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ストレンジカメレオン  作者: チャンカパーナ橋本
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5-1 そして二匹のストレンジカメレオンは

「……その時から、わたし何かあったらここに来るの。自分は間違ってないんだって改めて元気もらえるから」

「……」


あの後、すぐに泣きやみ、そしてすぐに種田も何とか泣きやませることに成功した。そして、いまは種田は体育座りで、俺はあくらをかいて話をしている。

 ……それにしても種田のエピソードには驚かされた。俺たちが実は過去にすれ違っていたこと。俺が知らぬ間に種田に勇気を与えていたこと。


 ……種田は、擬態が出来ないんじゃなくて、擬態をしていなかったこと。そしてそれには、俺が関係していたこと。


「クラスで会ったときは正直びっくりしたわ。『本当にあの時の人?』って感じで。すごく話しかけたかったけど、いきなり話しかけて、変な人だと思われたら嫌だったから、話しかけられなかった」

「そこで俺が図書館でラノベを読んでいてって感じか」

「そう、あの図書館でラノベ読んでいて『ああ、やっぱりあの時の子だ』って思った」


 なるほど。すぐにラノベを隠してもばれるわけだ。最初から多少俺がオタクであるという確信はあったってわけか。


「……ところで、もうだいぶ落ち着いてきたか?」

「ああ、うん。もうだいぶ」


 辺りが暗くて種田の様子はよくわからないが、鼻をすする音やひっくひっくと嗚咽交じりだった声も平静さを取りもどしており、その言葉に偽りは感じられなかった。


「じゃあ、落ち着きを取り戻したところで、改めて一つ聞いてもいいか?」

「……うん」


 そう言った種田の声のトーンがひとつ下がる。


「単刀直入に聞くけど、野田とはどういう状況でああなったんだ?」


 俺は結局あの顛末については途中から自分でみた情報と、坂本の伝聞で聞いた情報しか知らない。本人の口から直接真実をききたかった。


「……いきなりで悪いな。ただ、それだけはちゃんとしっかり知っておかなきゃいけないと思ってな」


 そう言うと、種田は「全然大丈夫だよ」とすぐさま了承してくれた。


「まず、私が開口一番で野田さんに話しかけたのよ。『twitter見たんだけど、野田さんって銀レジ好きだったりする?』って」

「でも、話にいくのは放課後だって……」

「ああ。……あれ元々嘘だったのよ。最初っからそういっといて、実際は朝から私一人で話しかけに行こうと思ってて」

「何でそんな嘘ついたんだよ」


 ほんと馬鹿だお前は。


「色々あるよ。いままで脅迫だのなんだのいっといて信ぴょう性ないと思うけど、やっぱ水谷君自身がオタクバレたくないって言ってる以上、野田さんの前に連れて行くのは何か違うなとか思ってたり……」

「……」

「というかね、正直、野田さんには元々私だけで声掛けに行こうと思ってたの。要は適当な口実作って水谷君と遊びたかっただけなんだ。そのために脅迫とかしたの。くだらないでしょ?ごめんね。ああ、ちなみにボイスレコーダーの音源。もう消してあるからもう心配しないでいいよ」


 俺が成し遂げたかった目標は、種田の手によって既に達成されていた。物的証拠がなくなった今、俺は種田の呪縛から解き放たれた筈である。なのに、何だろう、胸に残るこの霞は。


「……そんで、吟レジ好きなのか野田に聞いてどうなったんだ?」


 ……いいや。いまは一つ一つ処理していこう。状況を知ることが現在の最優先だ。


「うん、そしたら返ってきた返事が、『どこで知ったか知らないけど、確かに私、銀レジは好きだよ。だけど、オタクのことは嫌いだから、もう話しかけてこないで』って」

「……」

「そう言われたけど、だいぶ疑問なところがあったのね。じゃあ、なんでこの人twitterでわざわざファンだって公言してるんだろうって。だから、『じゃあ何でオタク嫌いなのに、twitterやってるの? 嫌いならひっそりやればいいじゃない?』って。そしたら、『あんたに話す義理もない』って言われちゃって」


「私もまあ確かにそうかもなと思って。で、さすがにもう望みが薄そうだったから、帰ろうとしたんだ。けど、どうしても一つだけ、最後に言っておきたいことあって、『オタクだから嫌いって、一括りにして決めつけるのは何か違うと思うよ』って。そう言ったら、『そういう自分が正しいみたいな態度が嫌いだって言ってんだよ!』って野田さんがものすごく怒って、取り巻きの人たちも来て、私も頭に来てて……あとは水谷君が見た通りよ」

