悪癖
しかし、ほんの数秒後。
母性溢れるエリカの笑みが、攻撃的なものに変わった。
「でも、そこで転がってるヤンキー女のことを憐れんでやるでやる必要はないわ。そいつはね。転生前は、窃盗、恐喝なんて当たり前の、最低のクズ。傷害事件での補導歴も多数。ハッキリ言って、私の大っ嫌いなタイプよ。そんな嫌いな奴をこの手で始末することができて、私はとっても嬉しいわ」
憤りを隠す気もない、強い言葉だった。
信じれらないくらい、冷徹な言葉でもあった。
何よりエリカは、本当に嬉しそうだった。
それがなんだか悲しくて、私はますますしょぼくれてしまう。
「な、なによ……そんな顔しないでよ。まったく、調子狂うわね」
「ごめん。でもなんか、エリカが冷たいこと言うの、私、あんまり好きじゃない……」
エリカの顔が、また変わった。
整った鼻梁が、不機嫌そうに、少しだけ歪む。
「はぁ? じゃあ、こう言えばよかったわけ? 『大切な命が消えて、凄く悲しいわ。でも、私たちが生き残るためには仕方ないの。ガートルードの死を無駄にしないためにも、涙をこらえて頑張りましょう』って。偽善マシマシの言葉を。だいたいあなた……」
そこで、エリカはピタリと黙った。
右手で自分の顔を覆い、左に、右に、それからまた左に、首を振る。
そして、覆っていた手をどける。
エリカはもう、落ち着いていた。
「ごめんなさい。感情が高ぶって、言い過ぎたわ。駄目ね、私。頭に血が上ると、言わなくていいことを大声でまくし立てる癖があるの。……これで昔、大失敗したこともある。以後、気をつけるわ」
私は、首を左右に振った。
「ううん、こっちこそごめん。なんか、めそめそしちゃって」
「じゃ、これで仲直りね」
「うん」
エリカが差し出した手を、私は握った。
そして、軽く上下に揺する。まるで、子供みたいな握手だった。
それが、この残酷なデスゲームの場には似つかわしくないような気がして。
でも、そのアンバランスさがなんだかおかしくて。
私たちはお互いの顔を見合わせて笑った。
よかった。
酷い喧嘩にならなくって。
それにしても、エリカは『転生前の情報』まで知っているのか。エリカの体が超激弱なことを差し引いても、やっぱりかなり特別扱いされているな……と思う。私なんて、このデスゲームの基本ルールすら教えられていなかったのに。
そんな私の気持ちを『読心術』で読んだエリカは、大きく頷いて言う。
「否定はしないわ。確かに『情報』という面においては、私は他の候補者より明らかに特別扱いされている。でも、私は私なりに、何度も危ない橋を渡ってるのよ。少なくとも今までに3回はね」
「3回も?」
「ええ。ひとつめは『ガートルードに出会わずに、自分に協力してくれるパートナーを探せるか』ということ。実際に対峙したあなたならわかるでしょ? あの脳筋女、私みたいなノロマを見かけたら交渉なんてする前に衝撃波を飛ばしてくるわ。当然、私はあなたみたいには回避できない。遭遇した瞬間、ジ・エンドよ」
「う~ん、なるほど。エリカの体力で、ガートルードを避けながらこの廃城を進むのは、ものすごく過酷だもんね。でも、『読心術』をレーダーみたいに使えば、案外簡単に敵を避けて進めるんじゃない?」
「それができたらよかったんだけどね。『読心術』の有効範囲はそんなに広くないの。感度も安定しないしね。常に100パーセントの効果を発揮するには、対象にかなり接近している必要がある。天井裏からガートルードの心が読めたのは、感度が最大で、運が良かっただけ」
「じゃあ……」
「そう。安定したレーダーとして使うなんて、夢のまた夢ってこと」
「そ、そうなんだ……」
「で、二つ目。それはあなたとの交渉よ。私に与えられた情報から、パートナーを組んでくれる可能性が最も高いのはあなただと判断したけど、それでも、実際に話しかけるまでは生きた心地がしなかったわ」
「なんで? 私に関する情報も知ってるんだよね? なら私が、ガートルードみたいに問答無用で襲ってくるタイプじゃないってことはわかってたはずでしょ?」
「大きな誤解があるわね。私が知っているのは『各候補者の初期位置』『各候補者のスキル』そして『各候補者に関する、虫食いのように穴だらけの限定的な情報』のみで、そこから人格を推察するしかないの」
「つまり、何もかもお見通しってわけじゃないってことだね」
「ええ。そういう意味ではガートルードはよかったわ。『窃盗・恐喝・傷害』の三点セットで、一発で『警戒すべき敵』だってわかったもの」
「私は? 私のことはどれだけ知ってる? 言っちゃなんだけど、私、まだ記憶があいまいで、自分のことがよく分からないの。本当の名前すらも」
わずかに思い出したことと言えば、ママの優しい面影くらいである。
「本当の名前は知らないわ。私が知ってる『転生前のあなた』の情報は『高校生』『バスケットボール部所属』『動物が好き』『父・母・妹を含めた四人家族』『東京都内在住』『基本的には争いごとが嫌い』……この六つだけよ」
「バスケ……四人家族……あー……ううう……なんか、思い出せそうかも……」
「そう。もしかしたら、少しずつ記憶もハッキリしてくるかもね。さ、話を戻すわよ」
「うん」
「『動物が好き』『基本的には争いごとが嫌い』という二点から、少なくとも他の候補者よりは優しい性格だろうと私は予測した。でも、実際に話してみるまでは、そんなことわからない。『動物が好き』でも『人間は嫌い』なんて人は山ほどいるし、『争いごとが嫌い』でも、『利益のためなら冷徹になれる』人間も山ほどいる」
「うーん……」
「それに、あなたに明確な敵意がなくても、異常な状況でパニックになり、『超体力』のパワーで私を突き飛ばしでもしたら、それだけでひ弱な私は致命傷を受ける。だから、あなたの勧誘は私にとって命がけだったのよ。結果的に上手くいって、心底ホッとしているわ」
「じゃあ、危ない橋の最後。三つめは?」




