エリカの独白
私ね、心臓の病気だったのよ。
生まれつきね。
いえ、心臓だけじゃない。
他の臓器も、良いところを探す方が難しいくらい。
私は、生まれた時から『死にぞこない』だった。
で、ずっと病院暮らし。
治る見込みは無し。
あらゆる延命治療を施して、せいぜい17~18年の命。
両親はね、たまにだけ……本当にたまにだけ、お見舞いに来て、抱えきれない重荷を見るような目で私を見下ろして言うの。『お前は私たちの宝物だよ』って。
で、すぐ帰るの。
最高に笑えるでしょ?
ずっと、こう思ってたんでしょうね。
『早く死なないかな。私たちの宝物』
『重たくって、しょうがないよ』って。
何もかもが憎かったわ。
使い物にならない自分の体も。
こんな体に産んだ両親も。
気休めばかり言う医師も。
病院の周りを走り回るうるさいヤンキーのバイクも。
すぐ治る病気のくせに、私の病室の隣に入院して『私たち似たもの同士ですわね』とほざいたどこかのお嬢様も。どいつもこいつも、チャンスさえあれば、全員ぶっ殺してやりたかった。
でも、貧弱な私に人殺しなんてできない。いっそのこと、自分で自分を終わらせようと思っても、首を吊るための体力すらない。刃物の類や尖ったものは、決して与えられなかった。両親も、医者も、私の自殺を警戒していた。私に死んでほしいのに、自殺されるのは嫌だったのね。罪悪感が残るから。
それでも、必死に工夫すれば。
なんとか死ぬことはできたかもしれない。
でも、そこまでするほどの気力はなかった。
そう。『生きる気力』も、『死ぬ気力』もない。
私はもう、疲れ切っていたのだ。
検査検査検査の、薬漬けの毎日に。
突然襲い来る、激しい発作の苦痛に。
未来のない、延命だけの無意味な日々に。
『生きる』ということ、そのものに。
私は、セミの抜け殻のようなものだった。
病院での膨大な時間を潰す方法と言えば、読書とネット。あとはゲームくらい。『黒薔薇リンカネーション』も、たくさん遊んだうちのひとつよ。一応記憶に残ってるから、まあ、そこそこは面白かったんでしょうね。
私はこの世界で、一人ぼっちだった。
暗黒の宇宙を一人漂う、塵のようなものだった。
そんな、惨めで哀れな私の元に、突然現れたのが戸川アカリ。
両親の自己満足で、私は高校に籍だけはあったの。くだらないわよね。一生行けるはずもないのに、クラスにはご丁寧に私の席まであるそうよ。……その私の席の隣の席が、アカリの席。アカリはね、私の分のプリントを持って、わざわざ病室まで来てくれたの。
プリントを渡せばお役目完了。
すぐに帰ってもいいはず。
なのに、アカリは長い時間、私と話をしたわ。
アカリとの会話は、自分でも信じられないくらい楽しかった。
アカリもネットに詳しくてね、私たち、妙に気が合ったのよ。
帰り際、アカリはこう言ったわ。
『また来てもいい?』って。
照れくさかったけど、私は『うん』って言った。
私、きっと、生まれて初めてはにかんだんでしょうね。
その日から、私の人生は一変したわ。
『義務感』とか『憐れみ』抜きで自分を訪ねてくれる、気の合う人がいる。それだけで、こんなに毎日が輝くんだって、本当に驚いた。どこにも行けず、何にもなれない体だけど、それでもいいって思えた。残された人生を、こんな気持ちで過ごせて、神様に生まれて初めて感謝したくらいよ。
ただ、アカリから仲の良い家族や楽しい学校生活の話を聞くのは、少しだけ辛かった。アカリが幸せなのはいい。でも、死にかけの自分と比較して、どうしようもない惨めさや劣等感を覚えるのは、辛かった。
それでも、アカリがバスケ部の活動の時間を削ってまで私に会いに来てくれていることを知ったときは、申し訳なく思うのと同時に、打ち震えるような喜びを感じたわ。
自由自在に体を動かせる運動部の子たち。
私にとっては、死ぬほど妬ましい運動部の子たち。
皆の人気者のアカリが、その子たちより私を選んでくれたことに、たまらない優越感があった。アカリが私に会いに来るのは、決まって放課後。アカリは楽しい部活より、私を優先してくれている。嬉しかった。本当に、嬉しかった。