「……やっぱり俺が途中から居たこと知ってたのか」

「うん、ものすごい顔色だったわよ」


 まあ、あの時は気が気じゃなかったしな。


「……だけど俺は正直なところ、お前にも本当に少しだけだけど、非があると思ってしまう」

「ええ、そうね……」


種田のやるべきことは部員を勧誘することであって、相手に正しさを求めることじゃない。自分が気に食わないからと言って、それに対し、しつこく言及する必要はないのだ。種田が冷静になって受け流せば、それで終わる話なのだから。


「でも、何か無性に悔しかったのよ」

「……どういうことだ?」

「だって! ……悔しいじゃない。ああいう偏見で、その……水谷君はいじめられていたのかなって思うと、何だか無性に悔しくって。すごいつっかかっちゃった」

「……いいんだよそんなことは考えなくて」


 少し苛立ったような口調になってしまう。俺のことのせいで種田が傷つく結果になるなんて心底馬鹿らしいと思った。俺はそんな立派な人間じゃない。


「ごめん、何か、まるで水谷君のせいみたいに聞こえるね。でも、あれは結局、自分のために怒っていたんだと思う。何でもっと一人一人を見ようとしてくれないの。……というよりは、何でもっとしっかり自分を見てくれないのって」

「……わかるよ」


 種田は察しがいい。そして、物事のズレによく気付く。だから、巷にはびこる偏見が、俺たちを見る世間の目が許せないのだろう。結果として、それが仇となってしまうことが多いが。


「今日サボったのも、もちろん野田さんやあの取り巻きの人たちが怖いってのもあるけど、何より自分にも非があるなと思ったからなの。自分にも非があるから、何かされても言い訳できないなって。そう考えちゃった」


 仕方ないとそう是認した瞬間、人は抵抗の意思を失う。そうなってしまった人間がいて、もし誰かが、その抵抗を放棄した人間に対し、悪意を持っていたとしたならば、来たるべき結末は蹂躙だ。なすすべもない蹂躙。それを恐ろしがるのは当然と言えよう。

 だが、だとしても、今回に限っては、それは理不尽なようにもきこえる。


「明日は来いよ」


 俺がそういうと、暗闇の中でも種田がこっちを向いたのがわかった。


「えっ……?」

「お前にも多少は非があるかもしれない。だけど、俺は一人一人の人間をみようとしないで、一括りにして批判した野田にも責任はあると思う。それに、俺は何かに脅えて、誰かが学校に来れなくなるなんてことは、あっちゃいけないことだと思う。それは権利だから。学校に来て、楽しむ権利を種田は持っているんだから。それをはく奪する権利は誰にもないはずなんだ」


 それは、過去の自分に向かって言っている言葉でもあった。


「それに、何かあったら今度は絶対に俺も戦うからさ。信頼できないかもしれないけど、信頼してくれよ」


 我ながらおかしなことを言っていると思ったが、種田はツッコんでこなかった。それどころか、また少し泣きそうな表情になっていた。


「でも、オタクなことがバレちゃう」

「いいよ、何か俺も隠してるの馬鹿らしくなってきちゃってさ。そういえば、何も俺悪いことしてないじゃんって。そりゃあ、偏見にまみれてる人も中にはいるだろうけど、そういう人たちに気遣って、生きるのももったいないかなって。そう思えたんだ」


 種田のおかげでという言葉は胸にしまっておいた。ただでさえ恥ずかしいことを言っているのにこれ以上、余計な恥を上塗りはできない。こういう恥ずかしいセリフは、ラノベやギャルゲの中だけで十分だ。

「帰ろうぜ、多分、種田のお母さんも待ってるぞ。ちなみに明日の授業、数学が先生の出張するせいで英語に代わっているから気を付けろ―――」


 そう言いながら立ち上がろうとすると、種田は体育座りのまま、俺の制服の裾をグッと引っ張った。


「……もうちょっと待って」


 そう言って種田は鼻をすすった。


「……ああ」


 日はとうに沈み、俺たちの足元は暗い。だがその後、俺たちは、一歩ずつ、ゆっくりではあるが確実に、道を歩き始めた。

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