ちゃんとした人
「ええ。私もあなたのこと、クリスティンと呼ばせてもらうわ。で、平和的な解決の具体的な方法についてだけど、皆で戦うのをやめてしまうのよ。そうすれば、このデスゲームの仕掛け人である『神』だか『運命』だかわかんない奴も『こいつらは駄目だ』と思って、ゲームは中止になると思わない?」
ふうん。
なかなか良いアイディアじゃん。
そう思う私を嘲笑うように、クリスティンはけたたましく笑った。
「あははっ! あなた、賢そうな口のきき方をするのに、おバカなのね。『こいつらは駄目だ』と思われたら、全員まとめてゴミ箱にポイされて終わりですわ。『戦わないことで全員が救われる』という甘い結末を許す『神』や『運命』なら、いたいけな少女たちに、最初から残酷なデスゲームなんてやらせたりしないでしょう?」
あー……
まあ、そうだよね……
落胆する私をよそに、エリカは平然と言葉を返していく。
「そうかしら? 案外、そういう試練なのかもしれないわよ?」
「試練?」
「そう、試練。昔話とかでよくあるじゃない。欲深い人間や、攻撃的な人間が罰を受け、争いを避けようとしたり、友愛を大事にした人間が報われる試練の話」
「…………」
「このゲームも、私たちの人格を計る一種の試練で、『自分だけ生き残りたい!』『他の子なんて知らない!』って欲望のままに殺し合ったら『神』は失望し、最後は皆で地獄に落とされる。反対に、利己主義の身勝手さに気づき、皆で争いをやめたら、皆で新しい世界に転生して、皆で幸せになれるのかもよ?」
「まあ、そういう可能性も、なくはありませんわね」
「でしょ? ねえ、ずっと両手を上げているのも疲れたから、腕を下ろしてもいい? 駄目って言うなら、上げたままでもいいけど」
「別に最初から、私はあなたたちに『腕を上げていろ』だなんて命じてはいませんわ。私の命じたことは、『そこから動くな』ということだけ。下ろしたければどうぞご自由に」
もしかして、こういう流れを予想して、エリカは自分から手を上げて出て行ったのかな。そうすれば、腕を下ろし、銃を手に取りやすい位置に自然と持っていくことができるから。
エリカは、なるべく警戒感を与えないように、ゆっくり、ゆっくりと腕を下ろし、クリスティンに微笑みかけた。思わずドキッとするような、可憐で、優しい笑みだった。
「ありがとう。やっぱりあなた、話が通じる『ちゃんとした人』ね。そんなあなただから、こうやって姿をさらして話をする気になったの。そしてそれは、正しい判断だった」
「お上手ですこと。そんなに褒めても油断はしませんわよ」
「それで構わないわ。別に私、あなたを油断させてどうこうしようってわけじゃないから。とにかく真剣に考えてほしいの。私がさっき、言ったことの意味について。私、誰とも争いたくないのよ。特に、あなたみたいな『ちゃんとした人』とは。あなたはどう? 無意味に争いたいと思ってる?」
「わ、私だって、争わずに済むなら、それに越したことはないと思っていますわ」
「やっぱり、そうよね。ああよかった。あなたが『ちゃんとした人』で。きっと分かり合えるし、友達になれるわね。ねえ、もう少しだけ近づいてもいい? こんなに離れてると、大声で話さなきゃいけないから疲れるわ」
「……三歩だけよ。三歩だけ近づくことを許可しますわ」
「それで充分よ。ありがとう」
なにこれ。
ゾワゾワする。
背筋を、冷たい悪寒が走っている。
私は何に、ゾワゾワしているのだろう。
わかっている。
わかっているが、わかりたくない。
でも、わかってしまった。
それは、エリカだ。
この子、怖い……。
もっともらしい嘘を、ごく平然と、ごく自然に並べ立てているのに、その一つ一つに、温かみすら感じる。だからクリスティンも『油断はしない』と言いつつも、少しずつ気を許し、三歩も接近を許した。
この応接室。ガートルードと戦った広間と比べるとずっと狭い。たった三歩でも距離が詰まるのは、私たちにとって大いに有利だ。特に私の『超体力』なら、クリスティンがわずかでも視線を切る瞬間があれば、いちかばちか、そのまま飛びかかることも可能な距離である。
エリカが『ちゃんとした人』という言葉を連呼するのも、怖かった。
まず最初にクリスティンが『ちゃんとした人』という言葉を使ったのを聞き、クリスティンが攻撃的ではない『ちゃんとした人』を好ましく思うことにエリカは気づいたのだろう。
クリスティン自身を『ちゃんとした人』と何度も呼ぶことで、彼女が攻撃的な判断に出ることを封じようとしたのだ。『ちゃんとした人』を好む人間は、自分自身も『ちゃんとした人』でありたいと思っているものだから。
そして、何が一番怖いって、これほど親しみ深く『分かり合えるし、友達になれる』と言っているエリカが、内心ではクリスティンを殺そうとしていることだ。だって、そういう作戦なんだから。なのに、それを全く表に出さない。彼女は、天才的なまでの『嘘つき』だった。




