エレガントなお散歩(死)
「えー、そうかなあ。ガートルード……あのヤンキーの人だって、どう考えても乙女ゲームとかやるタイプじゃないでしょ? それなのに選ばれてるじゃん」
「そうでもないわよ。ヤンキーとオタクって、割と共通点あるんだから。ゲームやアニメに詳しいヤンキーって結構いるのよ」
「そ、そうなんだ……」
私は、エリカの持つリボルバーをじっと見る。
その視線から、訝しげなものを感じ取ったのか、エリカは問う。
「なに?」
「聞かなくても、心を読めばいいじゃん」
「残念。あなたの中にある思考があまりにも抽象的だと、読み取るのが難しいのよ。あなたが今、私に『漠然とした懐疑心』を抱いてるってことはわかるけど、あなた自身、私の『何に』対して『どう』懐疑心を持っているのかよくわかっていないから、それを正確に読み取ることはできないわ」
「ふぅん。案外、万能ってわけじゃないんだね」
「まぁね」
それから私は、自分がエリカの『何に』対して『どう』懐疑心を持っているか、よく考え、それがまとまると、私の思考を読んだエリカが『納得した』というように頷いた。
「ああ、なるほどね。あなた、こう思っているのね。『エリカにだけ、あまりにも有利なことが多すぎる。これって、ちょっと不公平じゃない?』って」
ジト目でそう言われ、私はちょっぴり視線を逸らせながら言葉を返す。
「だ、だって、他の候補者に関する情報も与えられてるみたいだし、『心を読む』なんてチート級のスキルだし、そのうえ拳銃まで持ってるなんて、いくらなんでも盛りすぎ……」
そんな私に、エリカはきっぱりと言う。
「その『盛りすぎ』で、やっと他の候補者と公平になるのよ」
それから「はぁ」と息を吐き、エリカは天井裏を歩き始めた。
「そこで、見てなさい」
すた……すた……。
エレガントな立ち振る舞いで軽やかに進んでいくエリカ。
言われた通り、じっとそれを見ている私。
これがいったい、なんだと言うのか。
早歩き気味ではあるが、エレガントな令嬢の、エレガントなお散歩だ。
これでいったい、何を伝えたいのか。
お散歩開始から三十秒がたち、そう思い始めた頃。
私はエリカの異変に気がついた。
顔色が悪い。
可憐な額に、もの凄い脂汗が浮いている。
口元は、嘔吐を堪えるように動き、わなわなと震えてすらいる。
極めつきは、足。
もう、ガックガクである。
指でツンと一押しすれば、今にも崩れ落ちそうだ。
信じられない。
たったの三十秒、早歩きをしただけで、エリカは死にそうになっている。
どう見ても、演技ではない。
たとえ女優でも、こんな『死』の気配が伝わって来る演技はできないだろう。
確信を持って言える。
あと三十秒、追加で早歩きさせたら、エリカは間違いなく死ぬ。
私は、狼狽しながら尋ねた。
「えっ? なに? これ、どういうこと?」
エリカはとうとう立っていられなくなり、その場にくずおれながら、息も絶え絶えに答える。
「はぁ、はぁ、どういうことも何も、見ての通りよ。私には体力が全くないの。ほとんど『死にかけ』って言ってもいいくらいにね」
死にかけって。
そんな大げさな。
……とは言えなかった。
だってエリカは今、私の目の前で、本当に死にかけているから。
「うっ……ぐっ……はぁっ……ふぅ……やっと息が整ったわ。ふふ、少し早歩きするだけでこのザマ。最高に惨めで笑えるでしょ? 断言するけど、私、お年寄りや小学生と喧嘩しても負けるわ。それくらい弱ってるの。ほんと、ざまぁないわね」
呼吸が整っても、まだ額の脂汗は引いていない。喋るのも楽ではないだろうに、エリカは驚くほど饒舌だった。自分のことを『惨め』『ざまぁない』と嗤う姿からは、強い自嘲と自己嫌悪が見て取れた。
たぶん、本当なら、自分の弱い姿を人に見られたくなかったんだろうな。そう思うと、『エリカだけ特別扱いされててずるい!』と、子供のような不満を述べて、彼女のコンプレックスを露にさせたことに対し、強い罪悪感が湧く。
「別に、罪悪感なんて感じなくていいのよ。これから一緒に戦っていくパートナーなんだから、私の体の状態についても、話しておくのは当然だしね。あなたにとっては、パートナーが死にかけのナメクジみたいなものだって知るのは、あまり良い情報じゃないでしょうけど」
私はなんて言葉を返していいか分からず、黙り込んでしまう。
そんな私の代わりに、エリカは語り続けた。
「とにかく、これでわかってくれた? 死にかけの弱い私は、心を読むスキルに加えて、色々な情報や武器まで与えられて、やっと他の候補者と勝負になるってことを」
「あ、うん……。なんか……その……色々とグチグチ言ってごめん……」
バツが悪くて、伏し目がちの私とは違い、エリカは一点の迷いもない、力強い瞳で私を見つめた。それは『目をそらすことすら許さない』というような、真っすぐな瞳だった。
「わかってくれればそれでいいのよ。さあ、ガートルードを倒すための、具体的な戦略を立てましょう。と言っても、私に大体のアイディアがあるの。あなたはそれに協力してくれるだけでいい。やってくれるわね?」
正直に言うと、あまりやりたくはない。
その『大体のアイディア』とやらが、どんなものなのか分からないし、何より、なぜこんな場所で、わけもわからないまま、命を懸けたデスゲームをしなければならないのかも納得がいっていない。それに、あのガートルードとも、話せば分かり合えるのではないかとも思っている。
しかし、私は「うん」と頷いていた。
エリカの目力に圧倒されたというのもあるし、エリカのコンプレックスを刺激した罪悪感もあった。何より私は、押しに弱く、強く頼まれると断れない性格だった……。




