成金令嬢クリスティン
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「いたわ。あれが『成金令嬢クリスティン』よ。本当に、ゲームのまんまのビジュアルね。私、クリスティンのことは結構好きだから、今からあの子を殺さなきゃいけないと思うと悲しいわ」
エリカはそう言いつつも、それほど悲しくもなさそうな顔で銃の撃鉄を起こした。射程距離に入ったとき、すぐに撃てるようにするためだろう。
その緊張感あふれる様子を、私はどこか呆けた顔で眺めていた。
頭の中にずっとこびりついているのは、さっきのテレパシーの言葉。
『エリカのこと、信用しちゃ駄目。あいつはあなたに嘘をついている』
嘘って?
どんな嘘?
わからない。
でも、エリカはどんな嘘でもつける。
だって私、何にも知らないんだから。
何にも知らない相手ほど、嘘を吹き込むのに都合の良い存在はいない。
そう自覚すると、急に不安になった。
もっと怖いのは、『読心術』を使えるはずのエリカなら、私が今、エリカに不信の感情を抱いていることが分かるはずなのに、彼女が何も言ってこないことだ。
『おかしな奴の、おかしなテレパシーに騙されないで。私たち、友達でしょ』
そう言ってくれれば、信じられるのに。
友達の言うことなら、絶対に信じるのに。
どうして、そう言ってくれないの?
目で訴えかけても、エリカは何も言わない。
彼女が疑問を抱いた時によくやるように、首をかしげるだけだ。
そしてエリカは、廃城ベルバースの応接室にいるクリスティンに視線を戻した。それに倣い、私もクリスティンと、応接室そのものを見る。
廃城の応接室なだけあって、机も、椅子も、壁も、壊れていないところはない。しかし、クリスティンの腰かけている安楽椅子だけは、そこそこに状態がいいようだ。彼女はゆったりと体を揺らしながら、本当に『安楽』といった顔で天井を眺めていた。
デスゲームの最中に、よくもこれだけリラックスできるものだ。ちょっとしたことで慌てたり不安になったりする私とは、人としての器が違う。いや、待て待て。自分を卑下するのはよくない。私は危機意識が高いのだ。断じて人としての器が小さいわけではない……と思いたい。
そんなことを考えていると、エリカは忌々しげに言う。
「後ろでも向いてくれたら、忍び寄って暗殺する作戦に切り替えようと思ったけど、あいつ、ぼおっと天井を眺めているように見えて、部屋の入り口をかなり警戒しているわ」
「そうなの?」
「ええ。天井を見上げていても、視線は下に向かってるもの。それに、見て。窓が棚で塞がれてて、外から侵入できないようにしてある。あれもたぶん、あいつがやったのよ」
「なんでそんなことを?」
「窓からの奇襲とか、そういうのが嫌なんでしょ。とにかく、正面からやってくる敵なら、誰が相手でも自分のスキルで勝てると思ってるんでしょうね」
「あの子のスキルって、そんなに強力なの?」
エリカは頷いた。
「私も情報として知っているだけで、実際に見たわけじゃないけど、相当なものよ。名前は『私兵召喚』。小学生くらいの大きさのオモチャの兵隊を30体。瞬時に呼び出せるらしいわ」
「30体を瞬時にって……やばくない?」
「やばいわよ。だから正面からやり合わずに、騙し討ちにすべきなのよ。さあ、このままここで見ていてもらちが明かないわ。行くわよ。覚悟はいい?」
「あんまりよくないけど、いいよ」
「どっちなのよ」
そして私たちは、両手を上げた情けない姿で応接室に入った。
クリスティンはキィキィと揺すっていた安楽椅子を止め、こっちを見る。
ウェーブのかかった、ふわふわの金髪。
美しさよりも愛嬌の方が目立つ、可愛らしいお嬢様だった。
その可愛らしい口から、可愛らしい声で、厳しい言葉が飛ぶ。
「そこで止まりなさい。一歩でも動いたら殺しますわよ」
私もエリカも、ピタッと止まる。
殺されたくないから。
クリスティンは、満足げに微笑んだ。
「素直でよろしい。あなたたち、一応は『ちゃんとした人』のようですわね。さてさて、何の御用ですの? 両手を上げているのは、降参の意思表示と思っていいのかしら?」
エリカも、微笑して言う。
「降参とは少し違うけど、争う意思はないわ。私たち、このデスゲームを平和的に解決したいの。妙な駆け引きをせず、二人そろって姿を現したのは、少しでも誠意を見せて、あなたに信頼してもらうためよ」
実にもっともらしい嘘である。
二人そろって姿を現した本当の理由は、交渉が上手くいかず、クリスティンがいきなりスキルを発動し、『私兵』で私たちを攻撃してきたときのためだ。
一人より二人の方が『私兵』の攻撃ターゲットがばらける。その隙を突いて、私の『超体力』で突進・体当たりすれば、クリスティンを気絶させられる可能性が高いというエリカの判断である。
もっともその場合、体当たりするまでの短い時間でも、体の弱いエリカは『私兵』にやられてしまうだろうから、仮に高い確率でクリスティンを戦闘不能にできるとしても、避けたい事態である。私たちの目的は『二人で生き残ること』なのだから。
なので、作戦開始前に、エリカはこう言った。
『捨て身の体当たりは最後の手段よ。とにかく、もうどうしようもないって状況になるまでは、私に交渉を任せて。大丈夫。私、嘘つくの得意だから』
で、私は素直に頷いた。
何度でも言うが、押しに弱いけど、素直なのが私の良いところである。
『エリカは嘘つきよ』
あのテレパシーの主が言っていた言葉が、不意に頭をよぎる。
ああ
馬鹿。
私。
馬鹿。
ほんと、すごい馬鹿。
今、そんなこと考えてる場合じゃないでしょ。
いくら馬鹿素直だからって。
得体の知れない相手の言葉を真に受けてどうするの。
そうだよ。
自分の正体も明かさない相手と、友達。
どっちを信じるの。
そんなの、友達に決まってる。
私は、エリカを信じる。
とにかく今は、目の前のクリスティンの動きに集中よ。
また、ガートルードの時みたいにボコボコにされるのは嫌でしょ?
そうやって、一人自問自答する私をよそに、クリスティンとエリカは交渉を続ける。
「平和的に解決……ねぇ。デスゲームで、そんなこと可能なのかしらねぇ。……えっと、あなた、お名前は? そのお姿、どう見ても『悪役令嬢エリカ』ですけど、エリカさんとお呼びすればいいかしら?」




