21話 心内
喫茶店を出た胡桃。店内で彼女が拉致されたのを目撃した優星は、思わず飛び出し走り出したワンボックスカーの屋根に飛びついた。
暫くしたら警察かなんかに停めてもらえるだろう……そんな風に考えていた優星。しかし、奇跡的に車は停められず走り続けた。
その感、もやもやとネガティブな想像が沸き立ち始める。……見間違え、だったらどうしよう。
拉致とかじゃなくて、たまたま立ちくらみか何かで倒れた時に彼女が呼んだ車がきて、乗せられた……とか。
その場合、俺……結構やばくないか?
信号とかで停車したときに無理やり扉引き剥がして救出しようかとも考えた。けど、もし誤解だとしたら、間違いなく何かしらの罪に問われる。
ただでさえ無職なのに、万一前科とかついたら……。
こうして優星は様子見を開始。ホテルの廃墟に到着し、物陰に隠れ、着ていたTシャツを顔に巻き付けた。
誤解だろうが事件だろうが、素性をみられて後で揉めたくない。
ズボンは車に組み付いてた時に、隣の車の飛び出てたなんかに引っかかって持っていかれた。(靴も)
――そして、現在。
胡桃へと殴りかかろうとしていたことと、話の内容から彼女の救出へ踏み切った。
「大丈夫か?」
優星が胡桃に声をかけた。余程怖かったのだろう、視線を彷徨わせぶるぶると震えている。
「俺は、怪しいもんじゃない。君を助けたいんだ」
両腕を開いて、仁王立ちのほぼ全裸の男。
どうみても変態です。本当にありがとうございました。
覆面の男の一人が、優星へと近づいてくる。
「はあ?おまえ、マジでなんなの?邪魔すんなら殺すぞ」
手を伸ばし優星の顔のシャツをとろうとする。しかし、それをするり躱しそのまま胡桃の元へ。周囲の男をガン無視し、優星は彼女へ手を差し出した。
「帰ろう」
怯えきっているせいか、その手を取れず震えている……のではなく、優星が怖くて手を握れない。あまりに変態的な姿に、もしかしたらここの奴らとグルかもしれないという恐怖心。彼女からすれば、そう思えても無理ないだろう。
「……ん、あれ?」
優星はあることに気がつく。胡桃の顔がどこかで見覚えのあることに。しかし、その時――
「無視してんじゃねえ!!」
優星のシャツをとろうとした男が後ろから襲ってきた。手に握る鉄パイプ。
「あ、危ないーー!!」
胡桃が叫ぶも、優星の背に鉄パイプが直撃――したかのように見えた。
一瞬で身を反転させ、鉄パイプを掴み取る。
「な」
そしてそのまま、優星は空いている腕を横に振り抜いた。優星の拳が微かに男の顎をかすめ、まるで糸が切れた人形のようにその場に伏す。
「お!?なんだてめええ!!」「やんのかこらあ!!」
仲間がやられたことに激昂する周囲の覆面男達。次々と武器を手にし、優星へと襲いかかる。
優星は何も持たず素手。それに対して男達はバットや鉄パイプで攻撃をしかけてくる。
無数の凶器の攻撃を躱しながら、的確に顎などに拳をかすらせ最小限のダメージで沈めていく優星。
(な、なに……この人、意味不明に強い……!?)
