13話 身を焼く光
「……お?」
優星が目を開けると、そこは暗い空間だった。
「え」
辺りを見渡す。するとこの景色が何かによく似ている事に気がつく。
完全な暗闇ではなく、小さな光が無数に浮かぶ。きらきらと煌めくそれらは、洞窟の温泉で織姫とみたあの空のようで。
そう、まるで星々が浮かぶ宇宙、星の海。
「……マジか」
やっちまったのか、と優星は焦る。視線を下へと落とす。足場がなく浮いている。いや、そこはどうでもよくて……短パンを履いたままだ。つまり、自分はこれを脱ぎすてぶん投げ、魔力の分散をする事に失敗したという証。
「……遅かっ……た、のか……!?」
そのせいで全てが吹き飛んだ。洞窟……いや、この状況と有様を見る限り、地球単位で崩壊してね?と混乱が優星の頭のなかをぐるぐるかき乱す。
頭を抱え、さすがにあんな未成年っぽそうな少女の前では脱げなかった、パンイチになれなかった……それは誰にも責められないよと、心のなかで自己弁護を始め、すぐさま首を振る。
いや死んでんねん、それどころやないねん、と。
自責の念にかられ苦しむ優星。これだから、俺は……とネガりそうになったその時、
「ふふ、おもろいなぁ……」
くすくすと笑い声が聞こえた。
「え!?」
勢いよくそちらへ顔を向けた。するとそこには白い着物の少女がいた。彼女は優星が突然あげた声に「わっ」と驚き細い目を薄っすらあける。
綺麗な海色の瞳がゆらりと揺らいで口元に袖をあてくすくすと肩を揺らす。
「誰だ?」
「うち?せやなぁ、うちはなぁ〜」
まったりとした喋り言葉で首を揺らす。雰囲気が柔らかい。
ここが無重量だからなのか、彼女の白く長い髪が軽やかに舞いふわふわと揺れている。
なんとなく、織姫に似てるな……。
優星は彼女の持つ気配が織姫に近いように感じ、もしや知り合いなのか?と思った。
「せやなぁ……うちはなぁ、まあ簡単にいうと津姫の古い友達やぁ」
「津姫……?」
と、聞き返して直後気がつく。織姫の事か、と。彼女の名前は瀬織津姫。織姫は瀬織の瀬、津姫の姫をとって優星がつけたあだ名だ。
「うん?ゆーせーは津姫のパートナーちゃうん?うちは、そう聞いてたんやけどなぁ?」
「あ、いやそう!すまん、俺は彼女の事を織姫って呼んでて。だから、一瞬気づかなかった」
「織姫……ほえぇ。そーなんやね。ええ名前やねえ」
「っていうか、俺の名前知ってるんだな」
「津姫がよう自慢してはるからなぁ。カッコいい、可愛い、大好きぃ、て。せやから一度みてみたいおもうてな、どさくさにまぎれてつれてきてしもた」
「あ……あれって」
「せやで。うちがゆーせーを引っ張り込んだんよ」
「おいおい!マジかよ!えらい目にあったぞ、……えーと」
「うちの名前は、宇迦やで」
「宇迦、宇迦さん!」
「やん。宇迦って呼んだってや」
「……宇迦。どうすんだよ、これ。いや、責任転嫁するわけじゃないけどさ。俺がここに来たせいで、もうめちゃくちゃになっちまったよ」
「?」
「地球が宇宙の塵に……」
糸目の眼を見開きにまにまする宇迦。くすくすとまた口元を袖で隠し笑った。
「大丈夫やで。地球は塵になんてなっとらへん。まああと少しでうちの祠は消滅してたかもしれんけど。でもこうしてゆーせーをあの場からこの空間に移動させたから、大丈夫やで」
ここ、うちが作った転移ポイントを繋ぐ異空間なんやで、と補足する宇迦。
「え、そ、そうなの?」
「せやでぇ。あの人の子らも2階層うえへ移動させてあるからな、安心しいや」
「よ、よ、良かったぁ……」
がっくりと肩を落とす優星。全身の力が抜けたのが宇迦からみてもわかった。
「俺の優柔不断さが全て崩壊させたかと……」
「ふふ、おもろいなぁ」
「おもろくないってーの。人殺しだけは勘弁だ」
そういって心底疲れた表情で笑う優星。そんな彼の元へ宇迦がふよふよと飛んでいく。そして、腕をひろげ優星の胸あたりめがけ抱きつく。
「うお!?な、なに……」
「なあなあ、ゆーせー。うちのもんにならん?うち、ゆーせーが気に入ったわ」
「え、は、はあ!?」
