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ストレンジカメレオン  作者: チャンカパーナ橋本
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4-5 出来損ないのカメレオン

 自然公園の入り口から赴くままに足を進めた。


 どこに種田がいるのか。自然公園は広いので、それは一瞬ではわからなかった。そもそも種田母が居ると断言しているだけで本当にここにいるかどうかすらわからない。とにかく公園を一周してみる。

 

 ……それにしてもここに来るのはいつぶりであろう。現実で考えると、中三から来てないから五、六ヶ月ぶり。夢の中で考えると数日ぶりだろうか。


 自分を救ってくれたいい思い出が詰まった場所でもあるが、同時に苦い思い出が同居している場所でもある。あの頃は無性に外でラノベを読むことに心地よさを見いだしていたが、そもそも高校に入学してからは行く必要性もあまり感じてなかった。


「何かの巡り合わせなのかな……」


 自嘲混じりに苦笑いをする。ここはオタクを救う聖地の役目でも果たしているのだろうか。

 ……いや、違う。救うのはこの場所じゃない。俺が救わなきゃいけないんだ。


 ――だから、いまは好転する可能性に賭けてみたいの。


 ふと種田母がつぶやいた言葉が脳裏をよぎる。そうだ。今後も、種田の学校生活は三年間続く。種田母がある程度サポートすることもできるが、その手は学内までは及ばない。しかも、種田母はあまり家にいることも少なく、ただでさえハンディキャップがある。

 同じクラスで接する機会が多い俺が、種田に寄り添うことが何よりのベストだ。


 何より、俺はもう選択を誤りたくはなかった。実際見てもいないし見えもしない、そんな世間の評価に勝手に振り回されて動けなくなる。それで後悔してそのまま終わり。そんな結末は、あまりに惨い。


 決意は固まった。あとは行動のみだ。そう考えていると、広く開けた芝生の広場でぽつりと体育座りをする制服の女子の姿が見えた。


 そして、その女子は本を読んでいた。

 ゆっくりと、その背中に近づく。


「俺の嫁が竜騎士となって世界を救うようです……か。いま、ネット小説の中で人気沸騰中のタイトルだ。趣味が合うな」


 小柄な女子、もとい種田愛はそう言って隣に座る俺を一瞥して再び本の方に視線を落とした。


「……どうしてここにいるってわかったの?」

「それは……」


 言おうとして、一瞬言いよどんだ。種田のお母さんから聞いたと言ってしまえば、種田が昨日の出来事を親に必死で隠そうとした努力が、一瞬で水の泡になってしまうと思ったからだ。


「……お母さんね」


 種田が呆れたように言いきる。


「……知ってたのか?」

「どうせ最終的に昨日のことや、サボったことはバレるとは思ってたしね。それでも気持ち整理するために休みたかったの。それにあの人、気持ちを整理したかったからサボったって言えばどうせ許してくれるしね」

「ああ……」


 ものすごく腑に落ちた。確かにあの人ならそう言うかもな。


「で、なんで水谷君がここに?」

「……謝りたくて」


 本心から出てきた言葉を伝えた。


「……何で水谷君が私に謝る必要があるのよ」


 種田は声のトーンを崩さずにそう聞いてきた。


「……俺は種田が苦しんでいるのにただ見ているだけだった。独りになる辛さは知ってるはずだったのに、何もしなかった。それは絶対にしちゃいけないことなんだ。でも、それをやった。……だからそれを謝りたかった」


 そう言い切ると、種田は本から目を離し、俺の方をみて大きく笑い始めた。


「はーっはははは! あーお腹痛い。水谷君、超自意識過剰~っ! ははっ!」


 種田は存分に笑った後、笑い過ぎて滲んだ涙を拭うような仕草を見せて続けた。


「水谷君が謝る事なんて何もないじゃん。私が勝手に野田さんに話しかけて、そのときオタクを馬鹿にしたことキレただけなのに。どこに水谷君が謝る要素があるのよ」


 そのまま種田は視線を本に戻した。


「大体、水谷君はオタクな事バレずに平凡な生活送りたい人じゃん? なら、当然でしょ。あの場で何もしなくて。……それにしても謝りたいときたか~。水谷君、そのDT特有の自意識過剰気をつけた方がいいよ~。好きな子ができたとき困るよ~。大体――」

「俺なら救えた」


 言葉を言い放った矢先、僅かに間が生まれた。構わず俺は続ける。


「あの場で種田は悪くないと、そう言って種田のことを救えるのは俺しかいなかった」

「……厨二病も煩ってたか」


 種田はため息混じりにそう言った。


「俺が世間体とか、そういうものをないがしろにしてれば、種田の味方になれた。あの場で、種田の味方になれる可能性があったのは俺だけで。でも、そのチャンスを逃した。だから、謝らなきゃいけなーー」