胡桃は優星の動きに驚き見入る。一連の躱す動作から攻撃へと繋げる、流麗な動き。
変態のみてくれとはかけ離れた鮮やかな戦闘技術を秘めた裸の男に、胡桃の目は釘付けとなる。
「これでよし、と」
全ての覆面男の声が聞こえなくなるまで1分もかからなかった。
「暫く起きないと思うから安心して。……あとは警察を呼ぶだけ、って!あ!」
スマホで警察に通報しようとして無いことに気がつく。織姫に優星はスマホ無くしがちだからと言われ、預かられていた。
「ごめん、君の携帯で警察に通報してもらっていいかな?」
「……」
頷く胡桃。男に取り上げられたスマホを探しだし、警察へと通報した。
暴漢に襲われた直後で胡桃が上手く説明できるか心配だった優星。しかし、さきほどの優星の戦闘の衝撃で胡桃から恐怖が薄れ、なんとか説明し連絡は完了した。
通話が終わるとみるや、優星が口を開く。本来一刻も早くこの場を去らねばならない彼は、それでも言っておきたいことがあった。
「……さっきの」
顔をあげ、無言のまま優星の言葉をきく訓練。
「すまないが、車内での君と彼らのやりとりを聞かせてもらった。だからいうんだが……あまりああして挑発的な事は言わない方がいいぞ」
それは、老婆心からくる忠告のようなものだった。本来、ここでどうやって車の中の会話をきいたのかツッコむべき状況ではあったが、それよりも優星の質問を理解しようと意識がそちらへ向いていた。
「ああいうのは、あれストーカーってやつだろ?そんな連中のいうことは真に受けないで、はいはい適当に望む通りに答えておけばいいと思うぞ。刺激して危害を加えられるより、上手くのらりくらりとさ……や、変な事させろっていうのを受け入れろってわけでなくね?」
声色からして、優星が胡桃の実を案じて言ってくれていることが伝わってくる。要するに口答えしないで、上手く躱せって事だ。それによってもしかしたら命を奪われるまでいくパターンもあるから。
「……ふ、ふふ」
「お?」
思わず笑いが溢れる。
言いたいことはわかった。けれど、そんな真剣な話を大まじめな声のトーンで、まさに変質者そのものの姿をした彼が述べているそのギャップがおかしくて胡桃には堪えきれなかった。
「あは、あはは!ごめんなさい、変態みたいな格好で……まじめな、はなし……あはは」
「……うぐ」
手で胸とパンツを隠し、半身に体を捩る優星。そのポーズはより変態的だと胡桃は思い、笑いが止まらなくなりそうだったが何とか耐えた。
指先で涙を拭い、彼女は優星へと答える。
「すみません、そうですよね。現に、さっき彼らのいう事にわかりましたって言えば、もしかしたら解放していてくれたかも……」
でも、と胡桃は少し困った表情を浮かべた。
「あたし、弱いんです……」
「弱い?」
「はい。さっき、歌美音って子の話聞いてましたか?」
「魔力で昏睡状態になってるって言う、君の相方の……」
「そうです。確かにこの人達やお医者さんが言うように、もう目覚めないかもしれない。というか、その可能性の方が高い……もし、歌美音がここにいたら、嘘でもいいから「わかった」と言ってその場を切り抜けろっていうと思うんです」
そんな問答で胡桃が傷ついたりするより、嘘をついて危険を回避してほしい。自分が歌美音だとしても優星も同じ事を思うだろう。そして、優星は実際にそうするはずだ。
長年の社会経験からくる処世術。あきらめが肝心、損切りの精神。ある程度の不利益で逃れられるものは逃れる。人間関係、理不尽な上司からの小言。あらゆるものに置いて、それは己の身を守るのに大切だし実際そうだった。ほんの少しの痛みに耐えれば、大事は守れるのだ。
だが、胡桃は言った。
「……でも、それを認めてしまったらあたしは……保たない」
とても悲しそうな顔で、唇を微かに震わせて。
「口にしてしまったら、歌美音がもう本当に二度と起きてくれないように思えて……これまで頑張ってきた事が、もう無理になっちゃうから……あたし、心が弱いんです」
そうか、と彼女の溢れ伝うそれで優星は気がつく。彼女はしっかり理解している。その上で、だ。
一番の支えである、歌美音が目覚める可能性を嘘でも否定してしまうと、心が揺らいでしまう。
ただでさえ、絶望的な症状なのに……いや、だからこそか。目をそらしひたすらそれに費やしてきたのだろう。それは彼女にとって、生きる意味と同位なんだ。
「ごめん!」
「……へ?」
優星は謝った。頭を下げ、しっかりとした謝罪。
唐突なそれにきょとんとして涙が止まってしまう胡桃。
「その気持ち、わかるよ。理屈じゃなくて……俺も少し前そういうのあったから。ごめんな、年取ると忘れっぽくて……どうも頭の方も固くなっちゃってて」
「いえ、そんな……!」
優星は、『死んじまったじじいの為に会社を辞めて……馬鹿だな』そういわれた時の事を思い出した。
それは他人から見れば事実でその通りだけれど、あの時その言葉を俺の心が痛いくらいに強く否定したのを覚えている。これは……そう、理屈じゃないんだ。
人には心がある。
近すぎて意識から薄れがちだけど、ごく当たり前で当然の話なのだ。
顔をあげ優星は真っすぐに胡桃を見据えた。
「大丈夫、絶対に歌美音さんは起きるよ。俺、アイドルとか良くわかんないタイプだけど、二人を応援する。心から、全力で……がんばって!」
変態、変質者の格好なのに……何故だろう、これ程までに彼の言葉に惹きつけられるのは。
有り得ないくらいの力を持つ、有り得ないくらいの変態。ならば、常識では有り得ない昏睡状態からの目覚めも、もしかしたら有り得るのかも……と、胡桃はその変態に謎の光をみた。
「……それじゃあ、俺はこれで。あとは警察に事情を話しといてくれ」
「ま、待って!」
立ち去ろうとする優星を慌てて引き止める胡桃。
「ごめん、もう時間ないんだ。待ち合わせがあって」
「名前!名前だけでもおしえてください、せめて!!」
「……名前か。俺は、」
名前を言う直前、優星の思考が巡った。
この女の子は、前にもあったことがある……そう、洞窟内転移で渡った場所にいた害獣駆除のコスプレイヤー。(もしかして、あれもしかしてアイドル活動の一環だったのかな?)
