天使
「もう一度言うわね。ごめんなさい。私が無神経だったわ。でも、これは仕方がないことなの。生き残るためには、どんな方法を使ってでも勝ち残らなきゃいけないの。そして、敵はあと一人。ゲームの終わりは、もう見えているのよ。ね? もう少しだけ、頑張りましょう? 苦しいことも、二人なら乗り越えられるわ」
最後の方の言葉は、少し掠れていた。
そこで私は、ずっと伏せていた顔を上げる。
エリカは、涙を流していた。
心を震わせるような、可憐で、綺麗で、悲痛な泣き顔だった。
きっと、天使の泣き顔って、こんな感じなんだろうな。
エリカ……
そっか……
エリカだって、つらいんだよね。
でも、どんな手段を使っても、勝たなきゃ未来はない。誰よりも多くの情報を与えられてる分、誰よりもこのゲームの残酷さを理解している。誰よりも、このゲームの『仕掛け人』の冷酷さを理解している。だから、必死なんだよね。
エリカ……
ごめん……
私、酷いこと言っちゃった……
『人を殺して、楽しいの?』って。
ひどい。
本当にひどい。
楽しいわけないじゃない。
エリカは自分のことを『無神経だった』って言ったけど。
無神経なのは私の方だ。ひどい。あまりにも、無神経すぎる。
だいたい、私はいまだに自分の手を汚していない。
ガートルードだって、エリカが倒してくれたから。
エリカが倒してくれなければ、私はとっくに死んでいる。
それなのに『人を殺して、楽しいの?』って。
よくもそんなことが言えたものだ。
私は後悔の涙を流し、エリカを抱きしめ返す。それで、少しだけ驚いたのか、さっきまでは氷のように冷静だったエリカの頬が赤く染まった。
すぐ近くに、エリカの顔がある。
「あっ……かっ……」
まるで、掠れた呻きのような声をエリカが漏らした。
意味のない呻き。そのまま、エリカは黙り込む。
エリカは頬を染めたまま。
切なげに潤んだ瞳で私を見ている。
私の、目を見ている。
私も、エリカの目を見ている。
私は後悔の想いを謝罪の言葉に変えて、そろり、そろりと吐露していく。
「ごめん。ごめんね、エリカ。私、凄く酷いこと言っちゃった。エリカだって一生懸命なだけなのに。責めるようなことを言ってごめん。クリスティンのことは悲しいし、残念だけど、もう二度と、あなたを責めたりしないよ。本当にごめんね……」
「あなたが謝ることなんてないのよ。全部、あなたの優しい気持ちを傷つけた私が悪いの。ごめんね。私の方こそ、ごめんね。ごめんね。ごめんね……」
私たちは、お互いに『ごめんねごめんね』と謝罪の言葉を続けた。大喧嘩した二人の幼稚園児が、泣きながら謝り合うような、幼稚だけど、限りなくピュアな感情の交錯。とても、懐かしい感覚。それはきっと、どんな人にでも、幼い頃、こういう経験があるからだろう。
私は、泣きながらはにかんだ。
「なんだか私、謝ってばっかり」
エリカはもう、泣いていなかった。
「そうね。でも、その素直さがあなたの良いところよ。さあ、気持ちが落ち着いたなら行動を再開しましょう。タイムリミットは刻々と近づいている。時間を無駄にはできないわ」
私は頷き、涙を拭う。
そして、二人は立ち上がった。
最後に私は、ちらりとクリスティンの亡骸の方を振り返って、それから部屋を出て行く。その際、エリカが思い出したように呟いた。
「あ、そうそう。『人を殺して、楽しいの?』っていう、あなたの問いに対する答えだけど……」
「そ、それはもういいよ。楽しいはずがな……」
「楽しいわよ」
「えっ」
「私、ずっと気に入らない奴らをぶっ殺したいって思ってたから」
私にはもう、この子が天使なのか悪魔なのか、わからなった。
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「最後のターゲットは『暗き森の魔女オリヴィア』よ。原作の『黒薔薇リンカネーション』じゃ、主人公の『聖女プリシラ』に魔導具をくれたり、色々とアドバイスをしてくれたりするお助けキャラなんだけど、このデスゲームの中では、恐らく最強の敵ね。彼女のスキルは『魔法全般』。つまり、いろいろな魔法が使えるの。厄介よね」
廃城内を探索しながら、最後の転生候補者の説明をするエリカ。
私は「へえ」と気のない返事をする。
エリカはこちらを振り返ることもなく、語り続けた。
「しかも、困ったことに、その『いろいろな魔法』がどんなものなのかは、具体的には分からないの。だからガートルードやクリスティンのときのように、有効な作戦を立てにくい。今回ばっかりは、オリヴィアと遭遇してから、その場の判断で戦うしかないわ。それでも二対一。私たちの優位は動かないと思うけどね」
彼女の後に続きながら、「そっかぁ」と生返事をする私。
エリカに対する不安と恐怖、そして友情と思慕の想い。
それらが複雑に絡み合い、私のメンタルはもうグチャグチャだった。
……いや、エリカが『人を殺すのは楽しい』とハッキリ述べたことで、今は友情よりも恐怖の方に感情が傾いている。当然だろう。人殺しを楽しむ者に対し、恐怖を抱かない人間がどれだけいるだろうか。
スキル『読心術』の持ち主であるエリカに、私の恐怖と不信感が分からないはずはないのだが、エリカは特に何か言ってくることもなく、驚くほどいつも通りだった。それが、余計に不気味だった。
だけど私は、エリカを裏切ったり、逃げ出したりする気はなかった。
どうしてだろう?
怖いけど、やっぱり、エリカのことを友達だと思ってるからかな。
『私、あなたのこと好きよ。だから、あなたと二人で生き残りたいの』
あの言葉を、信じているからかな。
それとも、信じたいだけなのかな。
よく分からなかった。
ただ、今さら一人になって別行動を開始したところで、私だけで生き残れるとはとても思えなかった。結局のところ私は、『生き残るための打算』でエリカと行動を共にしているのかもしれない。
なんてずるい。
甘ったれで。
臆病な。
卑怯者。
それが私だった。
『そんなに自分を卑下することないわ。強者と行動を共にするのは、こういったデスゲームでは優秀な戦略よ。少なくとも、序盤から中盤にかけてはね』
この声。
というか、このテレパシー。
聞き覚えがある
エリカのことを『嘘つき』と言った、『最後の転生候補者』だ。彼女が『暗き森の魔女オリヴィア』なのだろう。こっちから交信が可能なのかどうかわからないが、私は頭の中で言葉を思い浮かべた。
『あなたが、オリヴィア……さん? 人の頭の中を勝手に読むのはやめてほしいんですけど』




