女騎士ガートルード
吹っ飛んだドアは、とてつもなく重厚で分厚い、金属製だ。バラバラになった蝶番も、見たことがないくらい太い。たとえ、お相撲さんの力でも、こんなものを破壊するのは不可能じゃないかと思う。
その『破壊不可能なはずのドア』を破壊した人間が、すたすたと室内に入って来た。私とエリカは、息を殺して眼下の様子を伺う。
入って来たのは、現実では早々お目にかかることのない、真っ赤な髪をした女騎士だった。女騎士はキョロキョロと室内を見回し、忌々しげに「チッ」と舌打ちをする。
「くそが。はずれか。人の気配がしたと思ったんだけどな」
そして、もう一度室内をじっくり見まわす。
まだ、天井には意識が向いていないようだ。
今のうちに、逃げた方がいいのでは?
そんな思考を読み取ったエリカが、隣で静かに首を振る。
『下手に動かない方がいい』
そう言っているのだろう。
うぬぬ。まあ確かに、石造りとはいえ古いお城だしね。二人が一斉に動いたら、その振動で天井から塵でも落ちて、あの女騎士の注目が天井に移るかもしれない。そのリスクを考えたら、じっとしている方がマシか。うーん。でも、動かないリスクっていうのもあるし、うぅーん……
なんてことを考えているうちに、女騎士は部屋を出て行った。出て行く前に、ご丁寧に「チッ」「チッ」と二度舌打ちをし、もう一回「くそが」と言って。
私は、ほっと息を吐いた。
どうやら、エリカの判断が正解だったらしい。
「当然よ。忘れたの? 私は心が読めるのよ? あの女騎士――ガートルードの注意はまったく天井に向いていなかった。だから、じっとしていれば出て行くのは分かり切っていたわ」
「あ、そっか」
「ビクビクしたのは、あなたが余計なことをしないかどうかよ。ガートルードは脳筋のお馬鹿さんだけど、感覚自体は鋭い。天井からわずかな物音でもしたら、間違いなく私たちに気づいたはずよ。まったく、ヒヤヒヤさせないでよね」
「ご、ごめん。……あの人、ガートルードっていうんだ。あの人も、えっと、なんだっけ? 黒薔薇……黒薔薇……えーっと……」
「黒薔薇リンカネーション」
「そう、それ。その『黒薔薇リンカネーション』の登場キャラクターなの?」
「ええ。女騎士ガートルード。本来は、主人公プリシラの味方になってくれるキャラなんだけどね。今のあいつは、殺戮マシーンよ。どこぞのヤンキー女の魂が入ってるからね。見つかったら、問答無用で殺されると思っておいてちょうだい」
「ねえ」
「なに?」
「私じゃなくて、あの子とタッグを組もうとは思わなかったの?」
「思うわけないでしょ」
「なんで?」
「私、ヤンキーって嫌いだもの」
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その後私たちは、天井裏でこれからの作戦を話し合った。
エリカは、他の三人の転生候補者の初期位置を把握しているが、デスゲーム開始から、すでに15分が経過しており、もはやその情報はあまり当てにならないという。
なので、最も近いところをウロウロしているガートルードをとりあえず仕留めることが、今できる最適戦略だということになった。
「強力なスキル『超攻撃力』を持つガートルードは、自分が圧倒的優位な『ハンター』で、他の候補者を『弱っちい獲物』程度にしか思っていないから、大いに油断してるわ。今がある意味、最大のチャンスよ。他の手ごわい候補者と戦った後じゃ、油断が消えてるかもしれないからね」
詳しく聞かなくても、『超攻撃力』とやらが危険なことはよく分かる。あの分厚い金属の扉を一撃で吹き飛ばすほどの破壊力があると思っておけばいいだろう。
「で、どうやって倒すの? 私の『超体力』と、エリカの『読心術』で、あの子に対抗できる?」
「無理ね」
「即答かぁー」
「いくらあなたの体力・筋力がオリンピック超えレベルでも、ガートルードの『超攻撃力』は兵器レベルよ。オリンピックのレスリング金メダリストでも、バズーカ砲には勝てない。それと同じことよ」
「心が読めても同じ?」
「心が読める程度で、レスラーがバズーカ砲に勝てる?」
「は、発射タイミングを読んで避けるとか……」
「なるほどね。一人で『心を読める』『超体力』の持ち主なら、それも可能かもね」
「でしょでしょ!」
「でも、忘れてない? 私とあなたは別々の人間。私が読んだ相手の心を、あなたに伝えるにはどうしてもタイムラグがある。だから、今の話はそもそも実行不可能よ」
「んー……やっぱ無理かぁー……。じゃあどうするの?」
「簡単なことよ。兵器には兵器。こっちも武器を使う」
エリカはそう言うと、懐から黒光りする何かを取り出した。
私は、思わず「わっ」と声を上げてしまう。
「そ、それって、拳銃……?」
「ええ。『黒薔薇リンカネーション』は中世ファンタジーの世界が舞台なんだから、こういう連射式のリボルバーが登場するのは、時代考証的にちょっとどうかと思うんだけどね。まあ、そこはゲームだから、野暮なことは言いっこなしってとこかしら」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんなの、持ってるの?」
「なんでも何も、この5発装填式リボルバーは『悪役令嬢エリカ』の所有物なのよ。ゲームのクライマックスで、主役のプリシラを撃とうとする名シーンを知らないの?」
「知らないよ。だって私、そのゲームやったことないもん」
正確には、やった記憶がない。頭の中全体が、ポワーっとしてる感じで、曖昧で、自分がどこの誰かもわからない。これって、記憶喪失なのだろうか?
エリカは、しばらくの間思案するように黙った後、小さく息を吐いて言う。
「さすがに、ゲームをやったことのない人間が、『黒薔薇リンカネーション』の世界に転生するための候補者に選ばれるとは思えないわ。忘れてるだけで、きっと、どこかでプレイしてるのよ」