そうだな、これも何かの縁だし名乗るくらいはいいか。こんな格好の顔もわからない変質者のような奴に助けられたとか怖いだろうし……名前くらいは。
そこで、ふと気がつく。
……変質者……。
……変質者……?
俺、今完全に変質者だッ――!!?
あの時とは違って、パンイチ。一線を完全に越えてしまっている。
顔のシャツにかけていた指先が震える。このまま、これをとって対面しても果たして本当に大丈夫なのか?
彼女はみたところ若い。おそらくは未成年……未成年にこの姿を晒して、俺は無事でいられるのか?
いくら助けたとはいえ、まずいんじゃないかこれは。
サイレンが聞こえてきた。びくりと優星の身体が震える。
「……あの……?」
黙り込む優星へ向けられた胡桃の視線。それから逃げるように顔を背け、背を向けた。
「ただの、通りすがりのおっさんです。名前はまだないです。気にしないでください」
お気をつけて、と言い残し走り出す優星。社会的に殺される可能性に恐怖を覚え、軽い混乱状態+突然敬語になる元会社員(32)
「えっ!?……あ!ま、待って!?」
優星は逃げた。どんどんとわきだす様々な悪い想像を振り払いかき消し逃れるように。前科を恐れ逃れるように。
残された胡桃は、走り去る優星の背にみえた魔力の影をただ、見つめていた。そしてふと気がつく。
どこかで見たことのある、魔力の色。
鼻にとどいた、知ってる香り。
(……これって……)
◆◇◆◇◆◇
「まさかあのような姿でいらっしゃるとは、山彦様は中々ワイルドな方でいらっしゃるのですね」
「あ、いや……なんといいますか……すみません」
優星が廃墟から出て人目につかない道を選び逃走していると、織姫とナイトガーデンの迎えの女性が現れた。織姫はともかくその女性に変質者的な姿をみられ終わったと思った優星。
しかし彼女は、まあ今日は暑いですからね……と謎のフォローをして水に流してくれた。特に今日は気温高いわけじゃないのに。
彼女の名前は黒井といいボーイッシュな黒髪ボブの女性。運転してきた車に乗り込んだ優星は、拠点に向かう前に適当な店で服を買うことに。
勿論、パンツ(下着)スタイルのまま店に入ればお縄なので、購入は織姫に任せ優星は黒井と一緒に車の中に待機である。
ちなみに織姫は喫茶店へ置いていかれたことに当初ご立腹だったが、事情を話て和解した。それと黒井にはその事件のことは伝えてはいない。女の子を助けるためとはいえ人を殴ったなんて言えない……。暴行、傷害、前科つき無職……怖い。
「……本当、すみません。迎えの時間に遅れてしまって……しかも探させてしまって」
「いえ、問題ないです。こちらも諸事情で一人到達が遅れているみたいなので、むしろ都合がよかったり。なので大丈夫ですよ」
「あ、そうなんですか」
柔らかな声色、丁寧な気遣い、穏やかな表情。優星は胸をなで下ろす。
よかった、怒ってない……。
これから織姫が行った暴言の謝罪に向かうのに、更に怒りを買ったらとまずい……と内心、優星は肝を冷やしていた。
今回、ナイトガーデンへ訪れる目的は二つ。
ひとつ、織姫の暴言の謝罪。
ふたつ、害獣駆除技術の指導。
これは優星に知らされた表向きのもの。織姫の誹謗中傷を許してもらうかわりに、優星が害獣駆除技術をナイトガーデンへ指導し、和解。そういう流れである。
ちなみにどうしてナイトガーデン側がその条件を提示してきたかというと、事の発端がそれについての言い合いだったから。
ナイトガーデンが害獣駆除のライブ配信をしていたところに織姫がチャットで参戦。うちの優星のが凄い、と言い合いになり暴言を吐いてしまった……という説明が優星にはされている。
とはいえ、概ね間違いではなく嘘はほぼ無い。
「山彦様、大丈夫ですか?」
「は、はい?」
「ふふ、緊張されてますね」
「そりゃ、まあ……というか、本当にいいんですか」
「何のことでしょう?」
「や、こんな……こっちが謝罪する立場なのに、旅費やこうした迎えまで……。害獣の駆除技術といっても、私、大したこと指導できませんよ……?」
「ああ……いえ、大丈夫です」
