2-3 徐々に、徐々に
「……えー、全力を尽くしましたが結局、部員を集めることが出来ませんでした。本当に、まことに、すいませんでした――!!」
土下座に対するプライドが皆無になったのはいつ頃であろう。日本において最も恥ずべき行為であるはずの土下座を、自分はいま惜しげもなく同級生の女子に行っていた。
……というかプライドがなくなったのは考えるまでもなく中学時代だった。返せ! 俺の中学時代の、健康で文化的な最低限度の生活を返せ!
「い、いくらここの人通りが少ないからって土下座はやめて!」
我が校の校舎裏にある焼却炉は数十年前に使われなくなった過去の遺物だ。それ故、いまではここに人が来ることは珍しい。
「いや、何か本当に申し訳なくて……。今度はしっかりやるんで、許してください!」
俺は改めて深く頭を地面につけた。
「許す許す! だから、っほら! 立って立って!」
種田が腕をつかんで俺を起こそうとしてきたので、そのまま素直に立ち上がる。
「はあっ……。……水谷くん、さすがに土下座が安すぎてひくわ」
「土下座に含まれている記号は「最上級の謝罪」。故に、これを機械的に出来れば有効な防衛手段になるという、俺の実践で得たサバイバル術だ」
「……ごめん」
ポンと種田に肩をたたかれ、ひどく惨めな気分になった。
「……まあ、とにかく。任務を果たせなかったことは事実だ。申し訳ない」
俺は改めて頭を下げる。
「水谷君……。そんなに責任を感じて……」
いや、一応ポーズ取っておかないとオタクな事バラされそうだし。
そんな俺の魂胆とは裏腹に、種田はちょっとウルっときてた。クソちょろいですわ、コイツ。
「いいのよいいのよ……。正直水谷君にはあまり期待してなかったから」
「えっ」
そんな矢先、まさかのカウンターパンチ。
「適当なこと言っておけばもしかしたら何かがあるかもしれないと思って一応言ってみただけ。二パーぐらいの期待しかしてなかったから」
「……いい性格してますねえ」
怒りの感情を持ったまま笑顔を見せたのは初めてのことだった。
「まあ、でも水谷君の、そのムチャクチャな隠れオタク理論? ……どうやら今回に限っては意外といい線いってたっぽいわよ」
そういって種田はスマホを俺に差し出す。
「何だこれ……ツイッター? 名前は……真里奈@翔推し……?」
そこには名前と一緒に、何度も撮り直しを重ねたのであろうと予測される、男キャラのコスプレをした女子の自撮り画像が一緒に添付されていた。
「そう、どうやらこの子、五組の野田さんっぽいのよ」
「五組の……野田……だと……?」
「絶対誰かわかってないわね」
種田の言うとおりだった。まあ、同学年の顔と名前なんて覚えてもなあ。俺みたいに適当に学校生活送ってる奴なんて、自分の利害関係者だけ覚えとけば十分だし。
「野田さんはちょっとギャルっぽい子ね。昼休みにさりげなく顔だけ見に行ってみたら、ものすごい大声でキャッキャキャッキャ笑ってたわ」
「苦手~……」
あんまりいい思い出のないタイプの女子であった。
「確かに第一印象はあまりいい方ではなかったわ……。でも、しっかり話してみるまではわからないし、何より私が偏見で決めつけたくはないわ」
いい志だ。素直にそう思った。
「なるほどね。……ん? てか話しかけるまではってことは、まだ話しかけてないのか?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ何でツイッターのアカウント知ってるんだよ。仲良くなってアカウント聞いたんじゃないのか」
「いいえ、私のネットサーフィンスキルを全力で駆使して発見したわ。高校名と学年をプロフィールに記入していたし、特定余裕だったわ」
種田は自分のやっていることの恐ろしさがわかってないのだろう。ふふーんと、鼻高々に胸を反らしていた。
「それって今流行りのネットストーカー……」
「情報強者と呼びなさい」
脅迫したりネットストーカーしたり、いちいちやり方が犯罪臭いんだよコイツ……。
「盲点だったのよねえ。見るからにオタクとか毛嫌いしてそうなタイプだし」
「まあ確かに」
見た目で人を判断するなとは良く言うことだが、自己の防衛の手段として見た目で判断することも時には必要だ。わかりやすい例を述べると俺がいきなりヤンキーにオタク話持ち込んでも絶対「あ?」って険悪になる。……うん、それは俺のコミュニケーション能力に問題があるな。
「まあ、それでその……野田さんをどうやってスカウトするんだ?」
「うん、それなんだけど」
会話の途中で、種田はスマホで検索を始めた。
「水谷君。この画像何かわかる?」
そこには銀髪のイケメンが映っていた。もちろん二次元の。
「……わからん」
「これはいま人気のBLゲーム、『吟遊詩人のレジデンツァ』のキャラクター、クリフォード翔よ」
「お、おう……」
言われても全くピンとこなかった。俺はそっち方面はからっきしなんだ。
「私もこちらの分野には疎い方なのだけど、プロフィール欄に作品名を載せてたから一瞬でわかったわ」
「えっ、お前こっちが専門分野じゃないの?」
「まあ、強いて言うなら私は乙女ゲーが専門分野かしらね」
「……乙女ゲーとBLゲーって何か違うの?」
「水谷君刺されても知らないわよ……。今度説明してあげる」
種田の反応から察するに恐らく全くの別物らしいな……。帰ってググっとこう。
「まあ、このように、自分のクリフォード翔のコスプレ写真をサムネイルにして、わざわざ名前にクリフォード翔を推しているという情報を添付し、さらにツイートの大半がクリフォード翔関連というとこから察するに、野田さんはいわゆるクリフォード狂いよ」
「多分、他にもっと言い方あったろ」
オブラートに包むって重要なことだと思います!
