本当のお嬢様
「あなたみたいな人に、あれこれと詰問して、『私兵』で取り囲んで、血を流してスキルを見せるように強要したり、今となっては恥ずかしい限りですわ。本当にごめんなさい」
そう言って恭しく頭を下げる動作は優美で、一般庶民とは違う何かを感じさせた。たぶんこの人は、『元の世界』でも、本当のお嬢様だったんだろうな。
クリスティンは続いて、エリカの方に向き直って丁寧に頭を下げる。
「エリカさんも、ごめんなさい。私の無礼な振る舞い、どうか許してくださいまし」
本当に深い、丁寧なお辞儀だった。
後頭部が露になるくらい、丁寧なお辞儀だった。
その。
露になった後頭部に。
エリカはさっき放り捨てた銃を突きつけた。
私とクリスティンが抱き合い、泣いている間に拾ったのだろう。
笑えないジョークだった。
だから、私は言おうとした。
『こんな時に、つまんないジョークはやめてよ。せっかく皆で、わかり合えたのに』
でも、言えなかった。
私が言う前に、エリカがこう言ったからだ。
「こっちこそ、ごめんなさいね。私の振る舞いは、別に許さなくてもいいわよ」
パァン。
弾丸が放たれた。
クリスティンが死んだ。
後頭部を撃ち抜かれたのだ。
即死だろう。
即死だろう。
即死だろう。
……
…………
………………?
何を……
いったい、何をしたの……?
私の腕には、さっきまで抱き合っていたクリスティンの温もりが残っている。
私の心には、さっき聞かされたクリスティンの言葉の温かさが残っている。
手が。
口が。
わなわなと震える。
ああああ。
ああああああああ。
死んじゃった。
クリスティン、死んじゃった。
どうして?
なんで殺したの?
私は、その通りに問いかけた。
「なんで殺したの?」
エリカは一度リボルバーの弾倉をチェックし、それを戻してから事も無げに言う。
「え? なんでって。最初から、そういう話だったでしょ?」
その通りだった。
確かに、最初から、そういう話だった。
私たちはクリスティンに話しかけ、油断させ、騙し討つ。
そういう話だった。
でも。
でも。
「こ、殺す必要なんてなかったでしょ? 皆でこんなゲーム、ボイコットして、それで……」
「それで、皆で消されるの? 私は嫌よ。あなたと二人で生き残りたいもの」
「消されるかどうかなんて、わかんないじゃん!」
「いえ、わかるわ。言ったでしょ? 私には他の候補者より多くの情報が与えられてるって。そろそろゲーム開始から一時間くらい経つわよね? これから、この廃城ベルバースの外周が消え始めるの。比喩ではなく、空間ごと消えていくの。対戦型ゲームで、終盤になるにしたがってマップが狭くなるのがあるでしょ? あれと同じよ」
「そ、それがなんだっていうの?」
「わからない? 戦えるフィールドが狭まっていき、最後にはなくなっちゃうの。そこにいる候補者ごとね。それまでに『生き残りの二人』になってなきゃ、確実におしまいなの。そういうルールなの。これは決まってることなの。だから、やるしかないの」
「じゃあ、クリスティンに言ったこと、何もかも嘘だったの? 全部わかってて、戦わない道にも希望を持たせるようなことを言ったの? あの、優しい女の子を騙すためだけに!」
静かに問いかけているつもりだったが、最後の方は感情が爆発し、叫び声になってしまった。エリカはそれに対し、怒るでも悲しむでもなく、ごく普通の表情、ごく普通の声色で答えた。
「そうよ? だって、最初からそういう話だったでしょ?」
私はもう、へなへなとその場に座り込むしかなかった。
私はもう、何も言い返す気力がなかった。
エリカは、まだ話し続ける。
「あなたがクリスティンを懐柔してくれて、本当に助かったわ。おかげで、ノーリスクで後頭部を接射できた。うふふ、馬鹿よね、あの子。"敵"の前で無防備に頭を下げるなんて」
エリカは、まだまだ話し続ける。
「あなたはクリスティンのことを『優しい女の子』っていったけど、ああいうのは『甘ったれ』っていうのよ。私たちを『私兵』で取り囲み、『処刑するぞ』と脅しておいたくせに、結局はできずにべそをかき、挙句の果てに、心を込めて謝りさえすれば、何もかも丸く収まると思ってるんだから。救いようがないわ」
やめて。
「最初はね、銃を捨てて油断を誘い、その隙にあなたが『超体力』で大暴れして、私は捨てた銃を拾い、クリスティンを狙い撃つ――そういうつもりだったけど、これってかなりリスキーよね。勝算はよくて五分五分。だから、あなたがクリスティンを"上手に騙して"くれたのは、最高のサポートだった」
やめて。
「いえ、サポートというより、これはほとんどあなたの手柄ね。たまたま、引き金を引く役目が私だっただけ。クリスティンを仕留めたのは、実質的にはあなた……」
「もうやめて!」
「…………」
「私、あの子のことを『上手に騙そう』だなんて思ってなかった……ただ……争いを止めて……分かり合いたかっただけなのに……」
「…………」
「エリカ、なんでそんなに楽しそうなの……? おかしいよ……。ううん、あなたの言う通り、最初からこういう話だったんだから、今さらになってこんなことを言う私の方がおかしくて、あなたの言葉を借りるなら『甘ったれ』なんだと思う。でも、なんでそんなに楽しそうなの? 人を殺して、楽しいの? 絶対おかしいよ……」
泣き崩れた私を、エリカは優しく抱きしめた。
ついさっき、私がクリスティンにそうしたように。
「ごめんなさい。逆転の勝利に高揚して、ペラペラと喋りすぎたわね。優しいあなたは、クリスティンの死が悲しいのね。あの、どうしようもないガートルードの死すら悲しんでいたものね」
エリカの声も、抱きしめる温もりも。
ゾッとするくらい優しかった。




