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ストレンジカメレオン  作者: チャンカパーナ橋本
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4-4 出来損ないのカメレオン

 授業が終わった後、すぐに種田の自宅に向かった。

 とにかくいまやるべきことは種田と接触を図ることだ。確認しなければいけないことが山ほどある。


 着いた矢先、さっそくインターホンを鳴らす。今日は臆することなく指がすんなり動いた。だが、その後の状況は昨日のデジャブではないかと疑念を感じるほどに同様の静けさを見せていた。


「……また出ないか」


 居留守を疑い、一旦門の前に戻って種田の部屋を確認しようとしていたところ。扉の向こう側から僅かだが、音が聞こえてきた。そしてその音は近づいてくる。


 どうやら誰かいるらしい。そしてすぐに「はーい」という女性の声が近づいてくるのが聞こえてきた。だがそれは種田の声ではなかった。恐らく声の主は種田の母親であろう。


「すいませーん。……あら?」


 そこに立っていたのは四十代前半といったところの綺麗な女性だった。スーツを着て、鮮やかな黒髪をしっかりと後ろで縛ったその風貌はバリバリのキャリアウーマンを彷彿とさせ、種田と瓜二つというわけではなかった。しかし、目元や鼻筋など、要所要所に着目してみると、そこにはちゃんと親子の面影があった。そしてそれは同時に、種田のポテンシャルの高さを俺に感じさせるものでもあった。そんなことを考えていると、種田母は俺の存在に心当たりがなく、困惑している様子でこちらを見ていた。慌てて挨拶をする。


「あっ、こんにちは。種田愛さんのクラスメイトの水谷です。今日は、愛さんの欠席分のプリントを届けに来たんですけど」


 そう言って、俺は一応持ってきていたプリントを取り出す。


「……ん? ……アレ?」


 なぜか種田の母親は首を傾げて戸惑っているようだった。

 ……俺はなんか変なことを聞いてしまっただろうか? なんだかこちらまで焦ってきてしまう。


「ああ、ごめんなさい。愛のことなんだけど。あの子、今日の朝、確かに学校行ったはずなのよ……」

「え?」 


 当たり前だが、俺は今日学校で種田の存在を確認していない。担任も今日は種田は欠席だとはっきり言っていた。

 困惑していると、種田母は何かを納得したようにはっとして、その後すぐにギリっと、表情を歪ませた。


「あいつー、自分で電話したわね」


 自分で電話? でもそれは……。


「いや、でも自分で電話したら流石に先生も疑うんじゃないんですか?」


 本人からの連絡はあまりに信憑性に欠ける。自主欠席するのに、有効な手だてとは言い難い気がした。


「ウチは共働きでね。あんまり私と夫が家にいないから、体調が悪いときは自分で電話して良いって言ってるの。現に私、今日は一か月ぶりぐらいに家に帰ってきたし。先生にも家庭事情は話してあるから、休もうと思えば休めちゃうのよ」


 ……確かに、家に上がったときも親は出張でいないって言ってたな。そんなにしょっちゅう行くほどまでだとは想像がつかなかった。


「それにしても、こんなこと今までなかったのに。毎学期ごとに欠席日数も確認してるし、隠してもどうせバレるのに……」


 種田母はそう言って後頭部を掻いた。種田もオタク関連の話をする際には、コロコロ表情を変え、リアクションも大きかったが、こういうところも母親譲りなのだろうか。


「……もしかして、愛、学校で何かあった?」


 声音が一段階下がって放たれた言葉は、重く響いた。それは、果たしてあの一連の騒動を、俺の口から言ってしまっていいものなのか。自分の中ではばかられるものがあったからだ。

 この質問を聞く限り、種田母はこのことについて、まだ種田から説明を受けていないのだろう。


 種田愛は他クラスの女子と揉めました。そして、いままでのことがやり玉に挙げられ、クラス中から反感を買っています。

 俺がこう口で説明することは容易い。実の親の前でこんなことを言うことは少々気が引けるが、種田にいまもっとも必要なのは味方だ。その味方を作れる。しかも、肉親というもっとも距離が近く、親身になってくれる人物を。そのことを考えたら、それは容易い相談であった。


