魚
「そういうことなんでしょうね」
「ふぅん。運動能力に加えて回復力まであるなんて、『超体力』って、かなり良いスキルなんだね。まあ、そのせいで、ちょっと調子に乗って『ガートルードに体当たりしてみよう』なんて思ちゃったわけだけど」
「羨ましいわ。私、『体力がある』って状態が、どんなものなのか知らないから」
そこで、ちょっと疑問に思ったことを問う。
「ねえ。えっと、このデスゲームの元になったゲーム……黒薔薇……黒薔薇……」
「黒薔薇リンカネーション」
「そう、それ。その『黒薔薇リンカネーション』の『悪役令嬢エリカ』って、病弱なキャラなの? 三十秒お散歩したら死にそうになるくらいの」
「いいえ。殺しても、よみがえりそうなくらいタフなキャラよ」
「じゃあ、どうして……」
「私が弱いのは、転生前の『元の私』の影響。ガートルードも、スキルの『超攻撃力』とは別に、何かの格闘技の技術があったでしょう? 皆、転生前の『元の姿』の能力も引き継いでるのよ」
「あ、そうなんだ……」
じゃ、転生前のエリカは病弱だったの?
そう聞く前に、エリカはしみじみと言う。
「『元の姿』といえば、ガートルードがあなたを地面に引きずり倒し、馬乗りになったときの動きは見事だったわ。転生前の彼女は、格闘技か何かで鍛えてたんでしょうね」
「だろうね……」
「もっとも、体力・筋力ともに、『超体力』を持つあなたの方が遥かに上なんだから、恐れずにやり返すことさえできれば、素手での戦いなら、間違いなくあなたが勝ったと思うわ」
「む、無茶言わないでよ。私、普通の女の子だよ? 格闘技経験者相手に、いきなり応戦できるわけないじゃん。それに今時、あんな馬乗りの喧嘩なんて、男子だってやってるの見たことないって。私なんかじゃ無理無理無理」
「そうね。でも、これで経験を積んだわけだし、次に同じような状況になったら、今度は頑張ってね」
「簡単に言うなあ……」
「別に、簡単だとは思ってないわよ。あなたならできると思うから言ってるだけ」
「ほんと? 私の評価、高すぎじゃない?」
「半分は、気休めのお世辞だけどね」
「それ言っちゃったら、気休めにならないじゃん!」
「それもそうね。聞かなかったことにしてちょうだい」
あー。
こうして軽口を叩き合っていると、なんかホッとする。
いいな。
こういうの
ほんの少し前まで、生きるか死ぬかの暴力という非現実の真っただ中にいたのが嘘みたい。なんか、日常に戻って来たって感じで、凄く落ち着く。
生きるか死ぬか――
死――
私は生きている。
あと少しで殴り殺されるところだったのに。
それは何故か?
決まってる。
私を殺そうとしていたガートルードが、エリカに撃ち殺されたから。
その現実を直視するのが怖くて、私はずっとエリカの方を向いていた。
それで『日常が戻って来た』って、ホッとしていた。
でも。
今。
本当に何気なく、後ろを見てしまった。
そこには、ガートルードの死体があった。
「うっ……」
もう生気のない目。
スーパーに並んでいる、死んだ魚と同じ目。
その目が、こっちを見ている。
生きていた時ほど、恐ろしい目ではない。
でも、生きていた時より、ずっと怖かった。
私は直視できず、再びエリカの方に向き直る。
たぶん、ガートルードの頭部には無残な銃創があるのだろうけど、目に注目していたことで、それが良く見えなかったのは幸運だった。生まれて初めて死体(それも、少し前まで生きていた)を見ただけで、ショックで震えているのに。生々しい傷穴を見たら、泣き出してしまいそうだ。
そんな私を見て、エリカは不思議そうに首をかしげる。
「どうしてそんなに、悲しそうな顔をしているの?」
「どうしてって……。そりゃ、人が死んだら悲しいよ……」
私の答えに納得がいかないのか、エリカは『ますますわからない』といった感じで反対方向に首をかしげた。
「わからないわ。自分にとって近しい人ならともかく、そいつはあなたを殴り殺そうとした敵よ? 普通、死んだら嬉しいと思うのだけど。まさか、戦いを通して友情が芽生えたなんて言わないでよね」
「そういうわけじゃないけど……」
「あなた、やっぱり優しいわ。誰よりもね」
「別に……私は……」
「照れなくていいのよ。優しい子って、好感が持てるわ」
そう言って私の頬を撫でるエリカの微笑みは、どこまでも優しく、私はほとんどの記憶を失っているというのに、優しく微笑む母親の面影を思い出した。
ああ。
なんて優しい笑顔。
とても、胸が温かくなる。
私、ママのことが大好き。
ぼんやりとした記憶の中のママは、私を見て笑っている。
ママも、私のことが大好きなんだ。
ほんの少しだけ、思い出す。
私が凄く小さい頃。
私が悲しくて泣いていると。
ママはいつも、こうやって慰めてくれた。
そして、言ってくれた。
『世界は、あなたを幸せにするためにあるのよ。だから泣かないで』って。
そんなママの優しい面影を、同年代のエリカに重ねたことが、ちょっとだけ恥ずかしい。でも、悪い気分じゃなかった。