「すき、だいすき!んー、ええ匂い……こんなん心底欲しくなった人の子は初めてやぁ!なあ、うちなんでもするよ?せやから、うちのもんにな……ぐえっ」
透き通るような可愛らしい宇迦の声が、蛙が潰れたような声に変わり、優星から引き剥がされた。
「織姫!」
「……優星、ごめん遅くなって。迎えにきた……」
「良かった」
心からホッとした顔の優星をみて宇迦は頬を少し膨らませる。
「優星、先に帰っていて。一層に転移ポイントの出口を作っといたから」
「先に?織姫は?」
「この女狐を叱っていく」
じろりと宇迦を横目で睨む織姫。鋭い視線を向けられた宇迦は目を細め瞼を閉じる。
「ほ、ほどほどにな……織姫」
こくり頷く織姫。彼女が指さした先に、転移ポイントである黒い靄があり優星がそこへ向かった。
その途中、優星は宇迦へ顔を向けた。
「宇迦」
「……?」
「織姫の友達なんだろ?たまに遊びに来いよ。お前のものにはなれないしならないけど、友達にはなれるぞ。じゃなあな!」
そうして優星は黒い靄の中へ吸い込まれ消えていった。
「はわぁっ」
両手で顔を多い真っ赤に頬を染める宇迦。小声であかん、かっこええ、優しい、すきやぁ、とぶつぶつ漏らす。
そしてそれを聞き織姫はより眼光を強めた。
「……宇迦、優星はあげないから」
「うえー、ほしい」
「だめ。優星は私のなの」
「はんぶんこしよや。切り分けてもうちらならそれを元に増やせるやろ」
「そんなの優星じゃなくなるからだめ。というか、今回のでわかったでしょ。宇迦じゃ優星の力は抑え込めない」
「……あー、まあなぁ。あれは、あんたにしかコントロールできへんかもなぁ」
「ちなみに私でギリ」
「津姫でギリなんか!?そらやばいな」
「だから優星のパートナーは私しかいない。はい、残念、諦めて。おーけー?」
「いやあ、うーん。せやけどなぁ……」
「宇迦は死にたいの?あと少しここへ優星を移動させるのが遅かったら、祠内の魔力全て奪われて死んでたよ」
宇迦は流し目で織姫をみてにんまりと微笑む。やがて蕩けるような表情をし、何かを思い浮かべ身体をゆらゆら揺らし始めた。
「死にたくはないけど、でもあの子は魅力がありすぎるなぁ。きっとうちだけやない……他の神もそうや」
宇迦は暗い海の向こうに輝く星のような光を指さした。
「うち、初めてわかった気がするわ……死ぬわかっててそれでも火に飛び入る羽虫らの気持ちが。あれだけの光なら、全部捧げたなるわぁ……ふふ」
「……」
その言葉にしかめっ面になる織姫。それは嫌悪だとかではなく……織姫にもその気持ちが強く理解できていたから。
私も、優星に全てを捧げろと言われれば、今回彼女がしたように魔力を全て捧げようとしてしまうだろう。
優星は神にはこれ以上ない魅力的な存在だ。眩しく、己を捧げたくなる、唯一無二の存在。
それだけに、殺せないとされる神を殺す事が可能なただ一人の存在。
私たち神には、最も危険な存在である。
本当なら神として存在を消さねばならない。でも、死なせたくない。
故に織姫は邪神となったのだ。
◆◇◆◇◆◇
ダンジョンに無職のオッサンが湧いた。その事件から数週間が経過した。
ほぼほぼ壊滅したダンジョン『水神之災禍』の300階層だったが、7割ほど自然修復されナイトガーデンの部隊による現場検証が行われた。
結果、見つかったのはサンダル二足。
ダンジョン自体を吹き飛ばしかねないほどの超エネルギーを放っていたにも関わらず、無傷……いやむしろ新品かと思えるほどに綺麗なままで残っていた。
「い、意味がわかんねえ……」
現場に出ていた人間はみな口々にそう漏らした。これまでにもダンジョン内で不可解なことは山程あった。けれど、これはそのなかでも飛び抜けて理解しがたい現象であった。
一方、佐藤や胡桃らはというと、あの日に探索者専門の病院施設へと運ばれ、その翌日には退院できた。
佐藤は織姫の作り出した転移ポイントを利用し、『水神之災禍』の1層へ送られ、胡桃ほかナイトの喜多川総司、タンクの小山歩らも無事救出されていた。
そしてここでもまたひとつ不可解な点があった。
