最悪の事態
「ありがとう、エリカ。本当にごめんね、作戦を無視して……」
「いいのよ。そんなに何度も謝らないで。私たち、パートナーでしょ?」
「うん……」
「それに、結果的には、これでよかったのかもしれない。たとえ作戦通りにいったとしても、私は射撃の素人。もしかしたら、5発の弾丸すべてが外れるという最悪の事態だってありえたからね」
「そ、そんなこと、ある?」
「全然ありえるわ。知っての通り、このポンコツ拳銃の命中精度は終わってるし、現実はゲームみたいに思い通りにはいかないものだから」
「そりゃまあ、そうかもしれないけど。それって、本当に考えうる最悪の事態で、そうそうあることじゃないでしょ?」
「最悪の事態なんて、他にもいくらでもあるわよ。そもそも、弾丸が当たる外れる以前に、一発も撃つことさえできない状況すらありえる」
「たとえば?」
「あなたの"おとり"的な動きを不審に思ったガートルードが、野生の直感を発揮して、私が隠れてる場所に気づく――とかね。ああいうケダモノみたいな奴は、人間より動物に近いから」
ケダモノて。
あまりといえばあまりな言い方に、ちょっと同情してしまう甘っちょろい私。
「酷い言いようだなあ……確かに、怖い子だったけど」
「そうなれば、ブンと剣を一振りされて、私はバラバラ。飛び散る血しぶき。あいつは大喜び。あなたは泣き叫ぶ。……一応聞くけど、泣いてくれるわよね? 私が目の前で死んだら」
「目の前で人間がバラバラになったら、それが誰であれ泣き叫ぶよ」
その言葉で、エリカは若干ムスッとした。
『それが誰であれ』という部分が気に入らなかったのだろうか。
だから、私はちょっとだけ言葉を付け足す。
言葉と同じく、ちょっとだけ真剣な顔で。
「……エリカが死んだら悲しいよ。嫌だよ。泣くに決まってるじゃん」
本心だった。
他の誰かなら、いくら死んでも構わないというわけではないけど。
それでも、エリカが死ぬのは嫌だった。
だって……。
「私、エリカのこと、好きだし」
別に、変な意味じゃない。
これまでのやり取りで。
彼女のことを気に入り。
信頼している。
それだけのこと。
信頼してるって?
まだ、出会って一時間も経ってないのに?
いいじゃん別に。
エリカだって、私を信頼してるって言ってくれた。
だから、私もエリカを信じる。
何より、エリカは私を助けてくれた。
気を失った私が目覚めるのを、待っててくれた。
これ以上に『信頼できる根拠』なんて必要ない。
だいたい、人を好きになるのに、時間なんて関係ないでしょ。
あ、もう一回言っとくけど、変な意味じゃないからね。
それなのに、妙な間を置いたせいで、思ったよりもガチなトーンになってしまった。やばい。変な子だと思われて引かれたかも。私は慌てて両手を振り、『変な意味じゃないよ』と付け加えようとしたが、エリカは特に引いているような様子もなく、しばらくこっちを見てから、照れたように目をそらした。
な、なによその反応……。
なんか、変な空気になっちゃうじゃん……。
「ね、ねえ。照れるくらいなら、最初から変なこと聞かないでよ……」
「そ、そうね。話を戻すわ。えっと、何の話だったかしら?」
「起こりえた最悪の事態について」
「そうだったわね。第二に考えられるのは、あなたを狙ったはずのガートルードの衝撃波が、運悪く私の隠れている場所を直撃する――とかかしら。もっとも、あいつの衝撃波は発生から数秒で拡散して消えるから、これについては、あまり心配していなかったけど」
エリカは事も無げに言ったが、ガートルードを狙撃地点に誘導すればするほど、エリカに近づくことになるので、そのリスクは高まる。ならば、そういう『事故』が起こる確率は、決して低くないはずだ。冷静に考えて、私は青ざめた。
「そうならなくて、本当に良かった……」
「あとは、前にも言ったけど、ガートルードの着てる甲冑が最大の関門よね。頭に当たらなきゃ、確実には殺せないんだから。すべての弾丸を、あの甲冑にはじかれるという『最悪の事態』も大いにありえた。でもまあ、確率的には、射程距離内で5発撃てば、殺せはしたと思うけどね。ただ……」
「ただ?」
「この拳銃は私の……いえ、私"たち"の切り札。無駄弾の消費はなるべく抑えたい」
「そうだね」
「だから、予定外の行動ではあったけど、あなたの体当たりでガートルードが逆上し、『野生の直感』を働かせる余裕もなくなるほど我を忘れてくれたのは幸運だったわ。おかげで、私は彼女の背後に忍び寄り、超至近距離で頭を撃ち抜くことができた。弾丸の消費はたったの1。ある意味では、理想的な勝利ね」
「理想的な勝利の割に、私の体と心はボロボロなんだけど……」
「心配いらないわ。あなたは『超体力』の持ち主。少なくとも『体の傷』は、すぐに治るわよ。体力のある人って、ケガや病気の治りが早いでしょ? 今のあなたなら、10分もすれば顔の腫れも、切れた口もほぼ完治するはずよ」
「心の傷は?」
「気合で何とかして」
「はぁい。……でも確かに、言われてみれば、もう鼻血は止まってるし、口の中だって結構ざっくりいってたはずなのに、あんまり痛くない。これも『超体力』の回復力の賜物なのかな」




