表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/20

12話 不可抗力


 ――都内某所、カフェ。


 窓際の席に座る長身の男が珈琲を口にふくむ。


「でさぁーあいつ彼氏ができたみたいでえ」


「まじで!?そんな気配なかったじゃん」


 耳に届く隣の女子高生の会話を聞き流し、晴れた外を眺め待ち人が早く来ないかとぼーっとしていた。


 カランカランと来客を知らせる店の扉のベル。目をやると数人の会社員らしきスーツ姿の人間が。

 商談だろうか、物腰の低そうな四十代手前くらいの男性が愛想笑を浮かべ媚びへつらっていた。


(……あいつ、まだか?)


 携帯を取り出し連絡が着てないかを確認する。何も着てない。いや、遅刻するときに何か連絡されたこともないのだけれど……と、また一口珈琲をふくみ気を紛らわせた。


(明日からダンジョン探索が始まるのに。早く帰らせてくれよ)


 訓練ではなく初めての実戦。才能と努力を認められ、彼はまだE級試験に受かったばかりのシーカーだったが、Dランクダンジョンの探索に抜擢されていた。


 ナイトガーデン所属、室井。ジョブ分類はナイト。同期の連中は未だ施設で訓練に明け暮れている。


「――おい、室井」


「あ、お前……大島!やっと来たかよ!どんだけ待たせんだよ!」


 携帯を手癖でいじっているといつの間にか待ち人である大島が到着していた。

 彼はナイトガーデンの先輩。同い年で幼なじみだが、室井と違い高校を中退し数年先にギルド入りしているC級。

 いつもおちゃらけている大島なのだが、なぜか険しい表情をしていた。


 いや、室井はその顔を何度もみている。そう、この表情は、


「佐藤先輩が殉職された」


 仲間の誰かが死んだ時の顔だ。


 室井は目を見開く。


「は?……え、いや、待って……それ、……え?」


 佐藤結。ナイトガーデンの実力者であり、シーカー界全体で見てもトップクラスのヒーラーである。

 彼女を尊敬し彼女に憧れてナイトガーデンへ入った人間も多い。

 室井がナイトガーデンに入ろうと思ったのもそう。いつか、佐藤と組む事を夢みてシーカーになった。


『室井くんは、頑張り屋さんだねえ』


 そういって、深夜まで訓練に勤しんでいた室井に微笑み缶コーヒーをくれた佐藤先輩。


「……」


 何も言えない。言葉が出てこない。何を言われたか脳が理解を拒んで、ふわふわと現実味がしない。


 携帯。開かれたSNSのトレンドに目が惹かれた。そこには、


『佐藤死亡』

『ナイトガーデンヒーラー』


 とあった。


「室井、覚えてるよな。先輩方が俺らに残した言葉」


 歯を軋ませる室井。


「……意思を継いで、強くなれ」


 死を糧に、強くなり人々を守れ。ナイトガーデンのシーカー達に代々継がれている教えである。

 室井は佐藤の笑顔を強く想った。夢はかなわなかった……けれど、必ず先輩の分まで今度は俺が、と。


 その時、大島が鼻で笑った。


「……なんだ?」


「いや、まだまだこの国も危機感が足りねえよなって思って。近々大攻勢……ダンジョンブレイクが起こる可能性が高いって言ってんのに」


 大島が室井の携帯画面に指をさす。


 するとそこには、


『サンダル』

『無職』


「トレンド1位がサンダルで2位が無職だぞ……貴重なA級シーカーが死んだってのに、それ以下の話題性なのかよってな」


「確かにな。でも、まあ気持ちはわかるよ」


「マジか」


「俺も嫌なことから目をそらして生きてきたからな」


「……」


 できることなら、今もそらしたい。この苦しい心と現実から。


「いや、ていうか戦況は!?佐藤先輩いがいはどーなった!?」


「え、ああ!そうだ、ライブ配信!」


 室井がUouTubeを開いていると、隣の席の女子高生らが手をたたいて笑っていた。


「なにこれどーゆーこと!?」


「サンダルってナニ?ウケる」


「いやサンダルと無職て!!あはは!!」




 ――約10分前。


 水龍が優星へと水を武器の形へ変えたそれを射出。足場が残り少ない為、優星はその武器を拳と蹴りで無理やり弾きパリィする。


『いや無効化できんのかいw』

『なんであの威力の攻撃弾けてんだよww』

『ってまて水龍から腕が!?』


「おっ」


 水龍の長い身体から、水で作られた細い腕が無数に生えてきた。

 それらが水武器を掴み、優星へと襲いかかる。


 鞭のようにしなる独特の軌道で振り回される武器での攻撃。

 無数、超高速の連撃を優星は、見切り捌き続ける。


『なんでだよw』

『この無職やべえよ』

『強すぎない?』

『無職くんかっけええええ』

『それ見切れるの人としておかしい』

『なんでついてけてるん』


 最小限の動きで攻撃を逸らし躱し、足場へのものは弾いて武器を破壊。

 繰り返される数百を超える水龍の攻撃と優星の守り。


(もう少し……)


 水龍は遠距離射撃では優星を討ち取れないと、ここまでの戦いで理解しスピードも火力も高い直接攻撃へと移った。

 だが、それにより水龍は優星へ近づかなければならず、そして優星はその接近してくるタイミングを待っていた。


(よし、この位置なら!)