 ……だが、種田はそんな心強い味方にも事の顛末を一言も言わず、ましてや登校しているとウソをついている。

 仲違いしている様子もないことを考えると、恐らく親に迷惑をかけたくないのであろう。それは、あくまで自己の経験をふまえた推測でしかないが。


 そしてこれが正解だとしたなら、ここで俺が種田母に、事の顛末を話してしまっていいのだろうか。

 中身はどうであれ、種田が必死で隠し通している、種田が隠したいと思っているこの事実を、俺の口から言ってしまっていいのだろうか。

 一体どれが、種田にとって望まれるべきことなのだろう。


「……」

「……うーん。ねえ、ところで水谷君は愛の友達?」


 答えあぐねている俺を見かねたのか。種田母は笑いながら質問を変えた。だが、これも同様に答えづらい質問であった。


「……正直、わかりません。僕は友達であると思いたいです。でも、たぶん僕は友達と名乗る資格もない」


 自分で言い切っておいて、ふと我に返る。こんな本気の答えをお母さんに言ってどうするんだ。

「す、すいません、何かいきなり語っちゃって」


 はははと、渇いた笑いを浮かべる。自分に出来る、精一杯の取り繕いであった。

 そんな俺に対し、一瞬驚いたような素振りを見せたのち、種田母は一拍おいて、穏やかな笑みをこちらに向けていた。


「……そう」


 それは余りにも優しい声音だった。


「……ありがとね、本当の言葉で話してくれて」


 そして突然放たれた感謝の言葉に俺は戸惑った。なぜ俺は感謝されたのだろう。この人はなぜこんなにも穏やかに微笑んでいられるのだろう。純粋な疑問であった。


「うちは方針でね、愛には本当の、自分の言葉で話せって言っているの。……突然だけど、水谷君はこの方針どう思う?」


 本当に突然の問いかけに、いまいち意図が掴めず俺は困惑した。


「……本当の言葉?」


 思わず問い直す。


「うん、取り繕わない、自分の意志が通った、本当の言葉」


 ……質問自体の意味はおおよそわかったが、この質問を投げかけた意図はいまいち掴めなかった。そして、いつものように世間の正解を探そうにも、いままで問われた例のない質問だったので、自分の見解を言わざるを得ない。そう感じた。何より、この人はそういうものを求めていなさそうにも見える。


 ……俺はありのまま自分の見解をさらけ出すことにした。


「……正直、残酷だと思います」


 本当の言葉、自分の言葉で話せなんて言うのは恵まれた、下層の人間が見えない人間しか放てない言葉だ。その言葉についてきてくれる人間がいるから成立する話だ。下層の人間は、それよりも、自分の言葉を殺してでも、生き残る術、安全を確保する術を身につけることが大切だ。自分の流儀を押し通して、心が壊れてしまっては元も子もない。 


「うん。確かにそうかもしれないわね。……でも、一生偽りの言葉を吐き続けたって、そこに集まってくるのは、偽りの自分を好む人だけだと思わない?」


 ……こんな戯言は、強者の無理解の上でしか通用しない論理だ。


「それは本当に傷ついたことのない人間がいう言葉です。苦しい思いをしたことのある人は、怖くてそんな言葉は吐けません。手段が虚飾や欺瞞であろうとも、とにかく心に堅牢な檻を作るんです。そしてそれは必要なことなんです」


 俺は、誰のためにこの言葉を吐いているのだろう。その問いに対し、明確に回答する自信はなかった。


「……なるほどね。確かにそれが普通なんだろうね。子の苦しみを願う親なんていないもの。私のこの方針は褒められるものではないわ」


 ……そうだ。取り繕うということは努力の証だ。求愛の証拠だ。それは排他されるべき感情ではない。


「……でも、それでも少なくとも、あの娘にとっては、この教育方針は正解だったみたいね」

「え?」


 種田母の言葉を、俺は上手く解釈できないでいた。


「だって、水谷君みたいな本当のお友達が出来たもの」


 ……なにを言っているんだろう、この人は。


「いや、だから俺は友達なんて名乗る資格なんて――」

「本当に大切だからそう言えるのよ」


 俺の言葉を遮り、種田母はそう告げた。


「本当に大切だから、資格がないだなんて、そんな悩み方ができるのよ」


 ……違う。そんな綺麗なものではない。本当に俺は資格を与えられるべき人間じゃないんだ。種田に手を差し伸べなかった。自己保身に走った。ただそれだけのことだ。


「……そんな綺麗なものじゃ――」

「まあ、そんな愛の貴重な友達の水谷君に私はひとつお願いしたいことがあるの」

「え?」


 俺の話など聞かずに、種田母はコロッと表情をおどけたものに変えて、そう告げた。この一家は、人の話を聞かない伝統でもあるのだろうか。


「いや、だから俺は」

「……私は、水谷君にしか出来ないことだと思っているのよ」


 温和な表情の中、俺の方を見つめる種田母の目には、確かな真剣さが宿っている気がした。


「……一応、話だけは聞きます」


 だから俺は、そう譲歩の言葉を口にした。


「ありがとう、そうねあれは愛が丁度中学生の時だったかなあ」

「は?」


 思わずチンピラのように聞き返してしまう。真剣そうな様子だったので、なにを語り出すのかと思えば、種田母は昔の思い出話を語り始めようとしていた。いきなり謎の教育方針の話をし始めたり、種田家は情緒不安定なんじゃないか……。