「ありえもしない仮定ほど、残酷なものってないと思わない?」


 種田の声音が少し冷たくなった。


「それはいま、事が終わったから言えることだよ。結局、あのとき水谷君が何もしなかったことは事実。それは覆らない」


 ああ、そうだ。


「自己憐憫に酔ったふりして、不幸のヒロインを演じる遊びに私を使わないでくれる?」


 ああ、全くその通りだ。


「……ごめん。本当に野田さんとの件は一切水谷君とは無関係だと思ってるの。当然、水谷君が謝る必要はない。ただ、いまのはちょっと違うと思って」

「……ああ、わかってる」


 種田の言うとおりだ。俺はただセンチメンタルな人間を演じて、それに酔ってただけなのかもしれない。本人にそういう気持ちがなくても、そういう気持ちが一ミリもないとは誰も言い切れない。何より、そう見えてもおかしくないと俺が納得してしまった。


 ……では、これで終わりなのだろうか?


 種田は俺に対し、恨みを持っていない。これ以上、何もできることがない。

 ……終わりだ。確かに終わり。だけど、終わりであっても、俺は終わりたくなかった。

 行くべき道がないとしても、その場で停止することを余儀なくされても、終わりだと百パーセント決まっていても、


 俺はもがきたかった。

 馬鹿みたいに、奇跡を信じたかった。

 そんな自分が最後に導いた結論は、愚かで、浅はかなものだった。

 擬態をやめて、汚い本来の色を見せたままで正面からぶつかる。酷く幼稚で、子供じみたもの。

それが自分の答えだった。


「……これは俺のエゴだ」

「……え」


「……俺のエゴだ! 種田の力になりたいっていう俺の醜いエゴ! 打算だとか、自己憐憫だとか、結局は自分のためだとか、そういう酷く低俗なものなのかもしれない。いや、多分そうだ。きっとそうなんだ」


 我ながら、何を言っているのだろう。


「俺はただのオタクで、自分がかわいくてしょうがなくて、傷つくのが怖い、そんな人間だ。だから、種田を気遣うふりして、ただ自分に酔っているだけのクズなのかもしれない」


 言ってることが、めちゃくちゃだよ。


「クズだから、あの時、足が震えて動かなかった。野田たちが怖かったんだ。風貌も、権力も、その後の俺に対する対応も、全部。ただひたすら、怖かったんだ」


 何の話をしているんだ。


「だから、種田が早く謝って、この場が収まってくれないかってずっとひたすら願ってた。情けないだろ? 中学校のときのイジメと酷似しているとか適当に理由つけて、種田が折れることをずっと祈ってたんだ。種田は何も悪くないのに」


 もうやめろって。


「オタクだから何だっていうんだよ! 何で種田のことをろくに知らない野田に、種田が偏見で乏されなきゃいけないんだよ! 種田は悪いことしてねえじゃねえか! 仮に、オタクが過去に、野田に対してイメージを悪くするような何かをしていたとして、種田には何も関係ないじゃないか! どうして、どうして誰も、種田にしっかり向き合ってやらねえんだよ! 何で種田が下に見られなきゃいけねえんだよ! おかしいだろそんなの!」

「……もういい」


「種田はただまっすぐで、ただアニメが好きで、オタク仲間が欲しくて。何もバカにされたり、笑われたりするところなんてないじゃないか! 自分の趣味が大好きで、話題が共通する友達が欲しくて。そんなの、そんなの当たり前の感情じゃないか! 種田が良い奴だなんて、少し考えればわかることじゃねえか! なのに、何で種田が不遇な扱いされなきゃいけないんだよ!」

「もういいって……」


「あいつらが今後も種田に何か偏見で、間違った認識で種田を傷つけるっていうなら、俺は......俺は! 全力で種田を守る! そう約束する! 種田の言うとおり、こんなの結局種田の為にやるとかそんな綺麗なもんじゃない。だから俺が、ただ、俺自身がやりたいからやる。自分のために、種田を助ける! 種田がなんと言おうと、野田がどんなこを言――」

「もういい! 水谷君!!」


 種田の叫んだ声ではっと我に返った。視線を種田の方に戻すと種田はうつむき泣きじゃくっていた。


「ありがとう……ありがとう……」


 体育座りをしながら、ひたすら俺に向かって感謝の言葉をつぶやく種田を、俺はしばらく忘れられそうにない。


「やっぱり水谷君は……私のっ……ヒーロー、だよっ……」


 空はすっかり暗くなり、周りには俺と種田の存在しかない。そんな中、体育座りで種田のむせび泣く声だけが、やけに遠く響いた。

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