 水で作られた長い手。水龍側はそれにより近接攻撃が行えるが、リーチの短い優星からは近接攻撃が出来ない位置と距離。


 だが、さっきよりはかなり縮まったこの距離なら、この攻撃が致命傷レベルで通る。

 未だ展開されている……いや、近づいたことによりより強力になった体表にある水結界でのバリアガードを次は完全に破壊する事が――




《だがしかし、その見立ては甘く、この後取り返しのつかない状況になる事をこの時は誰も知らなかった。》




 ――水龍の攻撃を躱し、斧の刃の側面を回転し転がり、その横から迫る大剣の腹を蹴り、跳躍――そして、身体を捻り、


「おら、よっと!」


 足を振り抜き、履いていたサンダルを飛ばした。


 水龍からの攻撃を躱す流れで勢いをつけ、振り抜いた足。そこから尋常じゃない速度で発射された、優星が履いていたサンダル。


 それが、無数の水の手を吹き飛ばし、水龍の首元へと着弾。


 まるで強力な爆弾が海で炸裂したかのように、凄まじい水飛沫と破裂音がし、水結界が硝子のように割れ吹き飛んだ。


 それと共に、通常では考えられない程の魔力が凝縮され圧縮され発露されたサンダルは、赤黒く煌々と輝き、まるで小さな太陽がそこに出現したかのような……高密度のエネルギー体へと変貌。


 しかしそれでは収まらず、更に、どんどんと魔力がそこへ集まり収束し、ぼろぼろと水龍の肉体がサンダルの直撃した部分から消し炭へと変わっていく。


 水龍の体が跡形もなく消えてもなお、エネルギーの塊は消失することはなく、更に更に力を増していく。


「いや!ちょ、おま……待っ」


 焦る優星。


 青ざめる織姫。


 冷や汗が出る佐藤。


 あまりの威力と光景に沈黙するチャット欄。


 疲れてるのかな?と同時に目をこするオペレーター達。


 トレンド1位をとるサンダル。



 どんどんと膨れ上がる元はサンダルであった小さな太陽。

 かたっぽだけになったサンダルを履いたまま、ぼうぜんと立ち尽くす中年の男、優星 (32)無職。


「おい!もう良いって!やめろやめろ!!これ以上はやべーって!!」


 叫ぶ優星。


「くそ、ミスった……ど、ど、どーしよう」


 洞窟全体が悲鳴を上げ始めた。滝を落ちる水滴が蒸発し、内包されている魔力がゆっくりと引き寄せられる。

 サンダルに近い足場の岩盤、水流のラインもまた同様に魔力を抜かれ、消失し始めた。


 この空間にあるあらゆる魔力が、全てサンダルへと引き寄せられていく。


 優星は焦る。このまま行けば、この洞窟が崩壊し後ろの3人は助からない。

 崩落からは守れるかもしれないが、その途中で魔力同士が爆発を繰り返し分子レベルのダメージを与えてしまう。その影響はどんなにしっかりガードしても、3人には表れてしまう。


 チャット欄が再び動き出す。


『やばくね?』

『無職くんのサンダル核兵器?』

『これダンジョンでおさまるの』

『Sレートの魔物を一撃で……』

『人じゃねえよこれ』

『すげえ』


「……素晴らしい……」


 畔出と柊が、感嘆の声を漏らした。


 あの力があれば、S級シーカーがたった1人しかいないこのナイトガーデンでも日本のトップギルドになれる。

 いや、日本どころではない。世界で一番の無敵のギルドに。

 畔出は恍惚の表情で優星の背を眺め、口の端をあげた。


 柊もまたそういう想いも少なからずあったが、それよりも実戦経験があり現場を深く知っているがため、彼女は懸念であった大規模ダンジョンブレイクの方に利用価値と希望をみていた。


 もし彼が協力してくれれば、もしかすると……単身でひとつのダンジョンを任せられるかも知れない。

 3つのダンジョンから引き起こされる未曾有の大災害、大攻勢。

 そのうちのひとつを彼に任せることができたなら、他ふたつなら、集結させた戦力でも対処できる確率は高くなる。


 今のこの絶望的な状況に一縷の微かな光が……いいや。確かで強い光がさす。


「……無職、くん……」


 ぽそり彼の名前を呼ぶ柊。


 妙な笑いがこみ上げてくる柊。自分で言ってて、笑えてくる。

 ダンジョンを単独で任せる?そんな馬鹿げた話、ある?