胡桃はともかく、喜多川と小山は命に関わる程の重傷をあの戦いで負っていた。それは映像でも残っているし、側でみていた胡桃も確かに記憶している。
なのに、救助が駆けつけた頃には二人とも完治していたのだ。
「佐藤先輩」
ナイトガーデン施設内、休憩スペースであるカフェレストラン。そこで食事をしていた佐藤をみつけた胡桃は、彼女へ声をかけた。
あれから二人とも事情聴取の日々で、数週間経ったいまでも訓練や任務よりもその時間の方が多い。
お互い多忙で、胡桃は佐藤に聞きたいことがあったがこれまで聞けずにいた。
「胡桃ちゃん……」
佐藤の座っていたテーブル席に寄ってきた胡桃に、どうぞと手をさし座りなよと促す。
「何か飲むかな」
「……レモンティーを」
タッチ式のメニューからレモンティーをタップし注文決定。
佐藤は手元にある自分の緑茶をひとくち飲みこみ口を潤わせ、にこりと微笑む。
「胡桃ちゃん、元気そうで良かった。身体はもう大丈夫なの?」
「うん、まあ。先輩こそ、元気そうだね。エリアボスに食べられたのに……転移ポイントが魔物の胃のなかでできて逃げられたとか、豪運過ぎでしょ」
「あはは、ホントにね。さすがに死んだなって思ったもんあの時は」
けたけたと笑う佐藤に胡桃は少し驚く。なんであんな目にあったのにこんなに元気なんだろうと。
あたしはあの場面を思い浮かべるだけで、胸が苦しくなるのに……と。
「強いね、先輩。あたしはそんな風に笑えないよ……」
胡桃は苛まれる。あの時の恐怖と、初めて経験したエリアボスとの戦いで感じた己の弱さに。
「あたしは、なんにもできなかった。火力を求められ、竜胆さんの代わりに入ったウィザードだったのに……あいつに傷一つつけらんなかった」
胡桃はその魔法の火力に一目置かれていた。あのエリアボス、名を『水神鳳鬼龍』と呼び、先遣隊により情報は事前にある程度得ていた。
硬い鱗と強靭な水と魔力の結界を持つ、Aレートの龍。だからこそ、ナイトガーデンでも高火力の雷撃を放てる彼女がボス戦へと選出されていた。
しかし、結果は。
「ごめん。防御壁を突破するどころか、けんかして連携もぐちゃぐちゃに……」
俯く胡桃。佐藤はテーブルへ突っ伏すように彼女の顔を下から覗き込む。
「胡桃ちゃん」
「……?」
「落ち込んでる顔もかわいーね」
「へ?」
「さっすが今をときめくアイドルユニットのひとり!睫毛長くて、頬ももちもちしてて、暗い顔も画になるね」
ぷにぷにと人差し指で胡桃の頬をつつく佐藤。やがて渋い顔をしていた胡桃の唇から、ぷふぅーと空気が抜けた。
それがおかしくて、口元が緩み笑えてきた。
「うんうん、アイドルは笑顔じゃないとね。また、相方がおきたらアイドルやるんでしょ?」
「うん」
「なら、前向かないと。そのために命がけでシーカーしてるんだからさ」
レモンティーの香り。カップを乗せたネコ型ロボが二人のテーブルへと到着。
佐藤は胡桃の注文したレモンティーのカップを手に取り、ネコ型ロボの頭を撫でた。にゃーと喜ぶロボに笑みを浮かべ、カップを胡桃の前へ置く。
「あの日、奇跡が起きなかったら私たちは間違いなく全滅していた。運じゃなくて、実力で駄目だった。けど、まだ生きてるから」
「奇跡……」
「そう。……あの日、本当なら私たちは死んでいた。でも、だからこそ、その失敗の経験は糧になるはずだよ。もっと強くなろう」
あおいだ爽やかなレモンの香りが鼻を抜ける。胡桃は少し気分が晴れたような気がした。
「……うん、そうだね」
こうして死線を何度も潜り抜け、佐藤達は強くなっていったのだろう。胡桃は先駆者達の強さの秘密を知った気がした。
施設内、第五会議室。柊と喜多川が二人向かい合い話をしていた。
「そう。喜多川隊長は少しもあの時の記憶はないと……」
「はい。すみません……まさかあの場に、無職くんが現れるだなんて」
「少し前からダンジョン配信で噂になっていた、凄腕探索者……いえ、探索者ではなかったですね。登録がない無免許シーカー」
「それ、本当ですかね」
「……データベースにヒットしないから、本当でしょう」
