表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストレンジカメレオン  作者: チャンカパーナ橋本
PR
22/27

4-3 出来損ないのカメレオン

 翌日の学校は昨日のことなど忘れてしまったかのように、穏やかであった。とはいってもそれは、俺が昼休みになるつい今まで、種田のことを気にかけて上の空のまま過ごしていたからこそかもしれないが。


「そんで今岡マリがさあ~」


 坂本がドラマの話を続けるが内容はほとんど入ってこなかった。

 ……種田との会話は少し違かったな。


 誰と会話しても、自己の必要性を感じたことはなかった。

 俺が他の人に成り代わっても、その会話は滞りなく成立するような。そういった空虚さが常にあった。そしてそれは現状も例に漏れない。


 坂本はいい奴だ。基本的にテンプレートに乗っ取った会話しかしない退屈な俺といまだにつるんでくれている。中村は下ネタがヒドい一面があるが、それは裏を返せば中村の個性だ。

 要は、この二人には代替が効かないのだ。だが、俺は一体どうであろう?

 ここにどんなやつが入ろうと、おおかたの人間は俺の上位互換となるだろう。それはもはや自明の理であった。


 そんな俺は、図々しいかもしれないけど、種田との会話の中では自己の必要性を感じられた。

 俺はいつでも正解を探して会話をしている。世間の解答例を参照して、より答えに近づける努力をしている。

 これは悪いことではないと自分では思う。誰だって多かれ少なかれやることだし、否定出来るものではないのだろう。


 しかし、種田とのやりとりの中では、何というか、俺は自分の中のフィルターを通さなかった。ありのままの言葉で会話できた。

 どっちに問題があるかと問われれば確実に後者であろう。モノを考えずに言葉を発することで人間関係は崩れていく。これは褒められることではない。


 ……けど、気持ちが楽だったことは確かな事実で、あれは悪いものではなかった気がする。


「つうかさ、昨日のアレ、まじウケたよなー」

「ああ、種田と野田の対決だべー」


 そんな言葉が、ふと耳に届く。声の主は坂本や野田ではなく、俺の前方の方から聞こえた。


「種田って、ホントズレてるって言うかさー。何か、変な奴だよな」

「なっ、マジキモかった」


 その比較的大きな声は教室の中で広く行き渡った。そしてその大きな声は、結果的にクラス中の視線を集めた。だが、各々がどんな感情を抱いてそちらを向いたのかはわからない。


「あー。……つうかさ。皆も思わなかった? まーたオタクが騒いでるよみたいな」


 居心地が悪かったのか。顔は認知しているが、名前は覚えていないクラスメイトが周囲に同意を求める。


 その言葉に対する反応は様々であった。友人間で目配せし、確かにと同意するもの。笑うもの。無反応の者。一つ確かなことは、俺を含め、誰も否定する者はいなかったことだ。

 そしてその話題を皮切りに、教室中では、種田の話題が蔓延し始めた。


「そういえばさ、四月の最初の方に種田さんとちょっと喋ってみたらさ、あいつ『アニメとかって観る?』っていきなり聞いてきて。マジ、私が同類にみえるのかって感じ! 超うざい」


 俺は知っている。種田は純粋に趣味の合う友達がほしかったことを。アニ研を作ることが、目標だったことを。その言葉に悪意などないことを。そして、その言葉を投げかけるのにどれだけの勇気を必要としたかを。


「ってか、種田と俺すれ違った時さー。目真っ赤の種田にすげえにらみつけられて。まじ不気味で恐かったなー」


 俺は知っている。種田がお前をにらみつける義理などないことを。そして、目が真っ赤なのは単純に徹夜明けだと言うことを。


「俺も種田に部活あるから掃除当番代わってっていったら! すごい剣幕で何で私がやらなくちゃいけないの? ってにらみつけられて。まじどうせ暇なんだから代われよブス」


 なんで順番に決められた掃除当番を種田が代わらなければならないのか。当然の権利を主張した種田が、なぜ責められなければならない。そして、人の容姿を咎める権利があるのか。


 ……果たしてこのクラスの何人が、種田と面と向き合った上で言葉を発しているのだろう。どのくらいの人間が、悪意ある偏見を取り除いた上で、種田に対する意見を投げかけているのだろう。

 ……いや、俺もこんな偉そうなことを言える立場ではない。所詮、俺は言葉は発さずとも、この場を収められないただの傍観者だ。


 種田がいないことをいいことに、それぞれ意見を言う者もいるが、中には無表情で関与しない者もいた。俺もそいつらと同類だ。心にどんな気持ちを持ち合わせていようが、都合のいいポジションに留まる。もしかしたら、一番たちが悪い存在なのかもしれない。


「んだよー。皆もやっぱそう思ってんじゃん! びっくりしたー」


 安堵したようにそいつは一緒にいた奴とまたわいわいと種田の話題を話し始めた。心底疑問に思った。皆がそう思ってたら、その人をバカにしていいのだろうかと。


「マジ今度新しく出来たテラモ行こうよー。フォーカスとか、いいブランドいっぱい入ってたよ」

「はは、まあ、大会終わったらな」


 そう考えているとき、世間話をしながら教室に戻ってきたのは三田や沢田たち率いるトップカーストであった。

 その存在をクラス中の各々が認知したとき、一瞬間が生まれた。

 恐らく、みな臆したのだろう。いまの会話が不正解と断定されるかも知れないと。


 三田たちが戻ってきた以上、このクラスの絶対的権利者は彼等だ。

 彼等が、種田をバカにしていることに対し、否定的な感情を持ち合わせていたら。基準と自分の意見がズレていたら。そこに、断罪は避けられない。

 そこで皆が選んだ選択肢は沈黙であった。クラス内の行動は、しっかり理屈に沿ってまかり通っていた。


「ん? どうしたこの空気?」


 沈黙を不思議に思った三田が、クラス中に解答を求める。この質問に答えるべき者がいるとしたら、最初にこの話題をクラスに提唱したやつだろう。それを示すかのように、皆は一斉に会話の種をまいたクラスメイトを見た。


