end
「この冠。今すぐには無理だけど……フーカにあげるね。撮影が終わるまでは、僕もないと困るから」
「あげるって、そんな簡単に……」
翔のように、いばらの冠を捨てて、羽根の冠をかぶれというのだろうか。けれどこの頭に食い込むいばらは、ちょっとやそっとの力では外れないのは、自分がよくわかっている。
そんなあたしの表情を見透かしたように、翔は笑った。
「いばらの冠ははずせないよ。でも、羽根でクッションにしたら、すこしは痛いの、やわらぐでしょう? フーカ、いつも、痛そうな顔するから……」
ベッドの上に立ち上がり、翔はあたしのあたまに冠をかぶせる。まるで王様からさずけられる王子のように。うやうやしく、あたしはそれを受け取るしかなかった。
羽根の冠は、ほんのりとあたたかかった。そのぬくもりが、いばらを包み込み、そしてあたしの頭から、身体の中へと染み入ってゆくようだった。
「……かける」
「これで、痛くないでしょ?」
屈託なく笑う、すこし顔色の悪い翔がたまらなく愛しくなって、あたしは感情のままにその小さな身体を抱きしめた。
涙があふれて止まらなかった。今まで頭でぐるぐるに絡み付いて、とれなかったいばらが、悩みが、彼にほぐされていくようだった。
「ありがとう……」
あたしの涙がとまるまで。翔はじっと、その小さな胸と、そして冠をかしてくれていた。
●●●
公開された映画は、やはり仁科翔の初主演作として、すこしばかり騒がれた。
けれどそれはもちろん翔のことだけであり、あたしはあいかわらず売れない女優だった。映画の評論でもあたしはこっぴどく言われていたけど、それも当然といえば当然だった。
そしてあたしは神田さんにしたがい、仕事を減らし、なんとか高校を卒業した。散々な成績ながらも大学に進学したのは、親と派手な喧嘩をして、大学を卒業することを条件に、女優の道を歩む約束をとりつけたからだ。
喧嘩の最中、頭痛がしなかったのは、翔にもらった羽根の冠のおかげだった。
再開した仕事はあいかわらずちゃちなものばかりだけど、『スズカゼちゃん、なんか雰囲気がやわらかくなったね』と言われたあたり、どうにか次にもつながりそうだ。
「……いた。スズカゼ、翔君だよ!」
そしてあたしは、神田さんにお願いをして、仁科翔の主演舞台を見にいかせてもらった。
「フーカ!」
およそ一年ぶりの再会で、彼はぐんと大きくなっていた。背も伸びて、ふっくらとしていた頬が細くなっている。あたしの胸に飛び込んできた身体は、とても重かった。
「舞台、見たよ。すごい良かった」
「本当? ありがとう!」
無邪気な笑みはそのままだ。彼はあたしの頭に手を伸ばし、自分があげた冠に触れて、くすぐったように笑った。
「フーカ、ずっと仕事してなかったでしょ? もうやらないの? だめになったの?」
翔はたぶん、あの甘いマネージャーから、いろいろ聞きだしたに違いない。あたしは返事のかわりに、彼を力いっぱい抱きしめた。
「本当に? よかったね!」
あたしの首根っこにしがみつき、翔がありったけの力で抱きついてくる。あたしは彼と一緒にぐるぐるとまわった。
ふたりで目をまわして、ふらふらしながらお互い馬鹿みたいに大きな口で笑う。耳元で、羽根がまたひとつ、舞うのがわかる。
彼はまだ気づいていないけれど、あたしの冠にも、小さなつぼみがついたのだ。
仁科翔のあたらしい舞台は、星の王子様をモチーフにしたものだった。
王子役の彼の頭には、小さいながらも、金色に光る冠が乗せられていた。
END