「いまの愛って野暮ったい感じに見えるかもしれないけど、中学校の頃は結構かわいかったのよ~。髪の毛もいま無理やり黒染めしてるけど、昔は地毛のままで綺麗な赤毛だったし」

「えっ、あれ染めてるんですか?」

「うん、中学の時、先輩とかにすっごく髪の毛についていびられたらしくて。高校はいったら染めちゃったの。美容院で染めてきなさいって言っても、あの子、漫画とかゲームに使っちゃうし」

「ははは……」


 あまりにも意外な種田のエピソードに思わず食いついてしまった。というか、俺が言えた事じゃないかもしれないけど、そこは素直に美容院行っとけよ種田……。


「で、それが何か関係が……?」

「ないわ、娘のポテンシャルを世に広めたかっただけよ」

「……」


 もしもこの人と同級生だったら多分友達にはなれなかっただろう。いや、あっちから願い下げかもしれないけど。


「ごめんごめん。そんな顔しないで。でも、ちょっとは関係あるのよ。あの子、そういう何か嫌な事があったとき、必ず行く場所があるの。水谷君、場所教えて挙げるから行ってきてくれない? めんどくさいかもしれないけど、頼むわよ」

「まあ、いいですけど。あの、決して、種田に嫌なことがあったわけでは」

「いいのよ、隠さなくて」


 そう言って種田母は笑った。


「さすがに今回どんなことがあったのか、私も大方察しがついてきたわ。母親って、子が思っているよりは鈍感じゃないから」


 ……完全に見透かされているな。


「自分で行っておいて何だけど。あんな教育方針で娘育てちゃったもんだから、娘に敵が多いのも何となくわかってるし。助けたいのは山々なんだけど……いま求められてるのは私じゃないっぽいから」


 そう言って、種田母は俺の方を再び見据えた。


「私は最後の防波堤になればいいわ。いざとなれば、命がけで娘を救う覚悟がある。だから、いまは好転する可能性に賭けてみたいの」


 自分が恥ずかしい気持ちになった。自分が思う何倍も、親というものは見えているものなのかもしれない。少なくとも、種田家ではそうらしい。


「わかりました。いってきます」


 種田母の言いたいことは理解できるし、ここはこの案に乗っておくことが得策であろう。俺がどんなに種田にこの後、嫌われようと、種田母が後は何とかしてくれる。非常に頼もしい存在であった。


「ありがとう。早速だけど、ここを真っ直ぐ行った大きな坂の上に大きな自然公園があるの。豊後自然公園っていうんだけど、知ってる?」

「……ああ、知っています」

「そこに愛、いると思うから。よろしく」

「……」

「ん、どうしたの?」

「あ、いえ」


 内心、驚いていた。そこは俺が中学時代、よく通っていた場所だったから。


「水谷君、愛をよろしくね」


 まるで娘を婿に出すかのように種田母は優しくほほえんだ。

 そんな種田母に対し、俺はしっかり「はい」と返事をして目的地の方向に体を向けた。しかし、最後に一つ疑問があった。


「……あの、最後に一つ」

「ん? なに?」

「……なんで、いきなり来た俺なんかをこんなに信頼して……。下手したら、ただ誰かに頼まれて来ただけかもしれないのに」

「あれ、わかってなかったの?」


 種田母は心底不思議そうに首を傾げた。


「最初の答えがすべてよ」


 そう言って種田母は煙草を取り出し、火をつけた。


「自分には友達を名乗る資格がないなんて。あんな悩み方ができる水谷君が、愛にとってどうでもいい存在な訳ないじゃない」


 煙草の煙を吐き出し、「当然でしょ?」という顔でこちらを見る種田母を、俺はまともに見ることができなかった。それぐらい、身にしみる言葉だった。


「大切だから言葉を選ぶのよ。大切だから慎重になるし、言いよどむ。……その気持ちをくみ取ってあげられないほど、私は浅い人生歩んでないつもり」


 俺はいままで知らなかった。良くも悪くも、自己肯定の言葉がこんなにも心地よいものだとは。……だが、いまやるべきことはそれに浸ることではない。 


「……種田のお母さん」

「ん?」

「……自分が助けられなくても、必ず種田を救ってあげてください」


 そんな俺の言葉に対して種田母は片頬をあげた。


「……当たり前よ。何のために私がいると思ってんの。自分のやるべきこと考えて、思いっきりぶつけてきなさい」


 俺はこくりとうなずく。そして、振り向かず自然公園へと歩みを進めた。

 擬態は、もうやめた。


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