でも、私の病状は次第に悪化し、精神的にもどんどん荒れて、余裕がなくなっていった。アカリの優しさに甘えて、何度も酷いことを言った。そんなどうしようもない私を、アカリは決して見放さず、いつだって懸命に励ましてくれたわ。
だけど、その元気さが。
私には決して手に入らない健康が。
妬ましくて。
妬ましくて。
惨めで。
惨めで。
私の感情は爆発した。
そして、言ってはならないこと言ってしまったの。
絶対に、言ってはならないことを……
『幸せなお前なんかに、一人ぼっちの私の気持ちが分かるわけない! どうせ、惨めな私を憐れんで、暇つぶしに相手でもしてやってるつもりなんでしょ!? 死ね! 消えろ! 二度と来るな!』
……一言一句覚えているわ。
その時のアカリの、悲しそうな顔も。
あああああ
ああああああああああ
あああああああああああああああ
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
私私私私私なんてことをなんてことをなんてことをなんてことをなんてことを
次の日。
アカリはもう、来てくれなかった。
あれだけ酷いことを言っておきながら、『優しいアカリなら、何事もなかったかのように訪ねて来てくれるのでは?』と期待していた自分の甘ったれ具合に、吐き気がしたわ。
当然、その次の日も。
そのまた次の日も。
アカリは来なかった。
私は失ってしまったもののあまりの大きさに震え、泣き、叫び、もうすべてを終わらせてしまいたかった。『生きる気力』も『死ぬ気力』もなかった私が、本気を出して死のうとしたの。
ふ。
ふふっ。
だけどね。
窓から飛び降りようとしたのに。
体力がなさ過ぎて。
窓枠によじのぼることすらできなかったの。
あはっ。
あははっ……。
あまりの惨めさに。
笑って。
笑って。
息ができなくなって。
これで死ねたらいいなって思ったけど。
死ねなかったわ。
……でも、結果的に死ななくて良かった。
アカリに『二度と来るな』と言ってから、ちょうど一週間後。
病室のドアが開いたの。
長年病院で過ごしてるとね、ドアの開け方で、誰が来たのかすぐわかるようになる。だから、すぐわかった。またアカリが来てくれたって。
『えへへ。来るなって言われたけど、来ちゃった』
アカリは、私を責める様子も、怯えた様子も見せず、ちょっとだけ照れくさそうに舌を出して、そう言ったの。……その時の私の安堵感、喜び、幸福。とても言葉では説明できないわ。私たちは、互いにわんわん泣いて、仲直りした。アカリは何一つ悪くないのに『ごめんね』『ごめんね』って謝っていた。
温かい。
なんて温かいの。
アカリは私の世界のすべて。
私の太陽だった。
明るい太陽に照らされ。
自分の暗さ、汚さを思い知らされ。
眩しすぎると感じることあったけど。
それでも。
それでも。
アカリと出会えて幸せだった。
無意味な私の人生に、意味ができたから。
アカリと一緒じゃないときは、相変わらず地獄。
ただ生きているだけで苦しい、寒い、無間地獄。
でも、アカリといる時だけは、温かかった。
仲直りから半年後。心臓の発作で私は死んだ。
長生きできないことは分かっていたから、それほど驚きはなかった。
悔いはなかった……なんてとても言えない。
悔いだらけだし、私に苦痛ばかり与えた世界への憎しみは深い。薄汚い私は、最後の最後まで、『チャンスさえあれば、どいつもこいつもぶっ殺してやりたい』と思いながら、死んだ。
私に苦痛ばかり与えた世界。
私に不快ばかり与えた人間。
滅んでしまえ。
皆、滅んでしまえ。
でも、こうも思った。
もしも、苦しんで死んだ私の分。
アカリを目いっぱい幸せにしてくれるなら。
そんな世界でも、まあ。
滅ばなくてもいいかなって。
不思議と。
憎悪が和らいだ。
不思議と。
安らかな気分だった。
最後の最後に。
自分以外の誰かのことを思って死んでいけた私は。
案外幸せだったのかもね。