「けど……」
「特にそこはお気になさらないでください。実のところ、山彦様のご指導はそこまで重要ではなく。どちらかというと、うちの柊と瀬織様の交流がメインですので」
「交流……?」
「はい。今回の件、実は謝罪というよりは仲直りなんですよ。遊びに来ていただいた、というのが正しいでしょうか。柊は彼女の事を気に入ってます」
「え、そうなんですか……。いや、でもそれと旅費は」
「こうでもしないと来てくれない、と柊が言ってました。全て彼女の自腹なのです。それほどまでに来てほしかった。……柊と瀬織様の問題に山彦様を巻き込んでしまって本当に申し訳ありません。これはその迷惑料みたいなもので……どうか割り切っていただけませんか?」
優星は思った。織姫にはこれまで友達と呼べる人は自分か沙織くらいしかいなかった。
それがいつのまにか、本気でケンカまでできる深い仲の相手ができたなんて、と。
「わかりました……では、今回はありがたくお受けします」
「ええ。柊も喜ぶと思います。そして……なので山彦様もご指導の際はどうかお気を楽になさってください」
それが言いたかったのか。優星は気がつく。自分が緊張しているのを和らげるために。
別段それまでの話が嘘というわけではないが、おそらくは俺の様子を心配して……。
「ありがとうございます」
「いえ」
「あの」
「はい?」
「今度は家にも来てください。柊さんが織姫……瀬織の住んでいるところ北海道へ」
「!」
「いい温泉があるんですよ、絶景の。黒井さんも入りに来てください。その時は、私がお迎えにあがりますから」
黒井の笑顔が消え、薄く口が開く。呆けたような、これまで見せたことのない崩れた表情。
黒井の任務の中には彼の身辺調査も含まれている。
まさに棚からぼた餅といったところか。自ら情報を口にしてくれるとは思わなかった黒井は呆気に取られていた。
そして、それと同時に優星がどういう人なのかがわかった気がした。優星の人間性に触れた黒井の心は微かに揺らぐ。
「……ありがとうございます。ぜひ」
彼女は視線を逸らし微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇
織姫がズボンを購入してくれて変質者からようやくただのおっさんに戻れた優星。
そうして今日二人がホテルへ寄り、いよいよ拠点へ。
到着したそこは、優星が思っているよりも何倍も大きな敷地で、中を車で移動するほどの規模だった。
田舎のビニールハウスのような形状の巨大な建物がそこかしこにあり、中心部へ向かうにつれビルが増えていく。
優星はぽかーんとしながら窓の外を眺め、織姫はその顔を見てかわいいと思いにまにましていた。
そうして更に奥へ。みえてきたナイトガーデン本部。本拠地である、黒い巨大な建物。
見ようによってはマンモス校の校舎のよう。けれど、決定的に違うのは、対魔物ようの兵器が備え付けられていること。
大砲が数基、拠点を囲むように設置されている。
「……すご、なんだあれ……」
勿論、優星に魔物やシーカーの詳しい話はしてはいけないことになっているので、黒井と織姫はできる限り言及を控える。
建物へ車のまま入っていく。大きな扉が上へ上がり、中へ。
そこにはずらり同じような車が並んでおり、なんとも壮観だった。
今度は家に遊びにこられた際は私が迎えに行く、そう先程宣言した優星の心がへたりはじめた。冷静に考えて、親から借りた軽じゃカッコつかないかも……。と。
車を降りると、そこには数人の男女が立ち並び優星らを出迎えた。
「……長旅お疲れ様でした。山彦優星様、瀬織津姫様」
美しい、と優星は思った。頭を下げるその動作はどこか可憐で、揺れる銀の髪は雪のように綺麗。
黒いドレスを着た小柄な少女は、顔をゆっくりとあげ長い睫毛の奥にある水色の瞳を優星と織姫へ向けた。
「始めまして、柊椿と申します。よろしくお願いします」
にこり、可愛らしく笑みを綻ばせた。
【重要】
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