嘘つき
じゃあ、エリカが私に言ったこと。
あれはどうなの?
あれ、全部本当なの?
それとも、全部嘘なの?
『私、あなたのこと好きよ』
『私は、ずっと友達だと思ってる』
『私を信じてちょうだい。二人で生き残りましょう』
あの言葉も、この言葉も。
もしかして、私を上手く使うための嘘なの?
いや、でも。
たとえそうだとしても。
二人で生き残れるんだから、いいじゃない。
そうだよ。
鈍い私を上手く動かすために、多少の嘘くらいは仕方ないよ。
それで、二人そろって生き残れるなら、いいじゃない。
本当に?
本当にそうかな?
私、なんか、凄く大事なことから目を背けてる気がする。
困惑する私なんか眼中にないように、エリカとクリスティンは話を続けている。いつの間にか、エリカは三歩どころか五歩はクリスティンに近づいている。
もう少しで銃の射程距離だ。両腕もちょうどいい位置にあり、これならすぐに銃を取り出し、発砲体勢に移れる。エリカの言葉を借りるなら、ガンマンのように。
エリカはわずかな敵意すら見せず、見る者を魅了するような優しい微笑みでクリスティンに語り掛ける。
「クリスティン。私は、あなたのことを信頼できる人だと思ってる。あなたにも私を信じてもらうには、どうすればいい? 私、あなたと友達になりたいの」
「ど、どうって……。そんなこと言われても……。こんな状況で、簡単に、人が人を信じることはできませんわ。信頼して、後ろを向いた瞬間、攻撃されるかもしれませんし……」
窓すら塞ぎ、ずっと部屋の入り口を見張っていたクリスティンらしい言葉だった。
「おっしゃる通りね。なら、これでどう? これで、私のこと、少しは信じてもらえるかしら?」
そう言いながら、エリカはくるりと方向転換し、無防備な背中をクリスティンに晒した。クリスティンは、明らかに驚いていた。当然だろう。『敵か味方かはっきりしない相手に背中を見せる』だなんて、自分にはとてもできない恐ろしいことを、エリカが平然とやって見せたのだから。
「クリスティン。私があなたに背中を見せたのは、あなたを信頼している証よ。今、少し話しただけで、あなたが背後から私を攻撃するような卑怯者じゃないって、よくわかった。だから、安心して背中を見せられるの」
多くの人は、『自分にはとてもできないこと』を目の前やられると、強烈なショックを受ける。良い意味でも。悪い意味でも。クリスティンの心は、傍目に見てもわかるくらい揺らいでいた。まさに『あと一押しで説得可能』といった感じだった。
しかし、エリカにはそもそも、クリスティンを説得する気などない。
エリカの口から今までに発せられた、誠実で温かい言葉。
そのすべてが、クリスティンを謀殺するための嘘だ。
あまりにも誠実なことを言うので、エリカが当初の作戦を変更して、本気でクリスティンを説得しようとしているのではないかと私は思ったが、それは違った。
クリスティンに背中を見せ、あいも変わらず優しい声で語り掛け続けながら、エリカは懐の銃に手を伸ばし、握っていた。さらに、後ろ向きのまま、半歩、もう半歩と、ゆっくりゆっくり距離を詰めている。確実にクリスティンを仕留めらる距離まで、本当にあと少し。
恐らく、いや、間違いなく。クリスティンが『あなたを信用しますわ。だからこちらを向いてちょうだい』と言った瞬間、振り向いて彼女を撃ち殺す気なのだろう。
もともとそういう計画だったとはいえ、冷徹に、冷や汗ひとつ流さず、優しい微笑と声で殺意を研ぎ澄ますエリカのことを、私は心底恐ろしいと思った。この子は悪魔だ。この子に比べたら、あのガートルードなんて野良犬みたいなものだ。
だが、そこで異変が起こった。明らかにほだされつつあったクリスティンが、急に顔を引き締め、厳しい声を発したのである。
「そこで止まりなさい。動かないで。一歩もよ。本当に、一歩でも動いたら、私のスキルで一斉攻撃を開始しますわ」
エリカは顔色一つ変えず、クリスティンに背を向けたまま、優しい声で聞き返す。
「どうしたの? 私、何かあなたの気に障るようなことをした? やっぱり私のこと、信頼したくない?」
「いいえ。あなたは何もしていませんわ。それに、私としては、あなたのことを信頼したいと思ってる。でも、ちょっと気になることがありますの。あなたを完全に信頼するのは、その『気になること』を確かめてからですわ」
そこで突然、クリスティンの真っすぐな視線が私に向けられた。いや、まあ、先程からクリスティンは、エリカと話しながらもチラチラと私の動向をチェックしていたのだが、こう、ハッキリと私だけに視線が注がれるのは初めてのことだった。
しかもそれは、『疑いの視線』だった。エリカと話していた時とは大違いの、猜疑心と敵意が溢れる声で、クリスティンは私に問う。
「あなた、先程から一言もしゃべりませんのね。私との交渉をエリカさんに任せているとしても、一言くらい自己紹介があってもいいんじゃありませんこと?」




