20話 迫る影
都内、研究医療施設。ここは国内有数の魔力起因の病状や怪我の治療を行える、最大級の医療施設である。
患者にはダンジョンで受けたヒーラーには治せない重傷者、原因不明の魔力障害や呪いによる昏睡者などが多く入院している。
真っ白な病室に呼吸器をつけ横たわる少女。差し込む陽の光に照らされ、穏やかに目を閉じている。
「はろはろ、久しぶり」
彼女、胡桃の親友もその患者の1人だ。数年前2人はネットアイドルユニットとして活動していた。かなりの人気を誇り、1年余りでUouTubeのチャンネル登録者数は100万人を記録、出す曲はもれなく100万再生を軽く超えていた。
当時、2人は14歳。幅広いファンを獲得し、ぐんぐん伸びていたその最中。
「あんたが寝ちゃってから、もう2年か……まったく。歌美音はねぼすけさんなんだから。いや眠り姫かな?」
そういって彼女、如月 歌美音へ胡桃は話しかけ、椅子に座る。
哀愁を帯びた笑みを浮かべ、長くなった栗色の髪を指先で触れる。
「……あ、そーだ。みてみて、お土産。こないだ任務でさ、京都行ってきたんだ。これ、八ツ橋」
胡桃は袋から八ツ橋の箱を取り出し、包装をはがしはじめた。
「なんか色んな味あったんだけどさ、とりまオーソドックスなふつーのやつで」
箱をあけ、はむりと八ツ橋の柔らかい角を口にする。
「んん、やわらか〜い!もちもちしてる!美味しい」
もぐもぐと幸せそうな表情で、いっきに3個平らげる胡桃。にたーっと悪い笑みを浮かべた。
「なに?食べすぎ?あんたが食べれないから、かわりに食べてあげてんでしょーが!とめたかったらはやく起きてよね〜」
ふふん、と鼻を鳴らし両腕を組む。ドヤ顔である。
「ま、今じゃいくら食べても太ってアイドル衣装着れない〜!なんて焦ってダイエットすることも無いしさ。しってた?シーカーってすっごい痩せるんだよ?まあ、配信とかみりゃわかるだろーけど、運動量がねえ。あ……ね、あんたも起きたら一緒にやる?いいダイエットになるよ〜、って危なすぎてやらないか、ふふ」
ペットボトルのミルクティーをひとくち。ふう、と一息。
「……うん。大丈夫よ。あんたがおきたらちゃんと辞めるから、心配しないで。でも、それまでは……ね。二人の夢を守るためだから」
八ツ橋の残りをしまい、椅子から立ち上がる胡桃。なでなでと歌美音の額を撫でた。
「これ、八ツ橋さ。他にどんな味あるか興味あるでしょ?あたしも!だからおきたら二人で食べにいこーね。じゃ、また来るから」
この医療施設で治療を受け入院するには多額の費用がかかる。特殊な生命維持装置を必要とする歌美音は更に多くの。
胡桃は彼女のそれを、シーカーになる事で稼いでいた。命をかけて。
歌美音の個室を出ると、そこには彼女の母親がいた。
「あ、胡桃さん……」
「歌美音のお母さん!お久しぶりです!」
「……いつも、ごめんね。なんて感謝したら……」
「そんな、気を遣わないでください!歌美音はあたしの親友だから、あたしがしたくてしてることで」
「けど、シーカーだなんて……」
シーカーの危険性の高さは常識だ。胡桃がそうはいっても、娘ならきっと止める。だから私も止めないと。そう思う気持ちはあるが、彼女は言葉にできなかった。
思い悩んでいる歌美音の母を察し、胡桃は明るく振る舞う。
「大丈夫ですよ。これでもあたしA級シーカーなんで、ちゃーんと強いんですからっ。そんなに心配しないでくださいよ!」
「……」
「それにあたし天才だし!むんっ」
無い力こぶをみせつける胡桃に思わず歌美音の母はくすくすと笑う。
その様子に胸をなでおろした胡桃は、にこにこと微笑みその場を後にした。
いろいろなものに心を圧迫される。もう目覚める可能性はないとか、その前に死んだらどうするとか、もう2人でなんて無理だとか……でも、
『諦めの悪いひと、それが妃乃歌のいいところだね』
かつて歌美音に言われた言葉を、あの時の笑顔と共に思い出す。