「あ、ああ。今さあ、ちょうど種田の話題で持ちきりでさあ」


 そいつは淡々と話した。平静を装っているが、内心は当て馬にされ、穏やかではないのだろう。額にはほんのり汗が浮かんでいた。


「ふうん、どんな?」


 その質問はそいつにとって追い打ちであった。いまから、種田の悪口を言っていた事実を裁判長に話すのだ。仮に三田と意見が食い違えば、そいつの地位は危ぶまれる。ニ択のギャンブルだった。


「い、いやあ、種田ってズレてたよなあとか。あいつオタクのくせに偉そうだったよなみたいなことを皆で言ってた」


 やんわりと全員の言質をとることがこいつの精一杯であった。内心義憤を感じる者もいただろうが、あながち間違ったことも言っていないので、否定の意を唱えるものはいなかった。


「ふぅーん」


 三田は心底興味なさそうに返事した。こういうトップカーストにとってそこら辺の民の行動など興味外なのだろうか。


「あー、マジその話! ほんとうざいんだけどアイツ!」


 三田の代わりにそう騒ぎ、共感し始めたのは沢田であった。


「あの陰キャ、かおりにいきなり喧嘩ふっかけやがって。やっぱ引きこもりって、ろくな性格してないよね」


 話の流れを顧みると、恐らくかおりとは野田の下の名前であろう。しかしオタクと引き籠もりをセットにして話すのは、幾らなんでも横暴なように思えたが、それはやはり彼女達にとって、普通のことなのだろう。


「そうなんだよ! そんであの騒動ある前にも、結構皆の周りでも色々あったらしくてさ! その話でみんな話題持ちきり!」


 息を吹き返したようにそいつは勢いよく話しだす。周囲も、トップカーストから得た悪口を言う免罪符に安堵し、笑みを浮かべ始める。


「あいつさ~かおりが何もしてないのに、いきなりバカだのなんだのってディスり始めたんだよ。ひどくない? 良輝」


 それは事実の歪曲も良いところの発言であった。

 しかし、いまはそんなこと、クラス内にとってどうでもいいことだった。三田の同意こそ得られれば、それはどんな権利にも屈しない本物の免罪符である。自分たちが発した種田への言動が正当化される。罪には問われない。


「ん~……。まあ、それが本当のことならヒドいな」


 クラスの大半が勝訴を得た瞬間である。


「ね、私の親友に。ホント許せない」


 どう考えても、沢田の言動は虚偽の報告である。だが、それを否定しない者がいない以上、三田にとって真実は沢田の証言になる。そして、三田を否定することにメリットを感じないクラス内の人間は相変わらず閉口したままであった。

 しかし、まずい。どうやら野田は沢田の親友らしい。種田は結果的にトップカーストを敵に回すことになってしまった。


「まあ、俺は騒ぎの時、朝練しててギリギリに教室入ったからよく知らんけど」


 否定的でもないが、肯定的でもないその言葉は種田にとってわずかな僥倖であろう。事実、クラスは再びわずかに沈黙に包まれた。


 だが要は三田が、種田や沢田たちに対し、無関心なだけのこと。いつ刃が向くかもわからない。

 やはり、誰かが種田の味方についてやらなければならないことは確かである。種田は間違っていない。そういう感想を抱いた人間が、正しさとかそういうものは、もはやないがしろにして、ただ種田をひいきしてやればいい。そうしなければ、味方のいない人間は、いともたやすく傷つき心が崩壊してしまう。


「はは、みんな結構、鬱憤が溜まってたんだなあ」


 周囲の様子をみていた坂本がそう口を開いた。


「……ああ」


 俺がわずかに首肯する。ホントに、溜まってるよ。種田をひいきしている身としてはね。


「まあ変わった人だったからねえ」

「ああ」


 変わってるよ。種田と向き合うこともなく、無責任に言葉を吐いている。

 ……とは言っても俺も数日前まではそっち側だった。人のことを言える立場ではないのだろう。

 自戒を込めて心の中で苦笑いをする。


 俺からしたら変わってるのは周りで、周りからしたら変わっているのは俺なのだろう。

 俺の考え方が変わったからと言って、表だって見えるのはいつもの俺だ。

 中途半端な擬態を覚えて、人の顔色を窺って、傷つくことを恐れ、種田のことに関しても異を唱えない。大人しく中途半端で、出来損ないのカメレオン。それが俺。


 中身が変わっても行動を変えなければ。俺はいつまでも出来損ないのままであった。

 そして、それだけは絶対にごめんだった。

 いまからでも、変われるのだろうか。擬態をはがして、種田のために最善を尽くせるだろうか。

 そして、それらが可能だとするならば、俺がいまやるべき事は、一体なんなのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