私兵
エリカは小さく息を吐き、ビックリするほど平然とした声で言葉を返す。
「ねえ、クリスティン。そっちを向いてもいい?」
この距離。100パーセント確実に銃が命中するとは言えないが、100パーセント外れるとも言い切れない。まさにギリギリの距離。いちかばちかで、振り向きざまに銃を撃つつもりだろうか。
そういえば、クリスティンはエリカが銃を持っていることを知っているのかな? 『黒薔薇リンカネーション』と『悪役令嬢エリカ』については知ってるみたいだから、ゲームで『悪役令嬢エリカ』が銃を使うことも知っているはず。でも『今ここにいるエリカ』が、銃を持っているとは、多分考えないんじゃないかな?
だって、それって"普通に考えたら"エリカにだけ有利すぎるもん。クリスティンは、『今ここにいるエリカ』の体が、信じられないくらい弱く、その弱さを補うために銃が与えられているという事実は知らないはず。
それなら、今のエリカとクリスティンの距離なら、銃で不意打ちすれば充分にチャンスがある。私はそう考えた。だが、クリスティンはそれほど甘くなかった。
「駄目よ。振り向くことは許しませんわ。あなたは嘘つき。私は嘘つきを信用しない。少しの妙な動きも見逃さない。あなたたちは、これから私の可愛い『私兵』たちに処刑されるのよ。何もできずにね」
クリスティンの『私兵』――オモチャの兵隊たちの手に握られている槍が、ギラリと光る。見たところ、それほど鋭利ではない。この槍も、オモチャなのだろう。
だが、その先端は決して丸くはない。思いっきり突かれたら、即死はしなくても大怪我するのは間違いない。そして、出血。時間をかけ、何度も突かれて、何度も血が流れる。そして私たちはゆっくりと死んでいくのだろう。長く長く苦しむことになる。これなら、ガートルードに一発でやられた方がマシだったかもしれない。
可愛いオモチャたちが持つ、可愛い槍で『えいえい』と何度も刺され、血を流し、苦しんで死ぬ自分たちの姿を想像すると、そのアンバランスさに寒気がした。
ごめんね、エリカ。
私のせいで。
私はもう、半泣きでエリカを見つめた。
だがエリカは微笑し、安心感のある声でこう言った。
「大丈夫よ。だから、泣かないで」
大丈夫?
何が?
この状況で、何が大丈夫なの?
しかし、頼もしかった。
そして、妙に安心した。
エリカが大丈夫というなら、本当に大丈夫だと思えた。
だが、『大丈夫よ』という言葉はクリスティンにも聞こえていたらしく、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、私が思ったのと同じようなことをエリカに問いかける。
「大丈夫って、何が大丈夫なんですの? あなたたちは、私を欺こうとした罪で今から死ぬのよ? 私の『私兵』たちは、一撃で人を死に至らしめるような攻撃力は有していない。でも、決して貧弱ではない。小学校高学年の男子くらいの力はある。武器も持っている。これだけの数に囲まれて、あなたたちにどうにかできますの?」
武器さえ持っていなければ、私の『超体力』なら、私を取り囲んでいる10体の『私兵』を蹴散らすことは可能だと思うが、突き付けられた10本の槍が、私から行動の意思と勇気を奪っていた。
いや、そもそもだ。私だけなら切り抜けられるとしても、それで大乱闘となった場合、エリカの体力なら、槍どころか『私兵』たちに何度か殴られるだけで死んでしまう。それは駄目だ。私は、エリカを死なせたくない。だから、下手に動けない。
しかし、エリカはそもそも『下手に動く』気はなさそうだった。相変わらずの平然とした様子で、クリスティンに言葉を返していく。
「ねえクリスティン。あなた、誤解しているわ。私たち、別にあなたを欺こうだなんて、思ってないわよ?」
えぇ……
まさか、この状況で、まだ説得を続ける気なの?
足を引っ張った私が言うのもなんだけど、それはもう無理だって。
クリスティンもそう思ったのか、顔を真っ赤にして喚いた。
「あなた、私を馬鹿にしていますの!? 『この馬鹿女が相手なら、いくらでも口先三寸で丸め込める』――そう思っているのね!? ふざけないでちょうだい!」
彼女の怒りに同調するように、オモチャの『私兵』たちが、可愛い顔のまま、怒りでカチャカチャと体を揺する。今にも槍が肌を貫いてきそうで、私は生きた心地がしなかった。
「私、ふざけてないわよ。あのね、クリスティン。思い出してみてよ。そっちの『聖女プリシラ』に詰問する時の自分の態度を。かなり高圧的で、厳しいものだったと思わない?」
「はぁ!? なに!? あなた、私を責めてますの!?」
「別に、責めてはいないわ。ただ、冷静に事実を思い起こしてほしいのよ。『ちゃんとした人』のあなたなら、それができると思うから聞いてるの。そっちの『聖女プリシラ』と話してて、あなた、どう思った? すぐ気づいたんじゃない? この子が緊張しやすいタイプで、相手に強く出られると、何も言えなくなってしまうことを」
「それは……」
頭から湯気が見えそうだったクリスティンのテンションが、下がった。
自分の態度を思い出し、『それはそうかもしれない』と思ったのだろう。




