疑いの視線
おっしゃる通りだった。
緊張感でカラカラになっていた喉を鳴らし、私はなんとか言葉を返す。
「そ、そ、そ、そうだね。ごめんなさい。えっと、私、私は……その……記憶がはっきりしなくて、元の世界での名前は思い出せないんだけど……この世界での名前は……えっと……なんだっけ……」
エリカに教えてもらったけど、忘れてしまった。
そんな私の代わりに、クリスティンが口を開く。
「外見は、『黒薔薇リンカネーション』の主人公、『聖女プリシラ』ですわね。羨ましいですわ。私もどうせ転生するなら、成金のクリスティンより、主人公のプリシラの方が良かったですわ」
「そ、そう? で、で、で、でもっ、クリスティンも可愛いよ? あ、あ、あ、あなたのお嬢様っぽい喋り方と雰囲気もあってるし」
「それはどうも。さて、お互いを信頼し合うために、あなたにもいくつか質問させてもらってもいいかしら?」
「う、うん。も、もちろん」
私なんかに、何を聞くというのだろう? それにしても、今の短い会話で、何度もどもってしまったことが恥ずかしい。ガートルードと話した時もそうだったが、どうやら私は緊張すると、吃音になるようだ。
エリカと話すときは、あんまりそうならないのに。
それはきっと、彼女の語り口が優しく、こっちに寄り添ってくれているような安心感があるからだろう。その『寄り添う気持ち』がエリカの本心かどうかは、わからないけれど……。
だいたい、エリカくらい話が上手ければ、私だけじゃなく、誰とでも仲良くやれそう。……それってなんだか、あんまり良い気分じゃないな。あれ? うそ? 私、もしかして、クリスティンとエリカが親しげに話してたことで、ヤキモチを焼いているの?
いやいやいや、そんなことないって!
ちょっと前まで、エリカのこと『怖い』だの『悪魔』だの言ってたのに!
……いや、でも。
エリカのことを『怖い』と思う気持ちと。
エリカのことを『好き』だと思う気持ち。
これは別に、相反しない。
『怖い』けど『好き』っていうのは、全然あり得る。
私……
私は……
エリカのことを……
「ちょっとあなた。聞いていますの? 心ここにあらずという感じですけど」
クリスティンの声で、意識が現実に引き戻される。
当然だが、ちょっと怒っている声だ。
私は慌てて謝罪をした。
「あ、ご、ごめん。ちょっとボーッとしちゃって」
「まったくもう。その様子では、今、私がした質問も聞いていなかったようですわね。大事なことですのに」
「ご、ごめんね。本当にごめん……」
「まあいいですわ。じゃあ、もう一度聞きますわよ」
「う、うん」
今度こそちゃんと聞いていようと意識を集中した私に、クリスティンは針で刺すような鋭く厳しい問いを投げかけてきた。
「あなたたち、何か企んでます? 例えば、私をだまし討ちにしてやろうとか」
「はぇっ!? な、なんで? なんでそんなこと、思うの?」
私のオーバーなリアクションで、クリスティンの疑念がやや深まったように感じた。私は不安げにエリカを見るが、エリカの表情に変化はない。先程まで握られていた銃は、いつの間にか懐に戻されているようだった。
クリスティンは、じっくりと私を観察するようにしながら、言葉を続けていく。
「だってあなた、先程から顔色がよくありませんわ。汗も凄いですし。まるで、イタズラが怖いお父さんにバレてしまわないか、ビクビクしている子供のよう。それで、思いましたの。これは、少し確かめた方がいいかもしれないって」
ああ。しまった。
エリカの振る舞いは完璧だったのに。
アホの私が、足を引っ張ってしまった。
私は震える声で、なんとか言葉を発する。
「そ、そんな、私は別に、何も……」
「何も、なんですの? ハッキリおっしゃい」
「…………」
ハッキリと言うことに、罪悪感があった。作戦の立案も主導もエリカで、私は現状、足を引っ張っているだけのお荷物だが、それでも、エリカに同意して協力してるのだから『私は別に何も企んでいない』だなんて、とても言えなかった。
黙って目を伏せてしまった私を見て、クリスティンの疑惑は確信に変わり、その確信はすぐに憎悪へと成長した。先程までとは明らかに違う怒りの表情で、彼女はパチンと指を鳴らす。
すると、身長70センチメートルほどのオモチャの兵隊が、一瞬で30体も現れ、私とエリカを取り囲んだ。エリカの周囲に20体。私の周囲には10体。私の方が露骨に数が少ないのは、マヌケそうな私より、頭の切れそうなエリカを警戒した方がいいという判断が働いたに違いない。
「本当に残念ですわ……! 何もかも嘘だったんですわね……! エリカさん、あなたのこと、信じたかったのに……!」
クリスティンはもう、私の方など見ていなかった。強い怒りと、裏切られた悲しみを含んだ眼差しで、エリカの背中を刺すように睨んでいる。




