ハンター
それにしても、だだっ広い大部屋でガンガン鍋を叩いていると、本当に自分がアホになったような気がしてくる。だいたい、こんなあからさまな音を立てて、敵がホイホイとやって来るものかなあ?
普通は『何かの罠じゃないか?』と警戒して、むしろ距離をとるものじゃないだろうか。よっぽど自信満々で、自分の方が圧倒的に有利だと思っているような奴じゃない限り……。
あっ。
そうか。
そういうことか。
だから『残り二名の候補者も集まって来て、ここで一気に決戦になることはない』んだ。普通の人は、こんなあからさまな誘いに釣られてやって来たりしないから。
そして、私たちが狙っているガートルードは自信満々であり、自分が圧倒的優位な『ハンター』で、他の候補者を『弱っちい獲物』程度にしか思っていない。だから、必然的に彼女だけをここに呼び出すことができるんだ。ガートルード以外の候補者の情報も知っているエリカは、それに強い確信があるのだろう。
そんなことを思っていると、私の鳴らすガンガンというやかましい鍋の音に混ざって、ガシャガシャという金属音が響いてくる。
この音。
聞き覚えがある
さっき、天井裏に隠れていた際に聞いた。
ガートルードが歩く時の音。
彼女が身にまとう甲冑が、擦れて鳴る音。
来た。
本当に来た。
自分の喉が、ゴクリとなる。
あの、重厚な金属のドアを吹き飛ばすほどの怪物と、今から対峙しなければならない。今までは、どこか夢の中にいるような気分で鍋を叩いていたが、一気に現実の緊張と恐怖が私の心と体を包み、呼吸が早くなる。
えぇ……?
うそでしょ……?
これ、本当の話……?
夢?
夢じゃないの?
目を閉じて、そして開いたら、現実のベッドの上で、目が覚めないかな。
試しにやってみるか。
目を閉じる。
目を開く。
変わらない、大部屋。
変わらずに、鍋を叩く私。
現実は非常である。
そして、ガートルードがぬらりと現れた。
ドアはすでに開け放しにしてあるので、破壊されることはない。
ターゲットが現れたので、もう鍋を叩く必要はないのだが、動作を止めるのがなんだか怖くて、私は鍋を叩き続けた。叩くのをやめると、本格的な戦いがすぐに始まりそうで、それが、本当に、本当に、怖かった。
そんな私を、アホを見るような目で見てガートルードは言う。
「何やってんだ、お前」
アホの私は、アホみたいな言葉を返す。
「お、お鍋を叩いてる……」
「そんくらい、見りゃわかる。なんで鍋を叩いてんのかって聞いてんだよ」
あなたをおびき寄せて、もう一人の仲間に狙撃させるためだよ。だから、もうちょっと近づいてきてほしいな。――なんてことが言えるはずもなく、言う必要もない。
なので、もっともらしいデマカセを言う。
「えっと、その、私、なんでこんなところにいるのか、よくわからないの。だから、他にも誰かいないかなって思って。で、探したけど見つからないから、音を立てて、逆に見つけてもらおうと思ったの」
咄嗟の言葉にしては、なかなか筋が通った内容だった。実際に、自分が何でこんなところにいるのかは分かってないし、最初にエリカに出会わなかったら、私はきっと、他にも誰かいないか探し回っていたに違いない。
その場合は、このガートルードにいの一番に出くわし、わけもわからぬままに殺されるという最悪の運命もありえた。そう思うと、背筋が寒くなる。
……でも、この人。
本当に、そんなに怖い人なのかな?
見た感じ、ちょっとキツそうな雰囲気はあるけど、いきなり攻撃せずに、声をかけてきたんだから、意外と話が通じるんじゃないだろうか?
そう思った次の瞬間。
ガートルードは腰の剣を抜き、その場で素振りをした。
いったい何を?
その疑問は、すぐに解けた。
振られた剣の先端から、衝撃波のようなものが飛ぶ。
それは真っすぐ私に向かって来る。
私は、鍋を捨て、思いっきり横に飛んだ。
緊急回避。
グシャッ。
音を立て、鍋がバラバラになる。
ゾッとした。
結構大きくて、頑丈な鍋だったのに。
たったの一撃で、バラバラ。
あれが人間に当たったらどうなるのか。
想像したくないが、想像してしまった。
きっと、血しぶきを上げてバラバラになるのだろう。
手も、足も、頭も。
まさに『超攻撃力』の衝撃波。
その自慢の一撃を回避され、ガートルードは「チッ」「チッ」と二度舌打ちをし、つまらなそうな目で私を見た。本当に、道端のゴミを見るような、つまらなそうな目だった。




