7.変化
それから、何回か誘われてデートをした。
推し活で出かける時は俺から誘う方が多いくらいだったんだけど、告白されて以降は誘っていない。
だって俺から誘ったら、それもデート扱いになるの?どっち?って思ったら誘えなくなった。
帰りはいつも車で家まで送ってくれる。降りる前に抱き締められて、それだけ。それ以上のことは何もない。
2回目からは、してもいい?とも聞かれなくなった。聞かれたら答えないといけなくなるから、聞かれない方がいいんだけど、でも今みたいに、もう聞かなくてもいいよねみたいに思われてるのも、それはそれで⋯
「うぅ⋯」
明日は、久しぶりに二条さんの家に行くことになっている。
実は最近、今更かと思わなくもないけど、二条さんの仕事の話とかを聞いて、俺が大学で勉強してることにかなり近いことがわかった。聞いたら大学生の時の学部も同じだった。
卒論を書くのに参考になりそうな本をいっぱい持ってるって言うから、見せてもらえることになったのだ。
推しのこと以外にこんな接点があったなんて。しかもそれを今更知るとか、知り合って何ヶ月経つんだとか思われそうだけど、いつも基本推しの話しかしなかったし、お互いの私生活についてはあまり深入りしない、それがマナーだと思ってたから。
お互いのことを色々話すようになったのは、それこそデートし始めてからだ。
けど、明日のこれはデートじゃないよな? 家だし、勉強しに行くんだし。あ、でもお家デートって言葉もある⋯
俺は溜息を吐いてベッドに寝転がった。
二条さんと一緒にいるのは楽しい。ずっと今みたいな距離でいられるなら、何も悩むことないんだけど。
そうはいかないことはわかっている。二条さんが望んでいるのはそういう関係じゃない。
それに⋯。
俺はゴロゴロとベッドの上で転がりながら、気付けばいつの間にか眠ってしまった。
✦✦✦
「この辺りの本が使えると思うよ」
「こんなに⋯。ありがとうございます」
翌日、二条さんの家で本を見せてもらいながら卒論を進める。
「すみません。せっかくのお休みなのに」
「全然いいよ。俺もそこで仕事してるから」
俺はリビングのローテーブルにパソコンと本を広げる。振り返ると、二条さんもダイニングテーブルでカタカタとパソコンを叩いていた。
よし。
早速借りた本を開く。大学の図書館にあるような本を貸してもらえるのは、すごくありがたい。
俺はしばらくの間、卒論に集中した。
✦✦✦
「⋯⋯理人君、寝てる?」
耳許で囁く声が聞こえる。前にもこんなことがあったなと思いながらも、俺は微睡みの中から抜け出せずにいた。
2時間くらい卒論に集中して、少し休憩しようと思った後、そのままうとうとしてしまった。
「ん⋯⋯」
「起きないの?」
二条さんの声は、微かに笑っているように聞こえる。
軽く頰を突かれた。そのままそっと唇を撫でられる。
このまま寝ていたら何をされるかはわかっていた。それでも俺は、目を閉じたまま静かに息を吐く。
指先が髪を梳くように撫でた後、唇に柔らかいものが触れる。微かに目を開けると、焦点が合わないくらい近くに二条さんの顔があって、俺は再び目を閉じた。
✦✦✦
「はぁー」
大学の学食で、昼食のうどんを前に深い溜息を吐いた。
最近、気を抜くとすぐに溜息が漏れる。
悩んでいるのはもちろん推しコンテンツが終わってしまうこと、ではなく⋯。
二条さんと、キスしてしまった。
デートをしたことがなかった俺にとって、言うまでもなくファーストキスだ。
あの後、特に何も言われなかったけど、起きてるのバレてたかな。なんとなく、狸寝入りなのはバレていたような気がする。
あの時、キスされるのがわかっていながら、何もしなかった。だってなんか、恋人になりたいとか言ってるくせに、いつまでもハグしかしないから。そのせいで俺の方がモヤモヤして、二条さんの術中にハマっているのかもしれない。
「川瀬君」
「! ⋯えっと、山崎さん?」
気付けば、同じ学科の子が正面に立っていた。
「大丈夫?」
「え?」
「最近、よく溜息吐いてるから。川瀬君の推しのコンテンツ、もうすぐ終わっちゃうでしょ。ショック受けてるのかなと思って」
「あ〜うん⋯」
山崎さんは、俺ほどではないけど同じグループを応援してるから、自然とそれなりに話すようになっていた。
最近の溜息の原因は別のことなんだけど、サ終の件がショックなのは事実だから、曖昧に笑って誤魔化す。
「これね、今布教中なんだけど」
山崎さんはそう言って、スマホの画面を見せてきた。二次元アイドルの男の子のライブ映像だ。
「来月からアニメが始まるの。川瀬君が好きなグループにいる声優さんも出てるから、もし良かったら見てみて」
「へえ〜」
そうだよな。終わっちゃうものは仕方ないし、気持ちを切り替えて新しいのを探すのもいいかもしれない。
「ありがとう」
アニメを見てみるだけならお金がかかるわけでもないし、とりあえずチェックしてみることを告げると、山崎さんは嬉しそうに頷いて戻っていく。
さっそく教えてもらったコンテンツの公式ページを見ながら、俺は目の前のうどんを啜った。