彼女がそう言ってくれたから、あたしはまだやれる。
諦めの悪いところが無くなったら、あたしのいいところひとつ無くなっちゃうし。
歌美音の好きなままのあたしでいたいから。
ぐっ、と拳に力が入る。
……けど、うん。それはそうと心配させないくらい強くならなきゃな。もう前のようにならないために。胡桃は強く想った。
過るAランクダンジョン『水神之災禍』で潜り抜けた死線……そして、命を助けてくれた――
(あの人、どこにいるんだろ)
――無職くん、は。
病院を出て、近場のカフェへ。これから数時間後にまたナイトガーデンの本部へ向かわなければならない。
任務内容は聞いておらず、何やら極秘の案件らしい。
ただ、探索では無いことは確かだ。その場合、短いものでも数日から数週間、長ければ一ヶ月ほど予定を空けておくように事前に言われる。今回は何の連絡もなかった。
「いらっしゃいませー」
女性店員さんの気持ちいい笑顔に胡桃も笑顔で返す。笑顔は可愛さの基本だ。いつもどんな時も……とはいかないけれど、意識的に胡桃は心がけている。可愛らしく、魅力的に。アイドルとして。
窓際の席で、期間限定のドリンクを味わう。桜フレーバーの飲み物とは思えない、どちらかというと軽いパフェかなんかじゃないの?というレベルのドリンク。
「いや、これもうパフェだろ……すげえな」
「……おお……!」
向こうのテーブル席から聞こえてきた男女の声に、耳だけ傾け、だよね〜と心のなかで共感する。
そうしてスマホでSNSを流し見しつつ、数十分の時間を潰した胡桃。
「ありがとうございましたー!」
「ごちそうさまでしたっ」
来たときと同じ女性店員さんに、手を小さく振り別れを告げ店の外へ。
少し早いけれど、あとは拠点内で暇つぶししよう。そう思いながらタクシーを呼ぼうと、スマホを取り出す。
「……いた」
「え?――きゃ!?」
近くのワンボックスカーに引っ張り込まれた胡桃。そのまま車が走り出す。
「胡桃ちゃん!お疲れ様だねえ、任務あけでへとへとじゃん」
「な、なに……あんた達、いったい」
車内を見渡す。運転手、助手席、胡桃の両サイドに2人。系4人。
いずれも覆面を被っていて、顔が見えない。……いや、これはおそらくホログラムで顔を覆っているのだろう。さっき腕を掴まれた時は顔が見えていた。あれも本人の顔ではないのかもしれないけれど……。
魔力で作られた一部のガジェットには、こうしたまるで本物のような映像を被せる簡易モザイクのようなものがある。
「くく、ファンだよファン。熱烈なガチ恋勢ってやつ!」
「そ、そう……今ならまだ許してあげる。これから仕事なの。降ろして」
両サイドの男に両腕をがっしりと掴まれ、足元も狭く動かせない。
いくらA級シーカーでも、魔力のないダンジョン外では少し力の強い普通の女子だ。
しかも両サイドの男は体格が良く、この筋力では抵抗しても逃れることはできない。
「仕事ってさ、シーカーの仕事?」
運転手が胡桃に聞いた。
「そうよ、ファンなら知ってるでしょ……シーカーの仕事よ。あたし、シーカーだから」
「あのさぁ」
右隣の男。怒りを滲ませたその声に胡桃はびくりと身体を震わせる。
本気の怒気をはらんだその声色は、狂気にもにた気配を感じた。
「胡桃ちゃんはアイドルだろ?シーカーじゃない……いい加減やめろよ、危ないシーカーなんてさ」
「……え」
心配してくれてるの?そうか、そうだ……この人達はファン。ちょっと強引なだけで、危険なシーカーをしているあたしに苦言を呈したいだけなんだ。
「俺たちの胡桃ちゃんなんだよ?ひとりの身体じゃないんだ、大切な俺たちの美少女……死なれたらもう楽しめないじゃん」
「この間のダンジョン危なっかしくて発狂しそうだったよ。あと少しで殺されてたじゃん、胡桃ちゃん」
「……ご、ごめんね……もう、次からは、気をつけるから……だから、」