「だってあれだけの魔力量ですよ?本人が適性試験を受けてなくても、街あるいてたりしたらスカウトされるんじゃないですか、あれなら」
「そうですね。確かに、あの魔力を纏ってそこらを歩いていたなら、即座に拘束されるレベル。誰かが上手く隠蔽しているとしか……」
下唇へ指を触れ思考する柊。身長が160以下の小柄な体格でありながら、いちいち色気のある仕草をするな……と喜多川は視線を何気なく逸らした。
「……邪神ちゃん、かな」
「!」
柊はあらゆるダンジョン配信をチェックしている。それは有力シーカーをナイトガーデンへスカウトする事が主な目的であり、来たるかの大攻勢戦力を計算するための視聴だった。
そしてその中には勿論、最近話題になっていた邪神ちゃんこと織姫のチャンネルもあった。
『邪神ちゃんの秘密のダンジョン配信!』
今やチャンネル登録者数1624446
アーカイブ1、8963445回再生
アーカイブ2、6333789回再生
金盾銀盾をわずか7日の内にゲットした化物チャンネルとなっていた。
「あのチャンネルでの無職くんの魔力操作は神がかっていた。その巧みな制御技術に、ほとんどのリスナーが魔力を纏っていないと勘違いしてしまうくらいに」
そのひとりだった喜多川は口をつぐみ、しかし、そうですよね……と理解していたかのような面で頷いた。
「けど今回の『水神之災禍』では違った。みるみる暴走して、あと一歩彼が消えるのが遅ければ全てが吹き飛んでしまっていた……あの邪神チャンネルでの緻密なコントロールができていませんでした」
「その違いが、邪神ちゃんがいるかいないか……ですか」
そう、といい頷く柊。無職くん本人は魔力操作が下手……だからそれを邪神ちゃんがコントロールする。そんなの本当にできるのか?と疑問に思う喜多川。
そして更に彼は思う。邪神ちゃんがいなければコントロール不能になるのなら、なぜあのサンダルは無傷だったんだ?と。
(それに、俺と小山の怪我が綺麗に治っていたのも……あの場に佐藤は戻ってはいなかったらしい。胡桃が証言していたから間違いない。となれば、治したのは無職くんということに……)
その情報も柊には勿論ある。そのことについてはどう思っているのだろうと、口にしかかったその時。
「……私が、無職くんを、彼を見つけだしましょう」
「え?」
今現在、ナイトガーデンでは無職くんを引き入れるべく大掛かりな捜索が全国レベルで行われている。
各地に点在するナイトガーデンの支部で、情報をかき集め無職くんがいる可能性のある場所へ。
もしかしたら海外在住の可能性もあるが、今はまだ日本を全力で探し回っている。
いやナイトガーデンだけではない。無職くんの力を目の当たりにした全てのシーカーやギルドが彼の争奪戦を繰り広げていた。
あるギルドは僅かな情報にでも賞金数千万を、あるギルドは本人をみつけたら賞金数億円と、なりふり構わず動いていた。
「いやあ、けど、それはかなり難しいですよね……うちだけじゃなくあらゆるギルドが血眼になって探していますけど、まだ全然手がかりすら見つけられてないし」
「未登録ダンジョンでしか配信してませんからね。あのダンジョンもいったいどこに存在しているのやら……少しでも外の景色が配信に映れば、そこからみつけられるかもしれないのですが」
「邪神ちゃんもそれはわかってるんでしょうね」
「ネット歴長いですからね、彼女」
「知ってるんですか?」
「あのネット弁慶とは15ちゃんねるなどで戦った事があります。何度か」
(なにしてんだこの人……)
「しかし、だからこそ彼女をみつける策を思いつきました。必ず居場所を突き止めてみせます」
堅物だと思っていた柊にこんな一面が……彼女のファンがこれを知ったらがっかりしそうだな、と喜多川は密かに思いつつ、至って平静を装い、そうですか、と頷いた。
一方その頃、今話題の無職くんは、
「……お茶美味え」
熱いお茶を飲みながら、縁側で日向ぼっこをしていた。
――ピンポーン
「お?」
【重要】
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