危ない橋
「それは、まさについさっき。ガートルードに接近して射殺したときよ。ひ弱な私にとっては、待機していた高い棚から降りるだけでもロッククライミング並みの命がけだし、背後から忍び寄るのも一苦労よ。少しでも物音を立てたら、いくらガートルードが逆上しているとしても、振り向いて音を確認したでしょうからね」
「まあ、そうだろうね」
「で、そこにいるのは銃を構えた間抜けな私。ガートルードはたぶん、私が引き金を引くより早く、甲冑に包まれた両腕で頭部をカバーするわ。そうなったら、もうどうやってもあいつは殺せない。逆にあいつは、頭部を守ったまま距離を取り、再び剣をとって、私とあなたを衝撃波で殺して『はい、おしまい』よ」
あらためて説明されると、ギリギリの勝利であったことに気がつき、背筋が寒くなる。私は死んでしまったガートルードを憐れんだが、ほんの少し『何か』が違っていれば、ここに無残に横たわっていたのは私とエリカの方だったのだ。自分の甘さに、今更ながら恥ずかしくなった。
「恥ずかしがることないわ。前にも言ったけど、あなたのそういう優しいところ、とても好感が持てるわ。そして、尊敬できる。少なくともあなたは、躊躇なく他人を殺せるガートルードや私より、よっぽど上等な人間よ」
「あ、ありがと……」
「さて、もう少し休憩したいところだけど、『残り時間』はどんどん減っていくし、そろそろ次の行動に移るべきね。二人目のターゲットは『成金令嬢クリスティン』よ。私の持ってる情報から、彼女はそこそこ賢いと推察できるし、何より『厄介なスキル』の持ち主だから、より一層注意して戦いに臨む必要があるわ。今度も命がけよ」
私は、無言で頷いた。
エリカの口にした『残り時間』というフレーズが気になったが、それよりも『より一層注意して戦いに臨む必要があるわ。今度も命がけよ』という言葉の方が、心に重くのしかかり、『残り時間って何?』と聞く気力を失わせた。
また、命がけの戦いをしなきゃいけないのか……
会ったことも、話したこともない。
別に、憎いわけでもない女の子と……
・
・
・
『成金令嬢クリスティン』は、このデスゲームの元となった乙女ゲーム『黒薔薇リンカネーション』のコメディリリーフ的なキャラで、立場的には悪役の一人なのだが、いわゆる『憎めない悪役』という立ち位置で、一部界隈で変な人気があるらしい。
もっとも、それはあくまでゲームの話。
私とエリカが戦うことになるクリスティンには、私たちやガートルードと同じく、『元の世界』の『誰か』の魂が入っているので、『憎めない悪役』という可愛い存在であるかは分からない。どうか、ガートルードみたいに怖い人じゃありませんように。
そこまで考えて、気づいた。
クリスティンの人格が『怖い人』ではなく、『仲良くなれそうな人』だったらどうするのだろう。……どうもしない。やることは、変わらない。
生き残れるのは『たったの二人』だけ。その『たった二つの席』に座るため、私とエリカはパートナーになった。だからクリスティンがどんな人物でも、戦って、勝つしかない。
皆で仲良く、ゲームを終えることはできないのだから。
この異様な状況を受け入れつつある自分が、なんだか嫌だった。
・
・
・
さて、今回のエリカの作戦はこうだ。
「ガートルードと違って、クリスティンには対話の余地がある。だから二人で両手を上げて、争う意思がないことを示し、近づいて行くの。で、拳銃の射程距離に入ったら、ガンマンみたいに早撃ちでバンッ。クリスティンは甲冑なんて着ていないから、体のどこに当たっても致命傷。今回もシンプルだけど、なかなか良い作戦でしょ?」
いや。
その。
確かに良い作戦だけどさぁ。
私はこれ以上ないほど嫌そうな顔で言う。
「話し合うふりして不意打ちとか、いくらなんでも卑怯すぎない……?」
エリカは『心外ね』と言いたげに、肩をすくめた。
「私たちがやってるのは、紳士的なスポーツじゃない。生き残りを賭けた戦争よ? 戦争に卑怯もクソもないでしょ? あらごめんなさい。私としたことが、汚い言葉を使ったわ。言い直すわね。戦争に卑怯も何もないでしょ?」
「それは、そうなんだけど……」
「あなたが"おとり"になってガートルードの目を惹きつけ、私が隠れて狙撃する作戦は、素直に受け入れてくれたわよね? それと何が違うの? どっちも卑怯な騙し討ち。本質的には一緒じゃない」
「でも……」
「まあ、言いたいことはわかるわ。問答無用で襲って来るケダモノみたいな奴を騙し討つのと、対話の姿勢を見せた相手を騙し討つのは、全然違うわよね。本質が一緒だとしても、精神性は別物だわ」
「そ、そう! 私もそれが言いたかったの!」
「だけどね、そんな可愛いことは言ってられないのよ。『騙し討ち』を企んでるのは私たちだけじゃない。ガートルードみたいな馬鹿はともかくとして、クリスティンも、もう一人の候補者も、なんとか知恵を絞って生き残ろうとしているのよ。わかる? これは、いかに相手を出し抜くかの勝負でもあるの」
そこで、エリカは思ってもみなかった動きを見せた。私の後頭部に手をやり、自らの方に引き寄せ、お互いのおでことおでこをコツンと付き合わせたのである。至近距離で見るエリカの顔は、まさしくお人形のような美しさだった。