これは怒気だ。この車内に満ちた、重々しい圧迫感。胡桃以外の4人から放たれるこの雰囲気に、彼女は答えを間違えたのだとすぐに理解した。
「な?ほら、さ……胡桃ちゃんは辞める気ねんだって」
「まーじか……まあ、如月のための医療費稼ぐためって話だからな。気持ちはわかる……けどさ、胡桃ちゃん」
「……あ、う……?」
「如月はいいでしょ。魔力で昏睡状態になったやつっていくら入院させて治療しても起きた例がないっしょ?だから諦めてよ。このままだといつか死ぬよ?そうなったら無駄死に!可愛い胡桃ちゃんが勿体ないからさぁ」
怖い、と思った。これは脅迫だ。
「これがさいごのお願い。如月を諦めて、ソロでアイドルやりなよ。俺たちは応援するよ。いや、みんなわかってくれるって。……シーカーやめよう?やめてくれないと、アイドルじゃなくて俺たちのペットになることになっちゃう」
何処へ向かうのかずっと気になっていた。けれど今は知りたくない。きっと良くないところだろうから。
胡桃は彼らの嘘ともとれない言葉の圧に、心が潰されそうになる。
ここで、諦めてシーカーやめてソロでアイドルをやる。そういって、逃げれたあとに警察に対処してもらう……それが最善。
けれど、口が言葉を発しない。
それを言ってしまえば、本当に彼女が目覚めなくなってしまいそうな気がして……。
(……あたし、って、こんなばかなんだ……)
いつの間にか流れていた涙と鼻水で、車内ミラーに映る自分が酷い顔をしていた。
『世界で一番に可愛くはないかも、でも心は世界で一番可愛く』
2人の合言葉。気持ちは願いになり、願いは力に、形になる。だから、
「……諦めない、あたしは……歌美音を諦めないっ」
また2人で、やるんだ!
最期にみた2人でのライブ。そのステージで笑い合った彼女の笑顔が蘇る。
「はあ、やっぱり。この女気が強えんだよな……ま、そこが好きなんだけどね?躾し甲斐がありそうでさ」
やがて車が止まり、引きずり降ろされた。
走行途中から車の窓が黒くなり外の景色が見えないように。運転席側とカーテンで仕切られ、ここがどこの場所だか全くわからない。
ただ、わかるのは……何かしらの廃墟ビルの地下駐車場だということ。
そして、目の前には数十人の男達。車の男達と同様、素性が知られないよう顔をホログラムの覆面で偽装している。
「…………は……」
胡桃は絶句し、上手く呼吸ができなくなりかけた。
「大丈夫だよ。怯えないで。これ、みーんな君のファンだから。胡桃ちゃんが死んじゃう前に、いい思い出作りたいって集まってくれたファンだよ」
腰が抜けそうになる胡桃。しかし、肩をひっぱりあげ無理やり男たちの元へ引きずられる。
……いや……だ、誰か……!
押さえつけられ、服を引っ張られて脱がされる。
抵抗しようと暴れると、髪を引っ張られた。
そして、「お仕置き」と平手が飛んで
は、
こなかった。
「……え?」
胡桃を叩こうとした手は途中で止まっていた。いや、止められていた。
ひとりの男が手首を掴み、止めていたのだ。
「そこまでだ」
胡桃は目を見開く。それは救世主が現れたことは勿論だが、その止めてくれた男の姿に驚いたから。
止められた覆面男も……いや、その場にいた人間はもれなく、誰もが驚愕の表情になる。
「……へ、」
何故なら、その現れた男は……
「変態いいいいーーー!!?」
顔をシャツでぐるぐる巻、その隙間から目だけがでていて、上半身は裸。
下半身はパンツ、青い柄物のトランクス一丁だったからだ。
「えええええ!?」「うおっ、なんだこいつ!?」「やばいやついる!」「こええ、なにこの変態!!」「うおっ、なんだお前」
胡桃の絶叫を皮切りに覆面の男たちもざわつき始める。
「……」
動揺する覆面の男+顔面蒼白の胡桃の前に、パンイチの変態が立っていた。
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