B-1 とある日、とある彼女にとってのKim Deal
私の家は中学校から遠い。下校のチャイムが鳴って、グループの皆と一緒に帰っていると、最初四、五人居て騒がしかったグループが、最終的には西村さんと私だけになっている。
「ねえねえ、たねちゃんって、どんな男子が好みなの?」
「え、えーっと……」
そんな質問に対し、思わず言葉に詰まった。女子特有の甘い浮世話っていうのに、私はひどく疎い。私も女子なのに。
「う~ん、よくわからないや」
「え~、ケチ。教えてくれたっていいじゃ~ん」
そういってプンプンと頬を膨らませながら歩く西村さんは妙にかわいらしかった。……それにしてもケチって言ったってしょうがない。本当にわからないんだから。
「ははは、でも本当にわからないんだって」
「た~ねちゃん! ダメだよそんな調子じゃ。せっっかくかわいいのに、このまま華のJC、何も起きずに終わっちゃうよ」
私はとりあえずもう一度ハハハと笑みを浮かべといた。女子はとりあえず場つなぎで可愛いって言う種族だから、これぐらいの調子が丁度いい。
……それにしても西村さんたち含め女子って大体……いや、九割弱って言っても過言じゃないぐらいの割合で恋愛話が好きだ。西村さんたちにとって、恋愛ができないってことは学校生活の価値がなくなってしまうこととほぼ同義なのだろう。それぐらいいつも恋愛の話をしている。
でも正直なところ、私はそんなことより、いまは今日の深夜に放送されるアニメの展開がどうなるかにしか興味がなかった。というか四六時中、大体アニメ漫画ゲームのことしか考えてない。
……あっ、私が好きな人ってこういう話ができる人かも。
「……何か一人でひらめいたような顔してるけど、思いついたの?」
そう言って西村さんは疑問そうにこちらを見つめる。ほんと自分が単純な構造でできていて恥ずかしい。
「いや、なんでもな――」
誤魔化そうとして一旦踏みとどまる。……いまってもしかしてチャンス?
私は西村さんにオタクであることを言っていない。あんまりアニメとかはみないタイプっぽかったし、言う必要もないと思ったから。
でも、いまここでそういうお話ができる人が好きだって伝えたら、そこから掘り下げて、うまく西村さんにオタクの素晴らしさを布教できるかも。そしたら、色んな話しで盛り上がれるし、何より今後隠さなくてもいいし、何より私の気が楽だ。
西村さんは、女子のトップグループの子たちと喧嘩して私と話すようになった。周囲の人たちは、その場しのぎとか、今だけ仲良くしているだけとか、そんな噂をしているらしい。だけど、西村さんはそうは思えないぐらい私に優しかった。会話の内容とかは正直あまり合う感じではないけど、色んな話を私にしてくれるし、常に私のことを気にかけてくれる。
……こんな、いい人なら言っても大丈夫だよね。
「あのね、西村さ――」
「じゃ、たねちゃん。私こっちだから。あんまり恋に疎いと、オタクの中沢や羽田みたいになっちゃうよ~」
「……」
「ん? どうしたの種ちゃん?」
「あっ……うん、何でもない。じゃあね、また明日」
「じゃあね~。また学校で~」
そう言って西村さんは自分の家の方向に帰って行った。私はその場でぎこちない笑みで手を振ることしかできなかった。
……中沢さんと羽田さんはいつも二人で一緒に乙女ゲームの話をしている子たちだ。何回会話に混ざりたいと思ったことか。そんな中沢さんと羽田さんは見た目も普通だし、授業態度もまじめ。別に非難されるべきところなんて何もない。だけど、クラスの女の子たちになぜか低く見られている。
「……何で、そんな風にバカにされなきゃいけないの」
そう独り言をつぶやくことしか今の私にはできなかった。はっきりと物を言えない自分が情けなくて悔しい。
「……もういいや」
