じのが思いつかなかったので職業で統一した。
その結果、優星は今現在無職だったので無職くんとなってしまう。ちなみに悪意は無い。
「なんでもないよ、無職くん……奥いこっか」
『ww』
『無職くん!?』
『なぜなのかw』
『無職呼びワロタ』
『推しだよね?』
『ひでえ』
『推しのシーカーネーム無職くんなのww』
『オッサン無職とかwガチww』
『草』
「?」
織姫はコメント欄の流れに首を傾げる。彼女は一般的な社会経験が無い。故になぜこの流れになっているかがよく分からずにいた。
いぜんもネットを眺めていたら、無職働け等の馬鹿にするような会話を見たことがあったが、意味が分からなかった。
『つーかやばw』
『シャツと短パン!?』
『無職くんラフすぎね?』
『お散歩かよ!』
『死ぬくない?』
『てかオッサン』
『おじさんやれんのかw』
『薄着のオッサンwwwやばww』
無職くんという名前ネタで盛り上がっていたチャット欄はやがて優星の格好や容姿についての話題に移り変わっていく。
ダンジョン探索ではありえない薄着中の薄着。
本来、魔物が跋扈する危険地帯であるダンジョンでは、どんなに強い探索者も特殊防御スーツを着込み、上にアーマー、近接戦闘のシーカーなら更に重厚な鎧を装備する。
『ここダンジョンじゃなくね?』
『それだ』
『ダンジョンであんな服装するはずないよな』
『魔物いんのにあれはないか』
『マジのダンジョンなら自◯行為だろ』
『炎上目的か?』
『ありうる!』
『だめだよいい年して炎上狙いとか!』
『www』
「お、いい感じの棒発見!今日はこれでいいか」
優星は落ちていた木の棒を手に取る。どちらかというと棒というには細く、多少太めなだけの木の枝だ。
『え?どゆこと』
『??』
『それどーすんの』
『探検ごっこは小学生までよ』
『おっさんキツいってww』
『もうえーて』
『サムイから』
優星はその木の枝を振りながらふらふらと先をゆく。織姫は彼の背を眺めつつ、後ろをついていく。
懐かしいな、と大きくなった背中ににまにましながら。
織姫のほんわかした心とは対照的にコメント欄は罵詈雑言に近いもので溢れていた。
だがチャンネル登録者と同時接続者数は増えていた。良くも悪くも織姫こと邪神ちゃんは有名で、興味本位で観に来た者や、いつも偉そうにモノをいってる生意気な奴をこき下ろしてやろう……という人が多いもののインプレッションを着実に稼ぐ。
チャンネル登録者数87
同時接続者数52
二日前に作ったチャンネルでの、突発的に始めた生配信では、そこそこの数字だった。
『そろそろ謝ったら?』
『いまどきこんなネタ流行んねえよ』
『普通の洞窟でシーカーごっこかよ』
『あほくさ』
『オッサン社会的にしぬからw』
『もう終わっていいよ』
『邪神ちゃんうつして』
『そっちのが稼げるだろ正直w』
『出落ち終わっただろwいい加減にしろw』
『風引かないうちに帰ろう中年無職くん』
「――お」
無職くんこと優星が何かをみつけた。ドローンカメラが彼のみつけたそれをワイプで抜く。
配信画面、左隅の小窓に映し出されたものは、
『スライム』
『え』
『まじでダンジョン?!』
『スライムでた!?』
『さっさとにげろ』
『おいおいおいガチか』
『しぬぞ』
『その格好はヤバい』
『オッサン死すww』
『流石にネタになってない』
『笑えない』
スライム。探索者となる為の実地試験で目標に出される魔物である。
弾力のある丸い形の水色の液体。よく見ると内部に石ころのようなものがあり、それがスライムの心臓と脳を兼ね備えた部分。核である。
スライムの弱点は核。それを破壊してしまえば倒せるのだが、スライムのもつ液体の体は衝撃に強く、例え大型トラックと衝突したとしても中の核にダメージはないほど。
『武器もねーのにどーすんの!?』
『さっそくアカウントBANすか』
『死人でるぞ』
『逃げろや』
『木の枝じゃ牽制にもならんぞw』
『魔力通った武器じゃないと殺せん』
『つーか生身で体当たりとか受けたらガチでしぬ』
『知ってる?防具つけた探索者でも下手に攻撃うけたら場合によっては死ぬんだよ?』
高速で流れていくチャット欄。しかしそんな事が起きているのもしらない優星は、いつものようにスライムに駆けていく。
「久しぶりにみたなぁ、ゼリー!相変わらず美味そうな見た目してん、なっ!」
なっ!と、優星はスライムを蹴り飛ばす。
優星の脚がスライムの肉体へ触れた瞬間、大岩を落とされた水たまりのようにぶわっと液体の体が広がる。そして守る肉体が吹き飛ばされた剥き出しの核が、石ころを蹴飛ばすかのように優星に蹴り抜かれ、洞窟の外壁にあたり砕けた。
『は?』
『え』
『あ』
「よし……」
核を失った肉体はどろどろと溶けて、霧のように魔力が霧散しだした。
