ベストな選択
「クリスティン。あなたは理屈では『ここで私たちを殺しておくこと』がベストだとわかっている。でも、あなたの心はそれを望んでいない。そうなんでしょ? だから、そんなに苦しんでいるのね」
「うっ……うぅっ……」
「多くの『私兵』を操ることのできる、圧倒的強者のあなたが、唯一の武器すら投げ捨てた、無抵抗の弱者でる私たちを処刑するなんて、あなたの良心が許さないんでしょ? だってあなたは『ちゃんとした人』なんだから」
苦悩の核心を突かれたからか、クリスティンの大きな瞳には涙が浮かんでいた。すべての感情を吐き出すように、彼女は大きな声を上げる。
「そうよ! だ、誰が、好き好んで処刑なんてしたいと思うものですか! 武器を持って襲ってくる相手ならいざ知らず、自ら武器を捨てて、抵抗もしない相手を虐殺するなんて、私にはできませんわ! たとえ、あなたが危険な存在だと分かっていても、私にはそんなこと、とてもできない……っ! ううぅぅ……っ!」
あまりにも悲しい慟哭を聞き、気がつけば私も涙を流していた。
この人。
この人は。
なんて優しい、『ちゃんとした人』なんだろう。
そうだよ。
ガートルードみたいな攻撃的な性格じゃない限り。
誰だって、好き好んで処刑――人殺しなんてしたいわけがない。ほんの少し前まで、クリスティンに飛びかかろうとしていたことを、今では恥ずかしく思う。
こんな馬鹿げたデスゲーム、これ以上続けちゃ駄目だ。
クリスティンとなら、分かり合える。
分かり合える相手と、殺し合いなんかしちゃダメだ。
私は『私兵』を押しのけるようにして、クリスティンに近づいた。クリスティンはそれに気づいているのに、『私兵』を使って止めようとはしなかった。私のスキルが『超回復力』という攻撃性のかけらもないものだと思い込んでいるのもあるが、何より、もう争うのも疑うのも、ほとほと嫌になったのだろう。
なんて優しい人。この人に比べたら、すぐに流されて謀略に協力する自分は、まったく優しくない。私は本当に、自分が恥ずかしい。クリスティンのすぐそばまで来た私は、今の気持ちをそのまま呟いた。
「こんなに苦しい思いをさせて、ごめんなさい……」
嘘偽りのない、心からの謝罪だった。母親にすがる子供のように私を見上げてくるクリスティン。涙に濡れたその瞳は『自分は、これからどうすればいい?』と問いかけているようだった。
私は彼女を抱きしめ、今の気持ちを再び言葉にしていく。
「誰も傷つけなくていいし、誰も殺さなくていいんだよ。誰がやらせてるのか知らないけど、こんな馬鹿なゲーム、付き合ってやる必要なんてないよ。やめよう? もう、全部やめちゃおう?」
「でも、やめたらどうなるかわかりませんわ……。自分で言ったことですけど、争いをやめた私たちは、このゲームを仕切っている『神』か『運命』に、消されてしまうかも……」
「それならそれで、いいじゃない」
「えっ?」
「私が馬鹿だったよ。とにかく生き残りたいって思ってたけど、あなたみたいに優しい人と争ってまで、生き残りたくない。消されるなら消されるでいいよ。もうウンザリ。『神』か『運命』だか知らないけど、好きにしたらいい」
「あなた……」
「だいたい、ゲームに勝ち残っても、こんな悪趣味なことやらせる奴が、約束を守って新しい世界に転生させてくれるかもわかったもんじゃないしさ。それなのに言いなりになって、私たち、バッカみたい。ほんと、もういいよ。やめやめ。残りのもう一人も探して、全員でボイコットしようよ。ねえ、エリカもそれでいいでしょ?」
私はクリスティンを抱きしめたままエリカの方に目をやり、そう言った。
エリカもいつの間にか、こちらに近づいて来ていた。
そして、悪戯っぽく笑って言う。
「私は最初からそのつもりよ。何度も言ってるじゃない。『平和的な解決』が望みだって」
「じゃ、決まりね。あー、やった。終わり終わり。これで終わり。良かったね、クリスティン。とりあえず、これでもう苦しまなくていいよ。消されるときも、みんな一緒。怖くないとは言えないけど、少なくとも、寂しくはないよね」
クリスティンは、頷いた。
「そう……ですわね。少なくとも、一人で消え去るよりは……」
その顔からは、憑き物が落ちたようだった。
少し前までの、怖い雰囲気もない。
やはりもともと、優しい人なのだろう。
クリスティンは、柔和で優しい微笑みを浮かべ、言葉を続けていく。
「あなた、とても強くて、そして優しい人ですわね。争うくらいなら、皆で消えてもいいだなんて、なかなか決断できることではありませんわ。さっきの弱々しい雰囲気とはまるで別人……」
「あはは、なんでかな? 私って、なんか不安や緊張が一周まわると、ヤケクソになっちゃうみたい」
思えばさっき、クリスティンに突進しようとしたときも、ガートルードに体当たりしたときも、そういう傾向があった。まあ、ガートルードの時は『戦いを終わらせたい』という恐れと、『超体力』への過信もあったけど。
恐らく私は、感情が一定のラインを超えると、無茶をやる。
これはきっと、私の生まれ持った性質なのだろう。それは『強さ』というより、自分の命を軽く見ているともとれるので、ちょっと――いや、かなり危なっかしい気もするが。