余計なことは考えないことにした。これ以上考えるのは精神衛生上、よくない。
それに、今日の私には、楽しみにしていたアニメの放送っていうビッグなイベントが待っている。そんなハッピーなことを目の前に余計なマイナスは持ち込みたくなかった。
えーと、帰ってやるべきことは神回に備えての一人復習会、昨日録画したアニメの鑑賞、あと祝杯のコーラかな。
そうやって一つ一つやるべきことをリストアップしていく。この瞬間が、最高の至福だ。
そんな至福にどっぷりと浸りながら歩いていると、前方のほうから大きな声が聞こえてきた。
「おーい、はやく運べよ」
そんな声と、甲高い笑い声が雑多に入り交じる。ここはあんまり人が通らない道路なので声もよく聞こえる。
そこには六、七人の男子中学生の集団と二、三十メートル先に大量の荷物を抱える男の子の姿があった。いったい何なの今日は……。
私は思わず近くの横道に逃げてしまった。その集団の子たちは、みるからに気が強そうで、背も高くて、何となく怖かったからだ。
「おーい、遅えよ!! はやくしろクズ!」
集団の中の一人が怒声をあげる。その声は走る靴音と共にフェードアウトしていくようだった。荷物を持っている子の方に駆けていったらしい。 うー、怖い怖い。関わらないほうが身のためだ。横道の方向から帰るのは遠回りになるけど、この際、仕方ない。後ろを振り向かずに歩を進めた。
「おい! 顔面はやめとけって。バレちまうぞ!」
そう注意する大きな声がはっきり耳に届いた。……流石に暴力はまずくない? これがどの部位にキスマークの痕を残すかっていう相談なら問題はな……いや、それはそれで大ありだけど。ああ、ダメよ愛。その扉は開けるにはまだ早いわ。
……とにかく叫ぶぐらいだったらできるよね。
流石に暴力現場を目撃してそそくさと逃げる程薄情ではない。とりあえず状況がどういうことになっている確かめるため、横道を戻ってこっそり顔だけ出して様子を見てみる。
「てめえ、遅すぎんだろ!おら、何か言って見ろよ!」、「ハハハ、そんな事言っても無理だべ!こいついっつも変なアニメの小説見てて、まともに喋ってるとこみたことねえもん」、「なんだそれ、マジきしょ!」、「キモ! そんなの見てんのかよコイツ」、「あの目がデカい女が「お兄ちゃん」とか言うやつだべ?」、「うっわ~、ないわ~」
思った以上にボコボコにされてるー!? そこには集団で一人の子を袋叩きにする図があった。
こんなベタなイジメの現場はじめて見た……。というかさっきの西村さんの時といい、どれだけ世間のオタクの形見狭いのよ。まあとにかく、叫んで助け呼ばなきゃ。えーと、すいませーん、誰かーとかでいいのかな?
「す――」
そこで一旦踏みとどまった。もし、助けを読んでそんなにすぐに助けに来るの? 来なかったとして、私はどうなるの? 助けの声にあいつらがビビって逃げないで私に向かってきたらどうするの?
様々な想像が私をそこで動かなくした。もう自分で自分がどうすればいいのかわからなくなっていた。
……私、どうすればいいの?
「うるせえよ!」
私が一人で踏みとどまっていると、一人の叫び声が鳴り響いた。そして、その声を皮切りに、いったん集団の暴力は止まった。
「こんなことされて笑えるわけねえだろ!」
そう言っていじめられてた子は全員をにらみつけた。
「あとなあ、てめえら作品をそういう偏見でみんじゃねえ!見てねえてめえらにアニメやラノベの何がわかるんだ!」
……怒るところそこ?
「なにわけわかんねえこと言ってんだてめえ!」
その一人の発言を皮切りに、また再び取っ組み合いが始まった。そしていじめられていた子も「まず謝れてめえら!」等と言って反撃し始めたが、またすぐに袋叩きにあっていた。ああ、今度こそ止めなきゃ!