「このことを踏まえて、いま私たちが野田さんを部員に引き入れるために何をすべきかわかる?」
「そりゃ……野田の家族を人質に取るしかないだろ」
刹那、種田から腰の入ったいい正拳突きをお見舞いされる。
「うぼぁ!」
「わかるでしょ? 野田さんを部員に引き入れるためには、私たちもクリフォード狂いになる必要があるってことが」
「ま、待て、その理屈はおかしくないか?」
ダメージを背負いながら反論をする。
「た、確かに前回、種田が新入部員と共通の話題を持っていないことには、誰も入部してくれないみたいな話はした。したけど、それは勝手に種田が共通の話題づくりのために奮闘すればいいだけの話だろ。な、なんで俺までクリフォード狂いにならねばいかんのだ」
俺の至極当然の見解に対して、種田は顎に手を置き考える素振りを見せる。
「理由ね……」
「あっ、あとお前、さっきからさりげなく、俺はもう部員の頭数に入っているみたいな感じで話してるけど、俺はあくまでメンバー探しを手伝うだけだからな。前にも言ったけど、入部したらオタクな事バレるし……つか、俺もそのBLゲーやってスカウト行くみたいな流れになってるけど、そんなことしたら、野田経由で俺がオタクだってことバレるじゃねえか!」
「ああ、うん。いまさら気付いたの?」
「気付いたのじゃねえよ! 俺はあくまで手伝うだけ! それ以上はやらん!」
「水谷君、そろそろ学んできたでしょ? 私が図書館での音源を持っている限り、もう私には逆らえないって」
そう言い放って、そのまま種田はまた理由を考え込み始めた。
ぐっ……、こいつどんどん俺の弱味を悪用してきやがる……。いつかてめえの弱味を握るか、あのレコーダーぶっ壊してこの関係から解放されてやるからな……。
……だが、種田よ。いまお前が頭を悩ましているように、理由の方はなかなか見つかるまい。
何はどうであれ、作品を無理やり強要するということはオタク界にとって最大のタブー。そういうオタクに成り下がるというのかお前は!!
すると突如、しばらく考え込んでいた素振りを見せていた種田が何かひらめいたかのようにハッと声を上げる。
「水谷君、オタクって……何なのかしらね」
哲学かな?
「……普通に何かに熱中する人々だろ」
「言葉の意義的に考えるとそうなるわね。じゃあ、真のオタクって何かしらね」
「はい?」
種田がふっと鼻で笑う。
「真のオタク、そうそれはね一つのジャンルに熱中するために努力を怠らない人よ」
「……」
な、何を言っているんだコイツは……。
「水谷君、あなたとなりのソボロ見たことある?」
「ああ」
となりのソボロは日本を代表するアニメーションの一つだ。毎年夏休みに放送されるので、日本国民ならほぼ見たことのあるタイトルだ。
「最近みた?」
「おう。自慢じゃないが十回以上はみてるぐらい好きだ」
「なるほどなるほど。じゃあそんな水谷君に質問。そのソボロ、小さい頃見たときと今じゃ全然印象が違くない?」
「……まあ、確かに。昔はソボロと遊んだら楽しそうとか漠然と思って見てたけど、いま見ると家族愛みたいなテーマが見えてきてまた違う面白さがある」
「そう! それよそれ! 真のオタクっていうのは、そういう楽しみ方も出来るように精進しなければいけないの! そしてその楽しみ方をするにはインプットが必要なの!」
……種田が帰結しようとしている方向がわかった気がする。
「つまり、真のオタクとなるインプットのためにそのゲームをやれと?」
「ええ」
「……種田、自分で言っていてそれは苦しいとは思わないか?」
「まあ、とにかくあなたもやりなさい。やらないとオタクバラすわよ」
「結局それかよ!」
このままだと俺は一生種田の言いなりだ……。