 低ランクをS級シーカーが数人だけでクリアすることはある。けど、さっき任せたいと思ったダンジョンはAランクだ。

 日本のS級シーカーを全て集結させてやっとクリアできるレベルだろう。

 それを、単独でクリアしろと柊は言ったのだ。


(……しかし……これならば……)


 目の前のモニターに映る圧倒的な、神の如き力。

 Aランクダンジョン単独クリアが出来ると、思えてしまった。


 織姫が声をあげた。


「……そろそろ、返して……」


 隣りにいた佐藤がびくりとした。


「え?織姫ちゃん……?」


 織姫は佐藤へ視線も向けず、他の誰かに呼びかけているようだった。


「もう良いでしょ、限界だよ……このままだと、本格的にコントロールを失う。そうなればダンジョンは崩壊し……あなたは、死ぬ」


「し、死ぬ……?」


 織姫は言葉を続ける。


「……私じゃないと、優星の力は抑えられないよ……」


 数秒の沈黙。そして、


 ――ズズ、と黒い靄があらわれた。



 その頃優星は、もう一つのサンダルを反対の方向へぶん投げ、魔力の分散を試みていた。

 非常に勿体ない……いや、片方だけサンダルが残っていてもという感じではあるが、貧乏性の優星にとっては苦渋の決断であった。


 しかしその甲斐あってか、炸裂していた小さな太陽と化したサンダルから魔力が僅かにはがれ、もう一方のサンダルへと流れ始めた。

 そうして洞窟の揺れが多少緩和し、地鳴りも和らいだ。

 だが、依然洞窟内の物質が魔力へと分解変換されていくスピードは緩まない……それどころか、加速していた。


「く……相変わらず物好きなやつらだな……」


 優星の身体の魔力も膨れに膨れあがり、最早S級シーカー数人分くらいの魔力量を纏っていた。


 まるで舞い踊るかのように、優星やサンダルの周囲を魔力オーラがふよふよと纏わりつき、楽しげに流れている。


「……」


 優星は自分の履いている短パンに目をやる。目をつぶり苦渋決断を迫られている優星。

 この短パンを脱いで、サンダルのように投げるかどうか。


 優星は魔力を引き寄せる。そしてそれは優星の身に着け匂いがあるものにも作用する。


(……どうする、どうする、これ、どーするよ)


 くそ、もうサンダルでの分散にも限界が来ている……また魔力を別の物で分散させないと……でも残ってるのは短パンとその下のパンツ、下着だけだぞ……。


(……)


 短パン、これ脱いで投げるか……?


 い、いや、これを失うのは辛いぞ。もしも、後ろの女の子が目を覚まして、そのとき俺がパンツ一丁だったら……


 ゾワッ、と佐藤とまっ裸で出くわした温泉の映像がよぎり戦慄する。


 あの時はちゃんと誤解は解けた。けど、次も上手く解けるとは限らない。


 け、けど、このままじゃ……洞窟が崩壊して……。


 でも、パンツ一丁は……社会的に死ぬのでは……。


 謎の一人野球拳(失敗したら死ぬ)が開幕していた優星。


(でも、だけど……死なせるわけには!まだ若いあの子達をこんなところで!!)


 短パンに指をかけ、覚悟を決める。そうだ、みたところ3人共自分よりもかなり若い。

 まだ死ぬには早い。絶対に助けなければいけない、大人として!絶対に!!


 短パンをずりさげかけた、その時――


「……あ」


 目を覚ましていた胡桃と目が合った。頬を染め、じっと優星をみていた。


 お、おきてるうううーーー!!?


 思わず動きが止まる優星。


『なんで下脱ごうとしてんのww』

『変態?』

『暑いのかな』

『いや気まずいww』

『胡桃と目が合って』

『わろたw』

『変質者をみるような目がww』

『逮捕』

『無職くんそれはヤバい』

『変質者の称号を獲得しちまうぞ笑』

『この状況でなにしてん』

『強いやつって変態おおいんだね』

『変態的に強いってか変態そのものでした』

『wwwww』



 優星は目の前が真っ暗になった。






【重要】

先が気になる、もっと読みたい!と思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆→★★★★★評価、をよろしくお願いします。執筆へのモチベが上がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