「……おい」
口を開いたのは、皆が一人の子を袋叩きにしている中、後ろでずっと傍観していた人だ。その声が発せられると、一瞬で、袋叩きにしていた全員が手を止めた。どうやら、あの人がリーダーらしい。
「もういくぞ」
「ええ、でも……」
「いいから!」
リーダー格の対応にただならぬ気配を感じたのか。反論しようとしていた男子は大人しく自分の鞄を拾い、帰り支度を整い始めた。それにつられるように他の連中も帰り支度を整え始める。
「まだ遊び足りないけど……まっいいか。じゃあな、水谷く~ん。また、学校でな~」
とどめの一発と言わんばかりに、そいつはいじめられっ子の鞄を逆さにして中に入っていた物を路上にぶちまけて、帰って行く集団に合流した。そして、リーダー格と思わしき男子は、グループの後ろから私の方をずっと見ていた。まるで「チクるなよ」と言わんばかりに。
ハッとして改めて視線を下に戻してみると、私は横道から顔を出して様子を見ていたはずが、完全に体ごと乗り出していた。
とにかく、あの子が心配だ。慌てて視線を前に戻すと、その子は淡々とぶちまけられた教科書やノートを拾っていた。
そして、すべて拾い集めた彼はどこかへ歩き始めた。しかし、下を向いてひどく思い詰めている用に見えた。
「……あの子、自殺とかしないよね?」
自分で言っといて不安になる。いまあの子の中ではショックで感情や状況判断の機能がうまく働いていない。そのまま勢いで命を捨ててしまうことだって十分にあり得る……かも。とにかくあの様子は普通じゃない。私は不安になり、後をこっそりたどった。
その子は坂を登り、私の家の近くにある、自然公園の方向に向かっていた。肩を上下させ、ひどくキツそうだった。恐らくそのまま自然公園に行くのだろう。自然公園は広いから人気が全く通らないところがある。しかも元々山を切り崩して作ったところなので、雑木林があるところも多くて、自殺にはもってこいの場所。どんどん疑問が確信に近付いていく……。
私の予想通り、泥だらけになった学ランを皆が不思議そうに見る中、その子は平然と自然公園に入っていく。それにしても自殺ってどう止めればいいのだろう。「やめて!」って叫んだところで誰あんたってなりそうだし。
しかし、私の様々な脳内シミュレーションの甲斐なく、その子は自然公園の中で、一番開けた芝生の広場にちょこんと座った。ははん、最後に綺麗な現世の景色を見納めとこうというわけね。
眼前に障壁がなく開けた広場で見る夕焼けは、私が初めてコミケに参加した帰りにみた夕焼けぐらい綺麗だった。あのときの達成感ったらすごかった。
そんな思い出に浸っていると、少年は、最後の生を満喫するかのように鞄から、本を取り出し読み始めた。表紙がちらっと見えたが、いじめっ子の情報通りしっかりラノベだった。最後の晩餐みたいなものかな。
それにしても、このままだと自殺するのは後の方になるかな。というか正直なところ、本当に自殺するかなんてわからないし。「死なないでください」とかいきなり言ってやばい奴だと思われてもイヤだし。うーん、どうしようかな。もうすぐ晩ご飯の時間だし。
そう思い悩みながら、彼の方を見てみると、その子はラノベに向かって一人で話し出していた。うわ、本格的にヤバいじゃん。やっぱ声かけた方がいいかな。
そう思って隠れていた茂みから出て、近付こうとしたが、またすぐに足を止めた。小説を読み始めた彼が突然泣き始め、そしてすぐにあははと笑い始めたからだ。
「うっわー……、やっぱり感情を司る器官どっかやられちゃったんじゃ……」
そう一瞬どん引きしたが、彼の顔は目がくしゃっとなって、心の底から幸せそうな笑顔だった。
……何であんなに幸せそうに笑えるのだろう。さっきまでいじめられて、好きな趣味のことけなされて、心もぼろぼろのはずなのに。
「あんな風に笑っていいんだ……」
素直に感心した。あんな風に私にも笑う権利があるのかもしれない。西村さんや女子の大半はオタクの人達のことを下に見てて、何となく肩身が狭くて、それはタブーのことだと思っていた。でも、それに対して対抗して。抵抗して。こういう風に、どんなに逆風が強くても、ああやって笑っていいんだ。そういう権利があるんだ。
「……帰ろう」
あの笑顔を見てたら自殺の心配などどこか行ってしまった。だってあんなにオタク文化を楽しめる人が、これから出てくる作品を見ないで死ねるわけないから。
そして、明日勇気を出して、中沢さんと羽田さんに話しかけてみよう。グループの子たちの反応とか周囲の反応とかは、ちょっと怖いけど。