「まずは一匹目っと」
何事も無かったかのように地面の暗い染みと化したスライムに背を向け、優星は再び奥へとてくてく歩き出す。
『wwwww』
『ちょ』
『はああああ!?』
『まてまてまてまて』
『蹴り!?』
『一撃だったが?』
『ありえん』
『AI?』
『なんだあの蹴りの威力』
『無職くんやべえええ』
『てか木の枝つかわねーのかよww』
『バケモンだろ』
『魔物素手でいけるやついんのかよw』
『しんじられん』
『足の装備が武器とか?』
『いやふつーのスニーカーだったぞww』
『はあああ?』
邪神ちゃん『ねねねねねー!?ヤバいっしょ私の推し!!どーよ!ほら謝って?私を嘘つき呼ばわりしてた人みんな謝って?』
『すみません』
『いやでもスライムだし』
『スライムでもやばいだろw武器無しとかw』
『無職くんシーカーの等級いくつなんですか?』
『それな』
『あんな顔のシーカーみたことねえぞ』
『まてまて確かに強いが言うてまだスライム一匹だぞ』
邪神ちゃん『シーカーの等級はないよ』
『え』
『おいw』
『嘘だろ』
『まさかの無資格で!?』
『おいおい』
邪神ちゃん『そう。等級なし。でも大丈夫、このダンジョンって私の所有物だから』
『未登録ダンジョン!?』
『は?』
『すげ』
『億万長者じゃん』
『やばw』
『宝くじ1等より難しいと言われてる確率か』
『なんだこいつらヤバすぎだろww』
『いろいろおかしい』
リスナーの反応が良く織姫の気分も上がってくる。自分の大好きな優星の力が日の目をみたこと、多くに認められた事に得も言えぬ喜びを感じる。
「あ、綿菓子もいた」
優星が声をあげる。視線の先にいるそれをまたドローンがとらえ、配信に映し出した。
バランスボールほどの大きさをした鼠。ハリネズミのような姿で、しかしそれよりも遥かに大きい体格。触れただけで皮膚を斬り裂くほどの鋭利な体毛が全身を包み、優星の言う見た目は通りまるで巨大な綿菓子のようである。
それが五匹。身体を揺らして優星を威嚇していた。
『これは流石にやばいだろ!』
『ニードルラットは危険すぎる』
『遠距離魔法か弓とかねーと』
『あと槍』
『怪我じゃ済まねえよ』
『こないだ余裕こいてた配信者が片足なくなった事件あったよな』
『やめとけ』
『さすがに洒落にならんぞ逃げろよ』
『スライムと違って好戦的だぞ』
『そういやニードルラットって単体で羆捕食できるくらい強いんだよな』
『きたきたきた』
『逃げてえええええ』
一番近くにいたニードルラットが俊敏な動きで優星へと迫る。地を這うようにまっすぐと走ってくる。硬い岩の地面を引っ掻く爪の音が途切れ、ニードルラットはその巨体に見合わぬ跳躍を見せる。
空中で前へ回転し、長く鋭い凶悪な針を浴びせかけるように突進。この攻撃からニードルラットは『飛んでくる凶刃』の異名を持ち恐れられていた。
「ほっ!」
ほっ!と言った優星は目の前に走ってきたその飛んでくる凶刃を殴り付ける。右ストレート。
切れ味鋭い針など無いかのように、握りしめた拳を叩き込む。
ニードルラットの針は最早ブレードのような形状で、安物の鎧やアーマーなら亀裂を入れられる程の硬さと鋭利さをもつ。
『え』
『ちょ』
『は?』
けれど優星は、グローブすらしてない素の拳でその針を叩き折った。
攻防兼ね備えたニードルラットの針が割れたガラス片のように飛び散り音を立てる。
つぎにニードルラットの肉体にめり込み骨が砕ける音。
『あ?』
『ええっ』
『!?』
針の重量を含め約100kg以上あるニードルラットがまるで放り投げられたヌイグルミのように軽々と殴り飛ばされた。
岩壁に激突し派手な音を洞窟ないに反響させ、沈黙するニードルラット。
それを目の当たりにした他のニードルラット。畳み込むように攻めようと、優星へと猛ダッシュしていたが、急ブレーキをかけ逃げようと体勢を身体をひねる。
慌てて転げるものもいた。恐怖に身をすくませ固まるものも。
一瞬、その個性のある彼らをみて可愛らしいと優星は思った。綿菓子のようなフォルムで短めの足をバタつかせ必死に逃げ惑うその姿は、優星でなくとも愛らしいと思えるものだ。
けれど、害獣。間引かねばいずれ外へでて人を襲う。優星は心を鬼にして、その愛らしい綿菓子共を蹴り飛ばし殴り捻り潰し、あっという間に五匹全てを駆逐した。
僅か一分にも満たない間だった。
「さて、どんどん行くぞ」
「おー!」
織姫は返事をして、可愛らしくぴーんと拳を突き上げた。
『『『『ええええええええ!!?』』』』
『『『『はああああああ!?』』』』
『『『『いみわからんwwww』』』』
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